世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4211
世界経済評論IMPACT No.4211

TSMC熊本第2工場3ナノ採用の意義

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2026.02.16

 本稿では,台湾積体電路製造(TSMC)が熊本第2工場において,当初計画されていた6/12ナノメートル世代から3ナノメートル世代へ製造プロセスを引き上げる決定を行った背景と,その産業的・地政学的影響について分析する。特に,世界的な先端半導体需要の構造変化,TSMCの海外投資戦略,日本半導体産業への波及効果,ならびに日米台連携の観点から,この決定の意義を多角的に検討する。

 前掲の拙稿「TSMC熊本第2工場を2ナノの拠点に?」(No.4153)において,熊本第2工場の製造プロセスとして,4ナノメートルを採用する可能性(日本経済新聞報道)と,2ナノメートルを採用する可能性(台湾『鏡週刊』報道)という異なる報道を紹介した。本稿では,その後の公式発表を踏まえ,最終的に3ナノメートルプロセスが採用された決定の意味を整理する。

 2026年2月5日,TSMC会長兼CEOの魏哲家(C.C. Wei)は高市早苗首相と会談し,熊本第2工場が当初の6/12ナノ計画から3ナノプロセスへ変更されることを正式に表明した。この決定は,日本の半導体政策および国際半導体サプライチェーンにおいて重要な転換点となる。

熊本第2工場におけるプロセス変更の背景

 魏哲家CEOは,熊本第2工場の6ナノ生産計画から5ナノおよび4ナノという二つの世代を飛び越し,3ナノを採用するという異例の決断をした。これにより設備投資額も当初の約120億ドルから,約170億ドルへと大幅に増加した。

 この背景には,AI(人工知能)を中心とした先端ロジック半導体需要の急拡大がある。現在,TSMCは台湾および米国においても生産能力拡張を進めているが,そのスピードは需要増加に追いついていない。この需給逼迫が,熊本工場をレガシー製造拠点から先端プロセス拠点へ格上げする直接的要因となった。

技術的観点から見た3ナノの位置づけ

 3ナノプロセスはFinFET構造を採用する最終世代であり,2ナノ以降ではGAA(Gate All Around)構造へと移行する。技術的には,3ナノと2ナノの差は構造革新を伴うため,単なる線幅縮小以上の意味を持つ。また,12インチの2ナノのウエハーのTSMCの販売価格は3万ドルで,同じく3ナノのウエハーの販売価格は2万ドルであり,価格が大幅に値上がりしたが,性能やトランジスターの増加や消費電力の減少,機能増加がある。

 例えば,アップルのiPhone17搭載のA19は3ナノ半導体であるが,今年秋に販売予定のiPhone18ではA20という2ナノ半導体を搭載する。このいずれもがTSMCによって製造・供給される。NVIDIAを例に取ると,Blackwell世代では4ナノを採用し,2026年後半には3ナノのRubin世代へ移行,さらに2028年以降は1.6ナノ世代へ進む計画とされている。3ナノは,データセンター向けAIサーバーを中心とした主力世代として位置づけられている。

TSMC海外投資戦略と「N-2」の原則

 TSMCは海外工場の量産プロセスを,台湾国内の最先端世代より2世代遅らせる「N-2(Nマイナス2)」の原則を維持してきた。熊本第2工場が2028~2029年に量産を開始すると仮定すれば,台湾国内はA16(1.6ナノ)あるいはA14(1.4ナノ)世代へ移行していると考えられ,3ナノは同原則と整合的である。

 この点からも,熊本第2工場の3ナノ採用は,短期的判断ではなく,TSMCの長期的グローバル戦略の延長線上に位置づけられる。

日本半導体産業への影響

 熊本第2工場の3ナノ化は,日本国内に先端製造能力をもたらし,日本の半導体産業高度化を促進する。特に,半導体製造装置,材料,化学分野で世界的競争力を持つ日本企業にとって,3ナノ世代向け投資は新たな成長機会となる。

 さらに,日本国内に先端製造拠点が存在することは,IC設計および製品開発の高度化を誘発する。日本はファブレス設計分野で米国,台湾,中国に後れを取ってきたが,TSMCの存在は,その構造的弱点を補完する触媒となり得る。

ラピダスとの関係性

 2027年に2ナノ量産を目指すラピダスは,TSMCと潜在的な競合関係にある。しかし,熊本第2工場の3ナノとラピダスの2ナノは,必ずしも直接競合ではなく,用途や世代の違いから補完関係が成立する可能性も高い。競争圧力は,むしろ日本企業の技術的進化を促す要因となり得る。

地政学的意義と地域戦略

 米中対立が長期化する中,半導体生産の地理的分散は戦略的課題となっている。日本は米国にとって信頼度の高い同盟国であり,熊本への生産集積は「台湾一極集中」リスクの緩和にも資する。また,熊本第2工場は地域の雇用と経済に波及効果をもたらし,産業クラスター形成の中核となる可能性が高い。これは地域未来戦略の観点からも重要である。

 熊本第2工場における3ナノプロセス採用は,日本半導体産業にとって,短期的コスト増を上回る中長期的便益をもたらす。産業高度化,国際連携,地政学的安定性のいずれの観点から見ても,本決定は日本にとって戦略的価値が高い。TSMCによる投資は,日本の半導体ルネサンスを現実のものとする重要な契機となるだろう。

[参考文献]

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4211.html)

関連記事

朝元照雄

最新のコラム

おすすめの本〈 広告 〉