世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4206
世界経済評論IMPACT No.4206

中国による対台湾武力行使:もし中国が台湾を攻撃したら

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2026.02.09

 本稿は米国のドイツマーシャル財団(GMF)から刊行した『もし中国が台湾を攻撃したら(If China Attacks Taiwan)』(60頁)の第2章「中国による対台湾武力行使:人民解放軍(PLA)の能力への影響」を援用し,まとめたものである。

 執筆者のジョエル・ワスノーは米国国防大学(NDU)国家戦略研究所(INSS)のシニア・リサーチ・フェローを務めている。また,彼はジョージタウン大学エドマンド・A・ウォルシュ外交大学院の兼任教授も務めている。ワスノーの研究は,中国の外交・安全保障問題,米中関係,ならびにアジアにおける戦略的動向に焦点を当てている。

中国による対台湾武力行使:人民解放軍の能力への影響

 第2章は,中国が台湾に対して武力行使に踏み切った場合,中国人民解放軍(PLA)の軍事能力および中国共産党の体制にどのような影響が生じるのかを分析したものである。米国防総省は,中国が台湾に対する海上封鎖や限定的ミサイル攻撃を行う能力を有していると評価するが,北京はこれまでそうした武力行使を選択してこなかった。その背景として本レポートでは,武力行使がもたらす軍事的・政治的コストと,特に米国介入を含むエスカレーション管理の困難さに注目する。

 分析の視点は3つある。いずれも武力行使により中国が受けるであろうという損害について,第1に,台湾に対する将来のミサイル攻撃,封鎖,上陸作戦といった「軍事行動能力への影響」。第2に,台湾以外の国内・地域・グローバルなど「他の任務を遂行する能力への影響」。第3に,党と軍の関係に生じる「政治的リスク」である。これらを検討する前提として3つのシナリオを設定している。それは,①小規模紛争,②中間的な封鎖・限定攻撃シナリオ,③大規模戦争に発展し侵攻に失敗する,である。

 総論として,限定的な武力行使であっても,人民解放軍はエスカレーションを完全に支配できないという構造的問題を抱えている。小規模の軍事的挑発で政治目的を達成できなかった場合,より決定的な軍事的勝利が保証されるわけではなく,むしろ米国の介入を招き,深刻な結果に至る可能性がある。この点が,中国が武力行使に慎重であり続ける最大の理由である。

 まず,人民解放軍の軍事能力への一般的影響について,中国は200万人以上の現役兵力を有し,空軍・海軍・ミサイル戦力の近代化も進んでいるため,少数の人的損失や限定的な装備消耗は吸収可能である。ドローンや一般的装備は迅速な補充も可能だ。一方,特殊作戦部隊の要員や高度な兵站・指揮統制能力など,代替が困難な人材・システムで大きな損失が出た場合には,将来の選択肢が大きく制約される。

 人民解放軍は台湾侵攻に向けて,①統合火力打撃,②封鎖,③島嶼上陸という3類型の作戦を想定している。これらは必要とされる能力が異なり,特定の作戦での損失は,短期から中期にかけて他の作戦の実行可能性に影響を与える。例えば,ミサイルを大量消費すれば火力打撃能力は低下するが,封鎖能力は必ずしも失われない。輸送艦艇を失えば上陸作戦は不可能になるが,ミサイルによる圧力は継続できる,という次第だ。

 ①「小規模紛争シナリオ」では,中国と台湾の空・海上での危険な遭遇が続くものの,人民解放軍の能力に重大な損害は生じない。封鎖は成功せず,米国の介入を前に北京は慎重姿勢を取るが,艦艇や主要装備の損失はなく,人民解放軍はむしろ実戦的経験を蓄積する。台湾港湾封鎖やVBSS(臨検・拿捕)作戦,米国の対抗的封鎖への対応など,将来に生かされる教訓を得る。

 この場合,南シナ海や中印国境など他地域の任務も継続可能であり,政治的リスクも限定的である。中国共産党は情報統制を通じて損失を最小化して伝え,行動を「台湾独立派への警告」と位置づけることで,愛国的結束を維持できる。ただし,このシナリオがもたらす最大の教訓は,台湾海峡での頻繁な接触自体が制御不能なエスカレーションを招き得るということである。結果として,中国は交戦規則や訓練を見直し,危機管理を重視する方向へ傾く。

 ②「中間的シナリオ」では,中国は台湾に対する全面的封鎖と限定的ミサイル攻撃を実施し,政治交渉を強要しようとする。台湾は一定の被害を受けつつも抵抗を維持し,米国が封鎖突破や中国向け資源輸送の阻止を示唆することで,情勢は緊張する。さらに,中国の民間フェリーが失踪する事態が発生し,米国の水中戦力の脅威が明確化する。

 この結果,中国は目的達成に自信を失い,作戦を中止する。人民解放軍の封鎖能力や抑止力は維持され,他国への対応力も大きく損なわれないが,短距離弾道ミサイルや巡航ミサイルを数百発使用したことで,懲罰的攻撃の再実施能力には中程度の影響が生じる。また,民間フェリー損失により,上陸作戦能力は数か月も遅延し,対潜戦能力の不足が露呈する。

 それでも党と軍の関係は管理可能であり,指導部は行動を「意図的に限定された成功」と宣伝できる。ただし,このシナリオが北京の計算に与える最大の影響は,米国が侵攻阻止のために実際に武力行使する意思を示した点である。これにより,中国が核・宇宙・サイバー能力で米国介入を抑止できるという期待は大きく後退する。

 ③「大規模戦争シナリオ」では,人民解放軍は侵攻に失敗し,壊滅的損失を被る。人民解放軍は10万人規模の戦死者と大量の負傷者・行方不明者を出し,即応態勢を深刻に損ない,特に熟練パイロットや特殊部隊員の損失は回復困難である。輸送機,揚陸艦艇,民間フェリーなどの輸送能力喪失により,再侵攻は数年間不可能となる。

 中国のミサイル,ドローン,センサー網,宇宙資産も大きく消耗・破壊され,防衛産業は再建を最優先課題とする。封鎖やサイバー攻撃能力は残存するものの,他地域の抑止力を犠牲にせざるを得ない。何より深刻なのは,損失の隠蔽が不可能となり,党と軍の関係が根本的に損なわれる点である。中国の敗北は国家的屈辱と受け止められ,指導部の正統性が疑問視され,最悪の場合,クーデターの可能性すら示唆される。

 結論として,第2章は,台湾海峡でのいかなる軍事行動も人民解放軍にとって重大なリスクを伴うことを示している。小規模・中間シナリオでは能力への影響は限定的だが,エスカレーションを制御できないという致命的問題が残る。全面侵攻に踏み切れば,米国介入によって破滅的結果に至る可能性が高い。北京が米国の関与を過小評価した場合,誤算は国家と体制を揺るがす結果を招く。したがって,中国が台湾に対する武力行使を選択するかどうかは,軍事能力以上に,米国介入の可能性とその帰結をどう認識するかに強く左右される,というのが本章の核心的な結論である。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4206.html)

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