世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
マクロン中道主義:欧州政治スペクトル
(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・元帝京大学経済学部大学院 教授)
2026.02.09
オランダの政治学者でナイメーヘン・ラドバウド大学名誉教授のハンス・スロンプ(Hans Slonp)は,欧州諸国の政党や政治制度を比較分析する際の「政治スペクトル図(Political Spectrum)」の提唱者として知られている。彼のモデルは,従来の「右派・左派(経済的軸)」だけでなく,欧州特有の複雑な政治対立を可視化するために,権威・自由軸(リベラル vs 保守)や欧州統合軸(親EU vs 懐疑派)など複数の次元を用いているのが特徴である。
ハンス・スロンプの分析のように,欧州の政党については以下の3つの主要な対立軸に基づいて分類することが一般的である。すなわち①経済軸(左派 vs 右派):左派(Left):国家による介入,社会保障の充実,富の再分配を重視。右派(Right):自由市場,減税,規制緩和を重視。②権威・自由軸(リベラル vs 保守):個人の自由,多文化主義,世俗主義を重視する層と,伝統的価値観,秩序,国家主権を重視する層の対立。③欧州統合軸(親EU vs 懐疑派):EUによる統合深化を支持するか,国民国家の権限維持を主張するかの対立。
上記の対立軸を2026年現在の欧州政治情勢へ適用すると次のようになる。2026年現在の欧州政治は,スロンプの図においても大きな変化を見せている。まず右派ポピュリズムの躍進である。ドイツの「ドイツのための選択肢(AfD)」やフランスの動向に見られるように,従来の「中道右派」からさらに外側の「極右・懐疑派」へと勢力を拡大させており,スペクトルの右端かつ反EUの領域が厚くなっている。次に中道派の再編で伝統的な中道右派(欧州人民党など)や中道左派の支持が揺らぎ,リベラル中道(欧州刷新など)との境界線が流動化している。そして「左派」の変容もある。スペインの左派社会労働党(PSOS)政権のように,右傾化に対抗してより進歩的な政策を強調する勢力も存在し,そこでは経済軸と社会自由主義軸がより密接に関連している。スロンプの図式は,これら多岐にわたる政党(キリスト教民主主義,社会民主主義,自由主義,緑の党,極右,極左など)の立ち位置を一目で理解するための,欧州政治研究における標準的なフレームワークとなりつつある。政治スペクトルは微妙に異なる複合的な政治的立場が連続的に分布しているのに対し,米国における政治思想は一般に経済的自由と個人的自由の2次元軸の組合せ,いわゆる2Dポリティカル・コンパスの4象限で分類される。米国ではリバタリアン党創設者のノーラン・チャートの政治スペクトルが有名である。「リべラル」の解釈についての誤解が大西洋を挟んで発生していることはこのノーランとスロンプの違いを見ることによって感得される。
マクロン大統領は就任当初より「左右同時に(アン・メーム・タン)」(En meme temps)を掲げて登場してきた。中道主義のアイデンティティを求めて,フランスの左派系シンク・タンクの「テラ・ノヴァ研究所」が行った,マクロン大統領の立ち上げた政党「ラ・レピュブリック・アン・マルシュ(LREM:La République En Marche)関する意識調査」によれば,LREM党は「マクロン氏の個人的色彩の強い政党」であると断じている。
LREM党は中道主義政党として,フランス国民の政党離れが進むなかで急速に台頭し,内外の驚きを呼んだ。上述の「テラ・ノヴァ」の調査は,党の承認を得て,約8,800人の党員(マルシュール)を対象に2018年に行った調査を歴史学者マルク・ラザールらが分析しまとめたものだ。それによると党員の特徴は,約68%が男性で年齢は比較的若く,都市部在住者が多い。学歴が非常に高く,約80%が高等教育修了者であり他党と比べ突出している。主に民間部門の管理職や自由業の職業で,収入は安定しているが,資産家ではない。教育を重視する傾向が強い。政治経験は浅く,社会党(PS)出身者が一部いるが,多くは市民活動の経験者,という結果が出ている。
LREM党は政治的スペクトル(色分け)で見ると「中道」に位置づけられる。党自体は自己分析としてやや右寄りと認識。また保守右派の共和派(LR)を国民戦線(FN)に近いと見なし,社会党を「フランス不服党(LFI)「ラ・フランス・アンスミーズ」に近いと捉えているなど,二極化した見方が目立つ。つまり,「左右両方」と考える層と「左右どちらでもない」と考える層に分かれる。前者は民主主義に比較的満足,後者は政治システムに不満を抱き,マクロンの「反システム」的言説に共鳴する。
他方,LREM党は,党員構成における注目すべき潮流として次の5つに分けることができる。すなわち①リベラル進歩派(31%):経済的に自由主義,社会的に寛容。中道〜中道右派出身。②平等主義的進歩派(23%):社会的に開放的,経済的には介入主義。左派出身。③リベラル保守派:経済自由主義+社会的保守。右派出身。④穏健保守派(19%):経済・文化的にリベラルだが控えめ。⑤ヨーロッパ懐疑派(4%):EUへの熱意を共有せず,マクロンの「反システム」姿勢に惹かれた層,である。そしてこれらの党員構成の共通の基盤として最大の結束要因は,「マクロン本人のカリスマ性やリーダーシップに魅了されている」ところであった。また,もう一つの基盤は「ヨーロッパ支持」。つまり,欧州議会選挙に向けて立候補のために動員される見込みが期待できるという点であった。
「テラ・ノヴァ」は結論として,次の3点を指摘する。第1にLREM党は「個人のための党」であり,マクロンの存在に依存している。第2は党の強みはリーダーの動員力だが,弱みはリーダーが弱体化すれば党も弱体化する点。第3は存続のためには,党がより組織化・制度化される必要がある点だ。欧州と日本では,今でもリベラリズムとネオリべラリズムが「自由主義」という言葉で括られ,右派や保守派を指すことばで語られることが多い。この用語は前者が18~19世紀,後者が1970~80年代に論じられてきた用語である。それぞれの中心的価値は,リベラリズムが「個人の自由を守るために,国家は制限されるべきだ」であるのに対し,ネオリベラリズムは「市場の自由こそ経済をよくする。国家はできるだけ市場に干渉すべきでない」という風に,個人か市場かというところに違いがある。言い換えれば,自由公正な規制に基づく競争重視なのか,あるいは規制撤廃・民営化の市場原理の徹底なのかの峻別をすべきである。公共性や社会保障よりもネオリベラリズムは経済効率を優先する。従ってマクロン大統領がネオリベラルであるというのは的を外しているのである。彼はリベラル派である。
[出所]
- (Infographie Terra Nova) Par Nathalie Raulin Publié le 08/10/2018 à 11h45
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