世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2273
世界経済評論IMPACT No.2273

TSMC創業者・張忠謀の3つの予言:海外進出のウィンウィン戦略,熊本に進出するのか?

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2021.09.06

 世界最大半導体製造受託企業(ファウンドリー)のTSMC(台湾積体電路製造)は,世界の製造業企業市場価値Top10にまで成長した。その市場価値は日本最大の製造業であるトヨタ自動車の約2倍にまで達している。

 TSMCの創業者・名誉会長である張忠謀(モリス・チャン)は,2018年6月に会長・CEOを引退したが,その後の講演・談話の中で3つの重要な予言を語った。そしてそれが次々と証明されている。以下にその概要を説明する。

モリスの3つの予言

 2019年11月,TSMCの運動会に,モリスは名誉会長として招待された。モリスは会場の全社員への挨拶で,「世界は既に穏やかではなくなり,TSMCも地政学上,必ず議論の俎上に上げられる」と大胆な“予言”を語った。

 のちに,英誌『The Economist』(2021年5月1日付特集号)に「地球上で最も危険な場所」が発表され,同記事の中で「台湾における半導体産業のサプライチェーンが地政学の重要なアイテムになる」と表現された。モリスは運動会の挨拶時に,米中間の貿易戦争,ハイテク戦争までに大きく転じてはいないが,既に“先見の明”を持ち,この“予言”をぴたりと言いあてた。

 2021年4月,「2021巨匠シンクタンク・フォーラム」に招待されたモリスは,講演のテーマの「台湾の半導体ウェハー製造の優勢を大切に」(珍惜台湾半導体晶圓製造的優勢)で,20年後世界の半導体産業版図の展望を語った。講演の概要は次のように,半導体のファウンドリー産業を主題とした。

 アメリカの半導体製造のコストは台湾のそれよりも高く,アメリカ連邦政府や州政府からの補助金をもってしても,長期にわたり競争の劣勢を補うことができないと“予言”した。

 中国について,たとえ中国政府が20年間にわたり数百億ドルの補助金を提供しても,中国の半導体の製造は,依然としてTSMCに5年以上も遅れていると“予言”している。半導体の設計(ファブレス)の領域においても,中国は米台に1~2年間も遅れている。半導体の技術は一歩一歩の累積で,次の世代に進むものであり,中国が曰く「弯道超車(わんどうちょうしゃ)」(道のカーブで先行車両を追い越す意味。もともとカーレース用語であり,先端技術で先進国を追い越す意味)は,絶対に不可能であると断言している。

 2021年7月16日,APEC非公式首脳会議(オンライン会議)に蔡英文総統から台湾代表として出席を任命されたモリスは,会議後,記者会見で次のことを語った。

 「先進諸国の政府が数千億ドルの補助金を拠出し,時間をかけて自国の半導体の国産化政策を推進しても,半導体の自給自足を実現することはできず,結果的に高コストの半導体サプライチェーンを構築することになる。逆に,世界の半導体ビジネスが自由貿易システムから保護主義に傾き,非常に危険な結果を生む」と警告を発した。

 半導体市場は,「自由貿易システムのメカニズム,より多くの民間企業による半導体産業のサプライチェーンの展開に任せることが,最も得策である」と,モリスは苦言を呈した。

 次にTSMCのウィンウィン戦略を紹介する。

TSMCのウィンウィン戦略

 (1)重要な顧客を大切にする。

 最近,業界では半導体の不足で,価格の上昇の趨勢にあるが,TSMCは顧客に対し値上げをせず,日米欧の重要顧客と各国政府との間で,互いの信頼関係を構築することに重点を置いている。その目的は将来の半導体の生産能力の過剰時にも,顧客が他社に流出しないように備えることにある。

 (2)「ポスト・ムーアの法則」の次のチャンスを求めて,単に半導体チップの線幅の微細化の追求から製造全体の効率化アップの追求に変更する。

 次世代のオングストローム(Å)の技術開発を準備する。ちなみに,1Åとは0.1nm(ナノメートル)を意味する(現在,TSMCは世界最先端技術の3nmのリスク量産化(少量生産)を行っている)。この次世代のオングストローム半導体技術に備え,TSMCは筑波学園都市に材料研究所を設立した。同時に日本の半導体材料企業を誘い,共同で研究を推進する。

 また,炭化ケイ素(SiC),窒化ガリウム(GaN),酸化亜鉛(ZnO)やグラファイト(C)などのEV(電動自動車)モーター駆動用の大電流,高電圧のPMIC(パワー半導体)の分野において,半導体の材料,製造設備,先端3D封止め技術などの領域に日米欧企業とより深い協力関係を構築する。

 (3)海外生産基地の設置(経済産業省から熊本の誘致設置要請,EU政府からのヨーロッパ進出の誘致要請)について,これを承諾するか否かについて,TSMCの海外進出を決定する4つの観察重点は次のようである。

  • ①海外工場で製造した場合,粗利益率は50%台を維持することができるか。
  • ②海外の生産能力の比重と台湾の生産能力の比重バランスを考慮。
  • ③進出先政府は先端半導体のHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)用半導体チップの投資に,持続的支持(援助金の供与)を行う。
  • ④TSMCのウェハー工場の海外拠点は,新しいエネルギー資源を活用した発展機会を得られるか。ここでの「新しいエネルギー資源」とは,TSMCの最大の顧客であるアップル社から,二酸化炭素の排出量削減のクリーンエネルギーの使用が要求されている。TSMC本社は既に台湾の洋上風力発電企業から30年間の電力提供の契約を締結している。仮に熊本やヨーロッパに進出する場合,そのクリーンエネルギーを安価に利用することができるか否かも考慮の対象である(アップルのサプライチェーンの日本の部品企業にも,同じようなクリーンエネルギーの採用が要求されている)。TSMCはUMC(聯華電子。台湾第2位のファウンドリー企業)と異なる路線を歩み,特に「社会的な責務」を重視する姿勢が見て取れる。近年,多額の資本を支出し積極的にHPCのウェハー製造工場を建設しているが,これは充分な生産能力を維持し,長期にわたり各国の企業との協力体制を構築し,その責務として技術的に指導的な立場を維持するためのものである。

 最近,台湾の新型コロナウイルスのワクチン不足に対応し,TSMC,鴻海(ホンハイ)前会長郭台銘の関係団体と仏教系慈善団体の慈済基金会から計1500万回分のビオンテック(BioNTech)のワクチンの購入を契約し,これを台湾政府に寄付して,台湾の人々から感謝されている。これもTSMCが重視する「社会的な責務」の一環であろう。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2273.html)

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