世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプが狙う習近平との危ない「密約」
(杏林大学 名誉教授)
2026.02.09
危険な「ドンロー主義」
第2次トランプ政権(トランプ2.0)の「国家安全保障戦略(NSS)」が昨年12月4日に公表された。「トランプの対中戦略」を見極める上で非常に興味深い。
国際社会に介入せず南北米大陸の縄張りを守るという「モンロー主義」に「トランプ補論」が盛り込まれた「トランプ版のモンロー主義」(Trump Corollary to the Monroe Doctrine)が打ち出されている。トランプの名前,ドナルドとモンローを組み合わせ,「ドンロー主義」とも呼ばれる。
米国の国益を優先し,南北米大陸を含む西半球を勢力圏と位置づけ,中南米諸国と友好関係を築いている中国を,米国の縄張りを荒らす外部勢力として締め出す方針を示した。
強大国が世界をいくつかの勢力圏に分割し支配しようとする「縄張り論」は,米国だけでなく,中国にとっても悪い話ではない。13年の米中首脳会談で,習近平がオバマに「太平洋は米中にとって十分な広さだ」と太平洋の2分割支配を提案したが,当時は相手にされなかった。
米国が西半球を支配するのと引き換えに,中国に東アジアでの支配を認めることになれば,それは「超ウルトラ級のディール」となる。トランプが今年4月の訪中を重視している理由は,このディールの実現を狙っているからなのかもしれない。
米国のベネズエラ攻撃:中国の建前と本音
トランプ政権は昨年12月3日未明,南米ベネズエラへの軍事作戦を決行し,マドゥロ大統領を拘束した。トランプが中南米への関与を強める背景には,影響力を増す中国への警戒感がある。中国は,ベネズエラの石油を輸入するなど,天然資源が豊富な中南米との関係を強化してきた。
米国のベネズエラ攻撃は,国益の確保を優先するために他国への武力行使も辞さないトランプ政権の姿勢を鮮明にした。トランプ関税は中国の報復で後退を余儀なくされ,「TACO」(Trump Always Chickens Out=トランプはいつも腰砕け)と皮肉られた。経済的な威嚇の限界に直面したトランプが,圧倒的に優位な軍事力を背景に,自らの脅しが「はったり」ではないことを行動で裏付けたくなったのだろう。
トランプ政権は今後,埋蔵量が世界一とされるベネズエラの石油資源の確保に力を注ぐ方針であり,中国をベネズエラの莫大な石油資源から引き離すことが,トランプが「裏庭」に軍事介入した理由の一つだ。
懸念されるのが台湾問題に与える影響である。中国は米国がベネズエラを攻撃したことを非難しているが,それはあくまでも建前で,本音では,米国が裏庭で軍事行動しても許されるのなら,中国も同じことができると考えても不思議ではない。南シナ海を自国の裏庭とみなす中国が,台湾に武力侵攻する「台湾有事」の現実味が一段と高まったとも言える。
G2の危ない密約
政権の発足当初に比べると,トランプの対中強硬姿勢は大きく後退した。その理由は単純だ。トランプの追加関税よりも中国のレアアース規制の方が,政策手段としての威力がはるかに大きいことが明らかになったからである。
それでもトランプは相変わらず,中国を相手に強気のディール外交を仕掛けるつもりだ。しかし,下手をすると「飛んで火に入る夏の虫」のごとく,トランプの4月訪中で,「中国に急所を握られたトランプが手玉に取られる」という米中対立の新たな構図が一段と浮き彫りになりかねない。
今年11月に中間選挙を控えるトランプが外交の成果を無理やり出そうとするのは,危険な賭けだ。訪中して中国に台湾問題を「高値」で売ろうとしているトランプの魂胆を,習近平は見抜いている。米国の介入を排除し,台湾を中国の思い通りにすることができるのであれば,ベネズエラに対する中国の関与を放棄するかもしれない。4月に開催される米中首脳会談でベネズエラと台湾に関する「G2の密約」が交わされるのではないかとの憶測が飛び交っているが,まんざら絵空事でもなさそうだ。
米中が勢力圏を分け合う「ヤルタ2.0」への動きには,日本も警戒が必要だ。台湾問題についてもはや悠長に「対岸の火事」と言えなくなっている。米国離れが進み,中国の影響力が強まれば,東アジアの新秩序は日本にとって息苦しいものになろう。
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