世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4218
世界経済評論IMPACT No.4218

「誰から買うか」の時代:パーソナル・ブランディングと消費者の意思決定

白井美由里

(慶應義塾大学商学部 教授)

2026.02.16

 製品やサービスを対象としてきたブランディングの考え方を個人のブランド化へと拡張した「パーソナル・ブランディング」という概念は,1997年にコンサルタントのトム・ピーターズが提唱したことで広く知られるようになった。それ以来,パーソナル・ブランディングは経営学において注目を集め,特にキャリア上の成功を実現する手段として強調されてきた。近年では,マーケティング領域においても重要性を増し,市場における意思決定構造の変化を示すほどの大きな影響力を持つようになっている。

 インターネットの普及とSNSの発展に伴い,パーソナル・ブランディングは,それまで主にセレブリティの戦術として用いられてきたものから,一般の個人でも容易に実践できるものへと変化した。ネット空間では,自己の多様な側面や複数のアイデンティティを表現することが可能であり,対面とは異なるパーソナル・ブランドを形成することもできる。さらに,広範な他者に発信でき,即時的な反応を得られる点も大きな特徴である。もっとも,意図したとおりに伝わらないなど,コントロールの難しさという側面も存在する。それでもなお,SNSは自己表現および自己提示のためのプラットフォームとして,現在では不可欠な存在となっている。

 パーソナル・ブランディングは,個人が自らをブランドとして提示する行為にとどまらず,他者によってブランドとして認識される現象も含む。一般のユーザーが情報発信者として継続的に可視化され,他のユーザーが彼らを評価対象として捉える状況は,広く見られるようになっている。SNS上では,面識のない相手であっても,つながりや親しみを感じる「パラソーシャル関係」が構築されやすく,フォロワー数などの人気を示す指標も提示される。個人的な情報を公開することで,率直かつ無修正であるかのような印象が生み出され,親密性が演出される。その結果,フォロワーの増加を通じてファンベースが形成され,一般ユーザーがオンライン上で名声を獲得する「マイクロ・セレブリティ」が誕生している。

 そこで顕著となっているのが,消費者の意思決定プロセスの変化である。伝統的なマーケティングにおいて,企業は「何をどのように売るか」を中心に戦略を考えてきた。しかし現在では,消費者の意思決定は「誰が推奨しているか」に大きく影響されるようになっている。海外の調査によれば,フォロワーの約49%がインフルエンサーの推奨を参考にし,約40%が推奨された製品を実際に購入した経験があるとされる。このような「誰から買うか」という情報源の変化により,インフルエンサーが発信する製品情報は企業のコミュニケーション戦略の一翼を担うようになり,企業がマイクロ・セレブリティに依拠する傾向は強まっている。

 では,どのようなインフルエンサーがパラソーシャル関係を強めるのだろうか。先行研究によれば,インフルエンサーの外見的魅力度,専門性,信頼性,受け手との類似性が重要な要因とされている。さらに,フォロワーが共感や反対意見を表明できるなど,相互作用に参加できる手段が用意されている点も,インフルエンサーとの関係形成を強化する要因であることが明らかにされている。

 このようにSNS上の他者による発信が意思決定において重視される状況は,消費者行動の基本的なメカニズムから説明することができる。情報過多の時代においては,多様な情報に容易にアクセスできる一方で,それらをすべて検討するには時間的・認知的負担が大きく,結果として選択そのものが難しくなる。このような状況では,消費者は迅速に入手できる信頼性の高い情報源を求める。とりわけ,価値観の合う特定の人物が発信するメッセージに説得力が感じられるとき,消費者はそこに信頼性や真正性を見出しやすく,購買に伴うリスクを低減できる。

 ブランドは本来,製品や企業を類似品から識別し,信頼性や特定のイメージを消費者に伝える役割を担ってきたが,現在では,その機能は個人にも拡張しつつあるといえる。消費者は,発信される情報だけでなく,その背後にいる人物の価値観や態度を含めて評価しているのである。情報環境の変化とともに,ブランドとして認識される対象は拡張している。パーソナル・ブランディングの広がりは,一般の個人が単に目立つようになったという表層的な変化ではなく,消費者が「人」を基準に購買意思決定を行うようになったという構造的な変化の表れでもある。企業にとっては,何が売れているのかだけでなく,自社製品がどのようなパーソナル・ブランドを持つ発信者に選ばれ,どのように語られているのかという視点を捉えることが重要な課題となっている。

[参考文献]
  • Ashraf, A., Hameed, I., & Saeed, S.A. (2023). How do social media influencers inspire consumers’ purchase decisions? The mediating role of parasocial relationships. International Journal of Consumer Studies, 47.
  • Labrecque, L.I., Markos, E., & Milne, G.R. (2011). Online personal branding: Processes, challenges, and implications. Journal of Interactive Marketing, 25.
  • Marwick, A., & Boyd, D. (2011). To see and be seen: Celebrity practice on Twitter. Convergence, 17.
  • Peters, T. (1997). The brand called you. Fast Company, August/September.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4218.html)

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