世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2139
世界経済評論IMPACT No.2139

台湾・地球上で最も危険な場所:英誌『The Economist』は何を語るのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2021.05.10

 2021年5月1日発行の英誌『The Economist』(以下,この特集号を『エコノミスト』と略称する)の表紙デザインには,黒色のバックにレーダーのPPI(Plan Position Indicator)スコープが描かれ,スコープの中心には台湾の地図があり,英語で「TAIWAN」と書かれている。台湾島の左上の中国領の近くにはいくつかの光点と中国の国旗があり,右下の東側の太平洋側にはいくつかの光点とアメリカの国旗が描かれている。この「光点」は戦闘機か軍艦であると思われる。このデザインは台湾を挟み,アメリカと中国の両勢力による熾烈な勢力争いを示している。

1.地球上で最も危険な場所

 雑誌特集号のタイトルは「地球上で最も危険な場所(The most dangerous place on Earth)」であり,サブタイトルは「台湾の将来にわたって,米中は戦争を避けるためにもっと一生懸命に働かなければならない(America and China must work harder to avoid war over the future of Taiwan)」と書いていた。ショッキングなタイトルである。

 台湾は2400万人を擁した小さな島であり,中国の最も近い海岸までの距離はわずか160キロである。長年にわたり,北京政府は「1つの中国であり,台湾はそのなかの一部分である」と主張しが,アメリカは戦略的曖昧方式で台湾海峡の平和と安全を管理し,米・国内法として「台湾関係法」を通じて,台湾との交流と関係を維持してきた。「戦略的曖昧」とは,一方では台湾が中国に武力攻撃を受けた際に,米国がどのように対応するかを明言しないという政策である。他方では,中国を挑発せず,台湾が独立を宣言しないで,中国が台湾進攻につながることを回避する意図がある。それによって,過去の70年間にわたり,台湾海峡の平和を保ってきた。

 しかし,戦略的曖昧方式は,今日において効果を失ってきたと『エコノミスト』誌は指摘している。この方式では北京政府が武力で,統一することを阻止することがますます困難になったとアメリカ政府は心配している。戦略的曖昧政策には,米国が台湾の安全保障を約束するが,独立の宣言を禁止することである。台湾は事実上,既に「独立」した国家であり,表面上の「独立禁止」を表明する必要がない。また,アメリカ国防省も「中華人民共和国はいままで一日も台湾を支配した事実がなく」,自らの「国土」であると主張する根拠が乏しいと指摘している。

 中国の台湾進攻の糸口を作りかねないという台湾への不信が根底にあるが,事実上,台湾は中国に「政権奪還」と攻めていくことは殆どなく,逆に中国が台湾進攻する可能性が高まる。そのなか,中国本土と台湾を同列に置くような発想は,不適切であると思われる。

 3月9日,インド太平洋軍のデイビッドソン司令官(当時)が,上院軍事委員会の公聴会で,今後6年以内(2027年以前)に中国が台湾を侵攻する可能性があると指摘し,アメリカの対台湾の「戦略的曖昧」政策を見直すよう要請した。また,元国務省政策企画部長で外交評議会のリチャード・ハース会長は,2020年9月の『フォーリン・アフェアーズ』誌に,「戦略的曖昧」政策について「その役割の終焉」を論じ,明確な誓約によって,中国誤認判断を極小化する重要性を主張している。

 当然,戦争は一つの災難であり,戦争によって血が流がれるだけでなく,米中の2つの核武器を持つ国家の衝突が熾烈化し経済にダメージを与えると,『エコノミスト』誌が警鐘を鳴らしている。

 台湾は世界の半導体の中核であり,TSMC(台湾積体電路製造)は世界で最も価値を持つ半導体の受託製造企業(フアゥンドリー)である。世界の最先端のHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)用半導体チップの84%の市場シェアを掌握している。TSMCの半導体製造が停止した場合,世界の電子産業は中止に追い込まれ,その代償は極めて大きい。TSMCの半導体製造技術は同業ライバルよりも10数年も進んでいる。米中の半導体企業を問わず,外国企業が追いつくには少なくても数年以上かかる。

 最も重要な理由として,台湾海峡は米中の紛争海域である。台湾は「台湾関係法」などアメリカの国内法のほかに,特に「日米安保条約」のような米台防衛同盟に関する条約を締結していない。しかし,解放軍の突撃による「台湾有事」が発生した場合,アメリカの軍事,外交と政治的決意に試練を与えることになる。仮に台湾有事が発生し,日本駐在のアメリカ第7艦隊の参戦が遅れた場合,中国は一夜にアジアの覇権を握り,アメリカの威信は失墜して世界の同盟国から信頼を失い,いわゆる「パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)」の国際秩序が崩壊すると,『エコノミスト』誌は厳しく指摘する。

 過去の数十年,台湾海峡は現状維持を保っているが,事実上,波風が常に高まっている。過去5年間に中国は90隻の軍艦・潜水艦を製造し,その規模はアメリカがインド・太平洋地域に配置した軍艦の4~5倍に達している。更に中国は年間100機以上の戦闘機を製造し,宇宙兵器やロケット・ミサイルを開発し,射程は台湾,日本やアメリカ本土に達する。

 一部分のアナリストは,中国が持つ軍事力が優勢に転換した場合,中国は台湾を早かれ遅かれ攻撃する。これは「やむを得ない理由ではなく,中国ができるからだ」と断言している。そのために,前に述べた戦略的曖昧政策でなく,台湾有事の場合,アメリカは戦争に突入する決意を明らかに示すことによって,中国に抑制効果を働かせ,中国に勢力の拡張を自粛させることが必要である。

 確かに,中国は独裁主義とナショナリズムにますます傾いている。現在,習近平国家主席は,人民に対して戦争による大量な傷病・死亡や経済の損失に対する準備をさせていない。これから中国共産党建党100周年を迎え,中国共産党が強調するのは,繁栄,富強,安定および地域と世界で重要な役割を演じることである。戦争を引き起こせば,これらすべての成果を打ち壊すことになる。

 中国が台湾に進攻した場合,非常に大きな不確実性をもたらすことになる。それは台湾を攻めて陥落させても,台湾の住民は熾烈に反抗するだろうし,そのうえ如何に台湾を統治するかという問題に直面する。中国は更に勝算が得られる時期を待つことができるので,この時期に習近平は無茶な冒険をする必要がない。しかし,誰でも習近平の本当の意図を知らず,習と後任者の将来の行動様式を知ることもできない。中国の辛抱強い忍耐が尽きるかも知れないし,逆に習近平の野心が募ることもある。特に習は台湾を統一して,自らの業績に「錦上に花を添う」を試みることも考えられる。

 台湾進攻に支払う代価が非常に大きいと中国に考えさせるには,米台は周到に計画を立てることが必要である。数年間をかけて,台湾海峡に新しいバランスを構築し,台湾は大型,高価であるが,中国の弾道ミサイル下では脆弱である兵器への投資を減らし,台湾有事に中国の侵攻に有効に防ぐことができる(非対称戦争の)戦略と兵器に,より多くの投資が必要であると,『エコノミスト』誌は指摘している。

 アメリカは中国の海と空から攻撃を防ぐ武器が必要である。同時に,日米同盟,米韓同盟,日米豪印戦略対話(QUAD)などの同盟関係や安全保障協力などを強化する準備が必要である。アメリカは中国にアメリカの戦略計画を実行に移す決意を知らせることも必要である。このなかでの微妙なバランスを維持する必要であるからだ。アメリカは中国に台湾の正式な独立を支持しないという疑念を取り除く必要があり,他方,中国が武力によって台湾海峡の現状を変化させない必要がある。万が一,武力による一方的な変更の試みがあった場合,中国を意気阻喪させることが必要だと,『エコノミスト』誌は主張する。

2.蔡英文総統の反応

 英誌『エコノミスト』が台湾を「地球上で最も危険な場所」と指摘したのを受け,4月30日,蔡英文総統は自身のツイッターで,中国の脅威は確かに存在すると表明した。同時に,台湾政府は「考え得る各種のリスクを管理し,台湾の安全を必ず守れる」と強調した。台湾をめぐって,米中が対立する情勢を取り上げて,戦争を避けるために双方は努力しなければならないと,『エコノミスト』誌は呼び掛けている。

 「この報道は軍備拡張を進める中国が台湾海峡や近隣地域にとっての脅威となっていることを示すものだ」と蔡総統は指摘し,中国軍の行為が完全に「平和的台頭」という構想から逸脱し,国際社会の疑念を深めていることを北京当局が自粛するよう期待した。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2139.html)

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