世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4209
世界経済評論IMPACT No.4209

対印トランプ関税の引下げとインドの戦略的自律

小島 眞

(拓殖大学 名誉教授)

2026.02.09

 去る2月2日,急転直下,米印関係はインドにとって朗報となる新たな局面を迎えた。モディ首相との電話会談の直後,トランプ大統領が対印関税をそれまでの50%から18%に引き下げ,さらには米印貿易協定の妥結にも合意したと発表したからである。第2次トランプ政権の成立に伴い,EU,カナダを含む多くの同盟国,同志国は一方的かつ予測不可能なドンロー主義に翻弄され,その対応に追われているという状況にあるが,インドもその例外ではなかった。今回,それが逆転するに至ったこれまでの経緯について,検討してみたい。

急変する米印関係

 昨年2月,モディ首相が訪米した際には,バイデン政権時代に打ち出されたiCET(「重要・新興技術に関する米印イニシアティブ」)に代えて,軍事,通商,技術分野での協力関係の刷新を目指した新たなイニシアティブとして,「21世紀米印COMPACT」が打ち出され,米印間の緊密な関係がアピールされた。そこではインドは米国にとっての主要な防衛パートナーということで,防衛関係の新たな進展が目指されるとともに,両国間の貿易規模を2030年までに5000億ドル(現在の2.5倍相当)に拡大させるという目標が打ち出され,2025年中の貿易協定の締結も目指されていた。

 しかし4月に,トランプ大統領が対米貿易黒字を計上している59カ国を対象に相互関税を発表した際,対印関税については,それまでの3%程度から26%(その後25%に訂正)に引き上げると言明するとともに,7月末にはインドがロシアから大量の原油を輸入しているとの理由で,突如,相互関税25%に加えて懲罰関税25%を上乗せした関税50%を賦課すると発表するに及び,両国関係はにわかに冷え込む羽目となった。

 米国はインドにとって最大の輸出先である。実際,2024年度の場合,対米輸出はインド輸出総額4377億ドルの19.8%を占める865億ドル(GDPの2.5%相当)に及んでいた。対米輸出のうち,医薬品,エレクトロクス製品(スマホがその大半を占める)などの品目は課税対象から免除されたものの,繊維,宝石,皮革製品,海産物,自動車部品など全体の55%以上の品目が関税50%の賦課対象とされた。これによりインドの経済成長はマイナス0.2~0.5%分の影響を蒙るものと推計された。

戦略的自律に基づいたインド側の対応

 こうした中,留意されるのは,インドはトランプ政権の威圧的な姿勢に屈することなく,また敢えて米国に対して対抗措置を講じることもなく,粛々と手堅い対応を示してきたことである。国内的には,昨年9月に各種間接税を一本化した財サービス税(GST)の簡素化と税率引下げが図られ,さらに11月には4つの労働法典(注1)が実施に移されるなど,一連の経済改革が導入された。これによって国内消費拡大や雇用拡大に向けてプラスの効果が発揮され,対印トランプ関税50%の経済成長に及ぼすマイナス面がかなり相殺される結果となった。

 また対外的には米国とのFTA締結に向けての交渉が難航している最中,7月にイギリスとのCETA交渉を妥結させたのを皮切りに,その後オマーンとのCEPA,さらにはニュージーランドとのFTA交渉も妥結させ,今年1月末にはEUとのFTA交渉が妥結するに至り,インドの全方位外交が存分に実を挙げる結果となっている。米国の同盟国・同志国の多くがドンロー主義によって振り回されている中,今回,トランプ大統領が対印関税の引下げに動いたということは,戦略的自律を貫いたインド外交の粘り勝ちを示したものといえよう。

2026年度の経済展望

 今後,インドがロシアからの原油輸入停止にどこまで踏み切れるのか見極める必要があるが,トランプ政権が懲罰関税25%を撤廃し,さらに相互関税を25%から18%に引き下げることによって,それがインドの経済成長の追い風になることは確実である。1月29日に発表されたインド政府の最新版「経済白書」(Economic Survey 2025-26)によれば,インドのGDP成長率は2025年度には7.4%,さらに26年度には6.8~7.2%と展望されている。その後,米国の対印関税引下げが新たに発表されたことに-伴い,インド政府の当局筋は,26年度のGDP成長率は7.4%近くに達するものと見込んでいる。

[注]
  • (1)2025年11月21日に29あった中央労働関連法を次の4つに整理・統合。①賃金法典(Code on Wages, 2019),②労使関係法典(Industrial Relations Code, 2020),③社会保障法典(Code on Social Security, 2020),④労働安全・衛生・労働条件法典(Occupational Safety, Health and Working Conditions Code, 2020)
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4209.html)

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