世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ロシアのウクライナ侵略と日本のウクライナ支援:国際経済外交の視点から
(国際経済政策研究協会 会長)
2026.02.09
ロシアのウクライナ侵略を巡って
本年2月24日で,ロシアによるウクライナ全面侵攻の開始から4年目を迎える。
ロシアの侵略行為が始まった直後,筆者は欧州における旧友である知識人たちに対し,(1)国連事務総長グテーレス氏は欧州人(ポルトガル人)でありながら,進行中の悲劇に対して目に見える形での有効な行動を示していない,(2)こうした状況下では,北大西洋条約機構(NATO)の有力メンバーであり,核保有国でもあり,かつ当時(2022年前半)欧州連合(EU)理事会の議長国を務めていたフランスのマクロン大統領が率先して,欧州各国が共同で志願兵の受け入れや支援の枠組みを整備するために直ちに行動すべきである,と論じた。この見解は,本コラムに「ロシアのウクライナ侵略に対する憤懣と考察」(2022年3月7日付No.2453)と題して発表された。
この論考のなかで筆者は,国際刑事裁判所(ICC)がロシアによるウクライナに対する戦争犯罪および人道に対する罪に関する捜査を開始したことにも留意している。その上で,G7構成国では英国,ドイツ,フランス,イタリアおよびカナダを含む計39カ国のICC設立条約締約国が,ウクライナにおける事態をICCに付託したことが列挙されているなかで,2007年に正式にICC加盟国となった日本が,当時これらの共同付託国に加わっていなかったことは非常に残念である,という筆者の見解についても記述した。さらに,G7構成国のうち米国がICCに加盟していないことにも留意し,ウクライナにおける戦争犯罪や人道に対する罪に関する捜査をICCが開始したこの機会をとらえて,岸田総理大臣および林外務大臣は,米国大統領と国務長官に対し,米国のICCへの加盟を積極的に促すべきであると筆者が考えていることも明記した。
さらに,第二次大戦末期およびその直後に絶対的貧困を経験した筆者は,コーマン現OECD事務総長,グリア前OECD事務総長を含む海外の友人約70名からなるネットワーク(英語では,筆者のファーストネームの愛称に因んで “Kumi Network” と呼ばれている)に対し,以下の内容を盛り込んだメッセージを電子メールで一斉配信した。
- ① プーチン大統領の暴挙を早急に止め,ウクライナを救うために,ロシアに対するエネルギー制裁を一層強化すべきである。その結果,「西欧自由主義陣営」諸国の生活水準が一定程度低下したとしても,中長期的に民主主義を擁護することから得られる利益を考慮すれば,経済的犠牲は甘受されなければならない。
- ② ロシア産ガス・石油の輸入制限を巡って,「西欧自由主義陣営」諸国の間に熱意の差が見られるが,こうした熱意の差が,各国のロシア産エネルギーへの依存度に反比例する形で表れてはならない。ウクライナの民主化を支援しつつ,この戦争がもたらすウクライナおよびロシア双方の人的犠牲を最小限に抑えたいという思いの強さを反映したものであることが望ましい。
- ③ 日本も重要な一員である「西欧民主主義陣営」は,ロシアからのエネルギー輸入を速やかに停止し,その結果ドイツや他の国々にもたらされるであろう経済的・社会的苦痛を軽減するため,エネルギーの融通や共有など,可能な限りの対応を取るべきである。
- ④ ロシア産エネルギーへの依存度が相対的に低い資源輸入国である日本は,輸入エネルギーである液化天然ガス(LNG)の相当量を欧州諸国に供給することに伴う経済的・社会的コストを引き受ける必要性について,日本国民の理解を得るべく,筆者自身が言論活動を行うとともに,有力な国会議員とも意見交換を行ってきた。
こうした筆者の海外向け言論活動については,本コラムに「ロシア・ウクライナ戦争を巡って」と題した論考(2022年3月21日付けNo.2470)において紹介されている。
日本の対ウクライナ政府支援
ロシアの軍事行動を非難する各国は,対露金融・経済制裁を発動・強化してきた。しかし,戦争は短期決戦の想定を大きく超えて長期化し,各国の関心と政策論議は,中東やインド太平洋など他の地政学的危機へと拡散している。こうした状況下で改めて問われているのが,先進国間における対ウクライナ支援の「負担分担(burden-sharing)」の実態である。すなわち,誰が,どのような形で,どの程度ウクライナを支援してきたのかという問題である。
この点を検討する上で有益なのが,キール世界経済研究所による「ウクライナ支援トラッカー(Ukraine Support Tracker)」(注)である。同データベースは,各国政府によるウクライナ支援を軍事,財政,人道の各分野に整理し,さらに欧州諸国を中心とする難民受け入れに伴う政府支出を推計値として加え,包括的に比較可能な形で提示している。支援額が,名目の絶対額とGDP規模に対する比率の双方で示されている点は,国際比較を行う上でとりわけ重要である。
この枠組みで見ると,日本は対ウクライナ政府支援において世界的にも上位に位置づけられる。名目額ベースでは主要先進国の一角を占め,各国の経済規模の違いを踏まえたGDP比で見ても,地理的・制度的制約を考慮すれば,日本が相応に高い水準の関与を維持してきたことは明らかである。日本の支援は,単なる対外援助というよりも,国際経済の安定と制度的信認を支える行動として理解することができる。日本の対ウクライナ支援の位置づけは,同国から地理的に遠いOECD加盟国との比較において,いっそう明確になる。韓国,オーストラリア,ニュージーランドはいずれも,欧州から遠隔に位置し,ウクライナからの難民流入など直接的な影響をほとんど受けていない点で共通している。しかし,対ウクライナ支援の規模には大きな差が存在する。名目額で見ると,日本の政府支援は韓国やオーストラリアを大きく上回り,ニュージーランドとは桁違いの水準にある。この差は,各国のGDP規模を考慮してもなお維持されている。
支援の構成にも明確な違いが見られる。オーストラリアは軍事支援に重点を置き,防衛政策の延長線上でウクライナ支援を位置づけている。韓国は財政・人道支援を中心としつつも,国内法制上の制約や朝鮮半島情勢という安全保障上の優先課題を抱えている。ニュージーランドは国際規範を重視する姿勢を一貫して示しているが,同国の経済規模からして財政的な支援余力には自ずと限界がある。
これに対して日本は,軍事支援ではなく,無償資金協力,保健・医療体制整備支援,発電機などの供与,地雷・不発弾処理資機材,爆発物被害者向けの医療・ケア機材の整備,エネルギー分野を含む戦争被害からの早期回復,地方自治体支援,インフラ復旧・復興を担う中核人材の育成などを軸とする形で,独自の役割を果たしてきた。日本の大きな経済規模に支えられた相対的に強固な資金力と,市場経済運営,国際金融,経済開発分野で培われた知見を背景とするこうした支援は,日本の国際経済外交が持つ「制度支援型」の性格を端的に示すものである。
NATO加盟国と非加盟国という視点を導入すると,日本の特異性はさらに際立つ。カナダは名目額では日本をやや上回る対ウクライナ支援を行い,GDP比で見ても高水準にあるが,同国は1949年のNATO原加盟国であり,同盟の信頼性維持に対する責務を負っている。その意味で,カナダの高水準の支援は同盟上の文脈から十分に説明可能である。これに対し,NATO非加盟国の中では,日本が名目額およびGDP比の双方において,対ウクライナ支援で際立った存在となっている。
G7全体の中で見ても,日本の位置づけは示唆的である。対ウクライナ支援規模は,米国,ドイツ,英国に次ぐグループに位置し,フランスやカナダと並ぶ水準にある一方,イタリアは相対的に低位にとどまっている。難民関連コストを含めてもイタリアの支援規模が小さいことは,統計上の問題というより,国内政治や戦略的優先順位の違いを反映した結果と見るのが自然であろう。
今後の課題
以上の比較が示しているのは,対ウクライナ支援の水準が,地理的近接性や軍事同盟への加盟の有無だけで決まるわけではないという点である。日本の事例は,軍事的関与ではなく,財政支援,技術援助および人道支援を通じて国際秩序を下支えするという,もう一つの国際関与のあり方を示している。
侵攻から4年を迎える現在,日本にとって問われているのは,これまでの支援の是非そのものではない。むしろ,国際的関心が分散し,財政制約が強まる中で,こうした国際経済外交をどこまで持続的に展開できるかという点である。日本の対ウクライナ支援は,結論ではなく,今後の日本外交――とりわけ国際経済外交の信頼性と実効性――を測る一つの試金石として位置づけられるべきであろう。
[注]
- Kiel Institute for the World Economy, “Ukraine Support Tracker”.
- 筆 者 :重原久美春
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
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