世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2470
世界経済評論IMPACT No.2470

ロシア・ウクライナ戦争を巡って

重原久美春

(元OECD 副事務総長,国際経済政策研究協会 会長)

2022.03.21

1.対ロシア経済制裁における国際協力の重要性

 プーチンに,キエフや他の重要都市で,第二次世界大戦で独ソ双方に多大な物的・人的な損害をもたらした「スターリングラードの戦い」の前轍を踏ませないためには,ロシアに対する金融経済制裁を更に強化しければならない。幼年期,第二次大戦末期とその直後の絶対的貧困を経験した筆者は,プーチンの暴挙を早急に抑え,ウクライナを救うためにロシアに対するエネルギー制裁を強化することが不可避と考える。たとえ「西欧自由主義陣営」諸国の物質的生活水準が低下する事態となっても,中長期的にみた民主主義体制の擁護から世界が得られる利益は大きく,経済面での物質的な犠牲をも甘受する必要があると思うからだ。

 一方,ドイツのショルツ首相は,3月11日のEUベルサイユサミットの記者会見で,ロシアからのエネルギー輸入を早期に停止することに,「ドイツ,イタリア,オーストリア,ハンガリーと他のEU諸国の意見が一致しない」と述べた。

 また,ドイツを本拠とする再生可能エネルギー会社のマルクス・クレッバー最高経営責任者は,3月16日付の英国フィナンシャルタイムズ紙(以下FT)上で,「ロシアへの経済制裁を最大限延長しようという意見はよくわかる」と述べる一方で,「残念ながら,ヨーロッパ,特にドイツにおいては,エネルギー供給において,ロシアへ強い依存があることを認めなければならない」と述べ,「即時停止は家庭の暖房需要や産業界や中小企業の生産設備に永続的なダメージを与えるだろう」と述べた。

 FT掲載のこの記事を読んだ筆者は,直ちに同紙(電子版)に以下の論点を盛り込み,寄稿した。

  • ①筆者は,第二次大戦末期とその直後の絶対的貧困の経験からも,プーチンの暴挙を早急に止め,ウクライナを救うために,ロシアに対するエネルギー制裁を強化すべきと考える。その結果「西欧自由主義陣営」諸国の生活水準がある程度低下したとしても,中長期的に民主主を擁護することから得られる利益を考慮し,経済面での犠牲は甘受しなければならない。
  • ②ロシアのガス・石油輸入への制限について,「西欧自由主義陣営」諸国の熱意に温度差があるのは,ロシア産エネルギーへの依存度に反比例するものであってはならない。ウクライナの民主化を支援しつつ,この戦争を続けることによるウクライナとロシア双方の人的犠牲を最小限に抑えたいという思いの強さを反映したものになることを期待している。
  • ③日本も重要な一員である「西欧民主主義陣営」は,ロシアからのエネルギー輸入を速やかに停止し,その結果ドイツや他の国々にもたらされる経済的・社会的苦痛を軽減するため,これら諸国間でエネルギーを共有するなどして,出来る限りのことをすべきだ。
  • ④ロシアのエネルギーへの依存度が低い資源輸入国である日本は,輸入エネルギーである液体天然ガス(LNG)の相当量をヨーロッパ諸国へ提供するが,このことから生じる日本側の経済的・社会的コストを受け入れる必要性を日本の国民全般に理解してもらうため,自ら言論活動を行うと共に,日本の有力国会議員とも接触しているところである。

 上記の寄稿は,グリア前OECD事務総長,コーマン現総長を含む海外の友人たち約70名をメンバーとして私が組成したネットワーク(英語では,私のファーストネームの愛称に因んで”Kumi Network”と呼ばれている)にも電子メールで一斉配信された。

 これに対して,元OECDの同僚で国別経済審査局長の要職にあった英国人から次のようなコメントが寄せられた。

「ロシアに対する経済制裁は,単に発表するだけでなく,厳格に適用しロシアに目に見える損害を与えなければならない。反面で,制裁を行う国も損害が出ることは間違いなく,制裁の影響が不均衡に強く生じる国は,他の国から支援を受けるべきだという貴方の意見に原則的には同意する。ただ,実際には,国際協力の実施には多くの困難が伴うと思われ,また,国内でも負担が不平等になることを認識し,再分配政策を検討しなければならない」。

 この論点は,寄稿に当たっての字数制限から私の寄稿には明示的には記述されていなかったが,全く同感である旨,返答のメールを送った。

2.ロシアの無差別攻撃と真珠湾攻撃

 3月17日早朝,FT電子版を読んでいた私は,米国議会におけるゼレンスキー大統領の演説の中で,真珠湾攻撃を9.11の同時多発テロと同列に言及した記事を見つけた。これはロスアンジェルスタイムズも同様に報じ,更にはイスラエルの英字新聞(いずれも電子版)は以下のようなセンセーショナルなタイトルで記事を掲載した。

 “Zelensky invokes 9/11, Pearl Harbor in plea to US Congress for no-fly zone”

 ゼレンスキー大統領の発言は,ウクライナに対する米国の支援強化を訴えることを目論んだものであろう。もっとも,太平洋戦争を実際に体験した人たちは少なくなってきた中で,幼年時代にその悲惨な実体験をした筆者がその一側面を海外の人たちに披露することも,一つの責務と考え,FT(電子版)に「真珠湾攻撃は無差別攻撃(indiscriminate attack)ではなく,9.11と同列に扱うべきではない」という見解を盛り込んだコメントを投稿した。

 これに対して,同紙の読者から様々なコメントが寄せられた。いくつかを紹介したい。

  • (1)真珠湾攻撃は無差別攻撃であった。故に,関係者が東京裁判で戦争犯罪人になったのだ。
  • (2)真珠湾攻撃を無差別攻撃とする歴史観は「歴史は勝者が作る」ということを反映したものである。
  • (3)真珠湾攻撃は奇襲攻撃であった。故に「卑怯な攻撃」として米国の国民の脳裏に刻みこまれている。米国ルーズヴェルト大統領は,これをもって日本を非難し,米国民の戦意を高揚し,対日宣戦布告に踏み切った。また,英国が望んでいた米国の対ナチス・ドイツ宣戦布告にも踏み切った。
  • (4)「真珠湾攻撃は無差別攻撃ではなかった」という論拠をもう少し説明して欲しい。

 これを受けて,筆者はFT(電子版)に以下を再投稿した。

 「真珠湾攻撃は米海軍の戦闘能力を殺ぐことを基本目的したものであり,民間人の殺戮を主たる狙いとしたものではなかった。一方,広島と長崎の原爆投下は無差別攻撃の典型である。また,海外ではあまり知られていない東京大空襲を想起し,その実態の説明をした。更に,広島原爆投下の前夜に,日本軍兵士の駐屯地でもなく軍事施設もない群馬県の県庁所在地である前橋市への夜間空襲も無差別攻撃であった。これにより民家の大半が焼失したほか,逃げまどう多くの民間人が米軍艦載機の機銃掃射の犠牲となった。6歳半の私は叔父に背負ってもらって市内の火の海を脱出し,郊外に逃れ助かったが,空襲のあと市内に戻ると,路上には多くの焼死体が散乱しており,生家は焼失していた。

 こうした地獄の実体験があるだけに,ロシアが仕掛けたウクライナ戦争が早期終結につながるよう,内外で言論活動をしている」。

 一方,先述の「Kumi Network」のメンバーの一人であるドイツ人(国際法の専門家)からは,“I agree that the reference to Pearl Harbor was misplaced”というコメントが全会員宛のメールで共有された。

(2022年3月18日 記)

[注]本稿で紹介ないし引用された新聞記事,筆者のFT投稿の原文など,詳しい情報は近日中に筆者の公式ウェブサイトに掲載される予定。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2470.html)

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