世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプの妄言・虚言が招いた資本主義の脆い基盤
(立命館大学 名誉教授)
2026.02.16
ダボス会議(1月17日)でのトランプによる「グリーンランドを取得するまで西欧8カ国に追加関税を課す」という唐突な表明は,忽ちのうちに西欧諸国の拒否反応を呼び起こし,その結果,アメリカのドル安・株安・債権安の「トリプル安」となって現れた。トランプ本人はいつもながらの大言壮語と脅しのつもりだったろうが,事態はそうはいかなかった。そこには触れてはならない資本主義世界体制の「危機」の核心が潜んでいるからである。あわててトランプは関税見送りを表明したが,それ自体はTACOと揶揄されるトランプの腰砕け振りと一貫性のない場当たり的な言動とみられているものの,実はそこには探求すべき深刻な要因が伏在している。
アメリカの「覇権体制」は国際通貨ドルと「核兵器」を中核とする軍事力の優位にある。だがそれは唯一無二のものではない。後者の軍事力の優位は旧ソ連や,今では中国との間の公式・非公式の現状維持の取り決めや慣行遵守を基本に据えて核戦争の勃発を防いでいるが,その運搬・投下手段や核兵器以外の殺傷兵器についてはその限りではなく,猛烈な軍拡競争が繰り広げられている。とりわけ都市型ゲリラの台頭という「非対称型」紛争の頻発には,核兵器は無力に等しい。そこでは,無人兵器(LAWS)やAI兵器と呼ばれる最新の技術を組み込んだ「通常兵器」群の開発や実戦での使用が進んでいる。とりわけイスラエルがガザとその周辺の「反イスラエル」勢力に対して使用した「ポケベル」爆弾は,テロ対策手段として世界に衝撃を与えた。ここでは軍民両用の「デュアルテック」の活用が中心となる。その結果,民生用技術の軍事転用がより一層選好される。それは最新の軍事技術が民生技術を先導したかつての「スピンオフ」の時代とは異なり,逆に最先端の民生技術が軍事に利用される「スピンオン」が流行となり,その開発に各国が鎬を削っている。したがって,現在では高い民生技術の保持と獲得が軍事優位を生み出し,かつ実際の紛争や局地戦争の勝利を導く強力な手段となる。その先には,「化学兵器」や「生物兵器」も待っていよう。こう考えると,アメリカの軍事的優位は必ずしも万全とはいえなくなる。
もう一つの国際通貨ドルの力であるが,第2次大戦後,アメリカの圧倒的な金保有と先端技術を主導とする生産能力の優位性を基礎にして,ブレトンウッズ体制下で,ドルが基軸通貨として制度化された。だがその後の各国の競争力の向上によって,ドルが各国に貯まり,「ドル危機」が生じて固定相場制が崩れ,変動相場制に移行すると同時に,準備通貨ではなしに,取引通貨としての国際通貨ドルの役割が高まった。プラザ合意(1985)はその大きな転機となった。アメリカの貿易赤字がどんなに進んでも,各国は手持ちドルを他の手段に変える道をほとんど持たない。そのためアメリカの金融市場の卓越性と開放性を強調する「金融革新」が次々と施され,魅力的な投資先が整えられた。したがってアメリカの貿易収支の赤字は,対米投資の増加にシフトされた。そしてIT産業とそれに連なるサービス産業以外に競争力を持たず,製造業が著しく衰退していく状況は事実上等閑視され,アメリカの貧困が堆積されていった。そこからの反転が「アメリカファースト」を呼号してこれまでの世界秩序をご破算にし,敵と味方を峻別するだけでなく,同盟国・友邦国に負担を強要する「暴君」トランプの妄言・虚言が世界を揺るがすようになった。だが国際通貨ドルは,ドル高・株高・債権高によって支えられているアメリカの繁栄という「虚構の世界」の中核に位置していて,これはアンタッチャブルな世界でもある。無神経にもトランプはその「トラの尾」を踏んだ。これは西側同盟という戦後世界の枠組みにもろに抵触することになり,西欧同盟諸国のドル離れと別の秩序の模索へと動いた。
さて,このドル高の最大の支援国は日本である。ドル高が円安と結合して,この「虚構の世界」を維持している。西側同盟国のトランプ離れやカナダ首相の見事な反トランプ宣言という,世界の新たな動向に刃向かって,日本だけは「周回遅れ」を決め込んで,トランプに追従している。高市政権の大勝利はアメリカへの強い援護射撃となった形だが,もう一つ注意すべきことがある。それは人民元の相対的な安さを中国政府が続けてきていることである。国内的には人民元を安くすることで,国民の生活水準の急速な向上を結果的には先延ばししてきた。そればかりでなく,この賃金水準よりもさらに安い賃金で,隣国ミャンマーとの国境地帯での委託生産を活発化させている。これはかつてアメリカがメキシコとの国境地帯でおこなっていた「ツウィンカンパニー」を想起させる。また中国資本が海外進出する際も進出先国の賃金はそれよりもさらに低いことが条件となる。こうみると,人民元安はアメリカ政府と中国政府との間の「暗黙の了承」事項であり,両者の表面的な対抗関係とは真逆の癒着と相互依存を深部において共有しているともいえる。それは世界の最底辺の維持はおろか,その一層の格差拡大に繋がる源流だといえなくもない。
関連記事
関下 稔
-
[No.4088 2025.11.17 ]
-
[No.3956 2025.08.18 ]
-
[No.3827 2025.05.12 ]
最新のコラム
-
New! [No.4218 2026.02.16 ]
-
New! [No.4217 2026.02.16 ]
-
New! [No.4216 2026.02.16 ]
-
New! [No.4215 2026.02.16 ]
-
New! [No.4214 2026.02.16 ]
世界経済評論IMPACT 記事検索
おすすめの本〈 広告 〉
-
21世紀の多国籍企業:アメリカ企業の変容とグローバリゼーションの深化
本体価格:3,700円+税 2012年9月
文眞堂 -
多国籍企業の海外子会社と企業間提携:スーパーキャピタリズムの経済的両輪
本体価格:3,500円+税 2006年4月
文眞堂 -
現代多国籍企業のグローバル構造:国際直接投資・企業内貿易・子会社利益の再投資
本体価格:4,000円+税 2002年9月
文眞堂 -
ルビーはなぜ赤いのか?:川野教授の宝石学講座
本体価格:2,500円+税
文眞堂 -
揺らぐサムスン共和国:米中対立の狭間で苦悩する巨大財閥
本体価格:2,700円+税 2025年12月
文眞堂 -
サービス産業の国際戦略提携:1976~2022:テキストマイニングと事例で読み解くダイナミズム
本体価格:4,000円+税 2025年8月
文眞堂 -
創造力強化経営の実践
本体価格:2,200円+税
文眞堂 -
国際マーケティングの補助線
本体価格:2,700円+税 2025年9月
文眞堂 -
グローバルミドルリーダー行動の探究:日本的経営の海外移転を担う戦略的役割
本体価格:3,900円+税 2026年1月
文眞堂 -
高収益経営とアントレプレナーシップ:東燃中原延平・伸之の軌跡
本体価格:3,900円+税 2025年11月
文眞堂