世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4215
世界経済評論IMPACT No.4215

米国や日本で9割の専門知が軽視されるという世界線で

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2026.02.16

 その分野での学術界の9割が反対するような政策を選択する。学術界ほどに詳しくはないはずの政治家や国民にとっては,かなり思い切った判断であるはずなのだが,米国や日本で,重要な争点でのそうした動きが相次ぎ進んでいる。

米国の追加関税にはエコノミストの9割が反対したが

 米国ではトランプ大統領が第1期政権(2017~2020年)から高率の追加関税付加政策を進めようとし,2018年春のアンケートでは,9割超のエコノミストが米国経済の利益にならないと回答した(注1)。だが周知の通り,追加関税策は実行され,2025年からの第2期政権ではさらに関税引き上げを加速している。

 ただし,トランプ大統領が声高にアナウンスしたほどには実際の関税は上昇してはいない。国内消費や支持層への悪影響を察知すると追加関税の除外品目に指定したり,あるいは,株式市場を睨みつつ追加関税相手国と妥協したり(いわゆるTACO:Trump Always Chickens Outトランプはいつも尻込みする)しているからだ。加えて,追加関税発動を見越しての事前の輸入在庫積み上げが功を奏している面や,交渉の成り行きを見守る間は関税転嫁を見送っていた企業行動などが指摘されている。追加関税50%などという数値がメディアのヘッドラインにはしばしば踊るものの,実際の平均実効関税率は2025年10月時点では11.4%に留まる(それでも大増税で米国のこの数値は1943年以来となりはするが)(注2)。結果として,トランプ政権が期待した効果も,それに9割のエコノミストが懸念した悪影響もまた縮小することになり,政権のアナウンスからくる印象よりは,穏当な政策になっている。

 専門知軽視の強引な政策を打ち上げてみても,そこから生じる反応を見極めながら試行錯誤してフィージブルな落としどころに向かうやり方は,トランプ大統領の面目躍如といえるかもしれない。

日本の食品の消費税ゼロには経済学者の9割が反対したが

 日本では,関税好きのトランプ大統領によるこの追加関税策を,9割の専門知を軽視して鍵となる支持層の獲得を狙いに行った「ポピュリズム」戦略として,批判的かつ他人事として見る向きが多かったのではないかと思う。だが,何のことは無い,日本でも9割の専門知を軽視した政策が展開しようとしている。今回の衆議院選挙における主要争点の1つとなった消費税減税である。

 食品の消費税ゼロについての経済学者へのアンケートでは,やはり約9割が反対意見を表明している(注3)。個別意見をみると,食品限定だから反対ではなく,消費税減税自体にネガティブなコメントをしている回答が大半である。にもかかわらず,選挙公約で消費税率維持としたのは,新党で当時国会議員数1名の「チームみらい」のみであった。

 自由民主主義下において,専門知1割の少数派の意見を公約として標榜すること自体,何ら問題はなく,むしろ選挙民に多様な選択肢を提供するためにはそうした政党が存在することは望ましいともいえるだろう。しかし実際に起きたことはその逆よりもさらに問題のあるもので,比例ブロックと選挙区選挙においてチームみらいが候補者を立てていない選挙区では,消費税税率維持という,専門知の9割が勧める政策を選択することが国民には出来なかったのである。

 米国では,バイデン民主党政権がトランプ第1期政権の遺した追加関税の流れに抗しきれなかったとはいえ,それでも民主党のスタンスはトランプ共和党とは明らかに異なる。米国民は,トランプ第2期政権の破格な追加関税にNOと言える選択肢を持っている。この点で比較するなら,日本は一面において,米国よりさらにひどい状況にあったといえるだろう。

 日本の選挙直前の世論調査をみると,消費税税率維持の声は2割程度で,専門知とはほぼ逆の割合となる(注4)。今回,消費減税を掲げた各党内にも以前は税率維持派であったり,あるいは自身が「専門家」である議員も少なくないが,こうした世論の潮流に流されたということなのだろう。

「TACO」と,それよりも深刻な現状の「世界線」

 トランプ大統領は「TACO」りながら,世論を煽り,乗っかり,操り,望む結果に近づいて行くことに長けているようにも見える。しかし,一方的な追加関税攻勢は米国への国際的信頼感を回復不可能なところにまで失墜させており,また,内政面においても,移民政策など多方面における支持層のポピュリズム利用により,国家の分断はますますのっぴきならないところへと進んでいる。総じてみれば,決して「成功」と賞賛できるものではないだろう。

 他方日本では,今後,消費税の取り扱いについて,国民会議で検討されるという。アンケートや世論調査結果に則れば,専門知の9割と国民の2割は,この会議で政権与党が「TACOる」ことを期待し,他方,専門知の1割と国民の8割は与党が「TACOる」ことを懸念し警戒しているということになるだろう。自民党の大勝利を踏まえれば,国民会議では消費税減税を進める流れとなろうが,高市政権は,専門知の9割が問題視するような消費減税が及ぼす悪影響を最低限に抑える落としどころに着地させなくてはならない。

 さらに,ある意味より広範かつ深刻な問題に思われるのは,消費税という個別課題よりも,9割の専門知が国民世論ではなぜ2割からしか支持を得られないのか,との点である。理論と実証に基づく経済学者の考え方と,日々の生活に根差した国民の意識の間には,一定のギャップが生じることは自然かもしれない。国民の意識に寄り添ってその隙間を政策で埋めることも必要であろう。しかし,9割と2割というこの差はあまりに極端で,たとえば国民の側の専門知への不信などを加味しても説明がつかないのではないか。とすれば,そもそも専門家の9割の方の見方が国民にほとんど伝わっていないのではないか。我々は,9割の専門知がろくに認識すらされず,政治もそれに従って動いてしまうという恐るべき「世界線」に入り込んでしまったのかもしれない。どうすれば専門知が伝わり,理解され,政策に反映されていくのか。政治家のみならず,メディアや専門家一人一人にとっても重い課題であろう。

[注]
  • (1)Kent A. Clark Center for Global Markets(2018)” Steel and Aluminum Tariffs” Chicago Booth, The University of Chicago Booth School of Business, March 12, 2018。2018年春に,MITやシカゴ大,ハーバード大などの米国のエコノミスト43人に対して行われたアンケート調査。「鉄鋼・アルミへの追加関税賦課が米国の利益(welfare)を改善するか」との問いに対して,「全く同意しない」が65%,「同意しない」が28%,無回答が7%となっている。
  • (2)Azzimonti, Marina, Jacob Titcomb and John O’Trakoun (2026) “How Much Revenue Has Been Raised by Tariffs So Far?” Macro Minute, Federal Reserve Bank of Richmond, January 13, 2026。平均実効関税率は,関税収入を財輸入額で割ったもの。
  • (3)日本経済新聞(2026)「経済学の羅針盤 エコノミクスパネル 円安,金利上昇と食品消費税ゼロ」2026年1月29日。日本の経済学者50人に対して行われたアンケート調査。「食料品の消費税率をゼロにするのは,日本経済にとってマイナス面よりプラス面が大きい」との質問に対して,「全くそう思わない」が42%,「そう思わない」が46%,「どちらともいえない」が8%,「そう思う」が4%となっている。なお,回答者の自信度に合わせて%には重みづけがしてある。
  • (4)FNN・産経合同世論調査(1月24日・25日実施)では,「消費税を減税すべきでない」は16.3%,JNN世論調査(2月2日TV放映)では,「消費税を減税すべきでない」は20%となっている。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4215.html)

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