世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界秩序と国際関係理論:トランプ大統領は世界平和のレガシーを残すか
(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)
2026.03.23
自国第一主義の国際法違反をどう扱うか
アメリカとイスラエルが2026年2月28日にイランへの攻撃を開始した。これに対して国際社会では,トランプ大統領の国際法違反が声高に叫ばれている。現行の国際法上,武力行使の正当性が認められるのは,国連憲章42条に基づき,国連安全保障理事会が認めた場合と,国連憲章51条に規定されている自衛権の行使の場合に限られる。
「全ての国が,全ての場合において,全ての国際法の原則および全ての義務に従っている」ことが,国連において加盟国が多国間主義の正当性を担保する行為であり,その限りにおいて,多国間主義は理想的に機能していると言える。
この国際における理想は,しばしば,超大国の自国第一主義による逸脱と,多国間主義の破綻という帰結を迎える。このことは,近年,トランプ大統領やプーチン大統領に代表される,ストロングマンによりなされている。以下では,この問題に対し,トランプ大統領の構想する国際法秩序とアメリカ・ファーストの一例を概観する。
アメリカの自国第一主義の突破口は,「力による平和」の遂行か
清水(2026)によれば,21世紀の国際社会は,依然として大国による一方的な行動が国際秩序を揺るがす現実に直面している。2022年に始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻においても,2026年現在もなお終結は遠く,今年2月28日のアメリカとイスラエルによりイランへ攻撃が始まるなど国際人道法の違反が日常的に報告されている。
こうした大国による一方的行動を目の当たりにし,国際法に対する落胆や批判の声がかつてなく高まっている。SNSや一部の論壇では「国際法は無力だ」「結局は力の論理が支配する」といった言説が溢れ,国際法の存在意義そのものを問う声も少なくない。こういった批判の多くは,国際法が遵守されず,また,遵守されないことに対する国際社会の対応が実効的でないという現実を根拠としている。確かに,国際法秩序の護り手として設計された国連安全保障理事会は拒否権という構造的な問題を抱えているし,その中核ともいえる常任理事国自身が武力不行使原則に違反している現実を踏まえると,こうした批判には妥当な面があると言わざるを得ない。
しかし,このことは必ずしも「国際法は不要である」とか「単なる理想論に過ぎない」といった結論を導くものではない。国際社会には無数の条約や慣習法が存在し,ルイス・ヘンキンの著名な言葉を借りれば,「殆ど全ての国は,殆ど全ての場合において,殆ど全ての国際法の原則および殆ど全ての義務に従っている」。いかなる軍事・経済大国であっても国際法によって規律される国際社会から完全に離脱することは事実上不可能である。
平和評議会は,ガザ地区への人道配慮で批判をかわす
2026年1月22日,トランプ大統領は,スイス・ダボスで行われた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)において平和評議会を発足させ,イスラエル支援をコミットした。
立川(2018)によれば,トランプ大統領は2017年12月,エルサレムをイスラエルの首都と認め,在イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると演説した。さらにアメリカ国務省は2018年2月,イスラエル独立70周年に合わせ,大使館を同年5月にエルサレムに移転すると発表した。トランプ大統領がエルサレムの地位に関する米国の従来の政策を変更した背景には,白人福音派(エバンジェリカル)の支持を確実にするという国内向けの思惑があったと考えられる。
佐藤(2025b)によれば,そもそもイスラエルという国は普通の国家ではない。ナチス・ドイツによって先の戦争で600万人ものユダヤ人が殺害された。当時,彼らユダヤ人を助けてくれる国はなく,その理由は祖国が存在しなかったからだと考えられている。だからこそ,シオンの丘を含むカナンの地に新たな国家を建設し,イスラエルは単なる国民国家ではなく,全世界のユダヤ人を守る義務を負う存在として建国されたのである。それに加え,佐藤は日本の外交専門家や国際政治学者の議論にしばしば脆弱さを感じる。それはイスラエルを三段論法的に位置付ける傾向があるからだ。すなわち,日本にとって唯一の同盟国はアメリカであり,アメリカにとって(同盟条約は存在していないが)事実上最重要同盟国はイスラエルだから,日本はイスラエルを支持する,という構図である。しかし,この見方ではイスラエルという国の特殊性が理解できない。イスラエル人がよく語るのは,「全世界に同情されながら死に絶えるよりも,全世界を敵に回してでも戦い,生き残る」という決意である。こうした考え方を持つイスラエル人は,来日すると靖国神社を訪ね,隣接する遊就館の展示,とりわけ特攻機を見て強い感銘を受ける。彼らにとって,命を捨てて祖国を守る行為は高く評価されるべきものであり,「自らも学ぶべき点が多い」と語る者も少なくない。
イスラエルには民族が生き残るためにはなんでもするという姿勢があるが,ヨーロッパ人にはそれが理解されにくい。イスラエル側の論理はこうだ。すなわち,第二次世界大戦期にナチスが600万人のユダヤ人を虐殺した際,どの国の国民も助けの手を差し伸べなかった。そうした人々が,現在のハマスへの攻撃に対して何を言えるのか。これがイスラエルの基本的な認識なのである。
2023年10月7日,ハマスがイスラエルに侵入し多くのイスラエル人が殺害された。その中には赤ん坊や多数の一般市民も含まれていた。
イスラエル側からすれば,ハマスによる攻撃は「なぜ,赤ん坊まで殺さなければならないのか」という憤りにつながる。そして,その理由は「我々がユダヤ人だからだろう」という一点に帰着する。すなわち,ユダヤ人という属性ゆえに存在を許されないという論理は,ナチスと同じ発想であり,ならば共存は不可能であり徹底的に叩くしかない,という思考に至るのである。
これに対し,当初は「イスラエルのテロとの戦い」を支持していたヨーロッパ諸国も,やがて「人道上問題があるのではないか」と批判を始めた。イスラエルにすれば「ナチスの時に600万人のユダヤ人を見殺しにしたお前たちが,今さら人道を語るのか」という論理になる。こうしてイスラエルは国際社会の声を次第に聞かなくなり,ついには国際刑事裁判所(ICC)がネタニヤフ首相に逮捕状を出す事態となった。
これに対し,イスラエルは反発し,「このような凶行に直面している我々を犯罪国家扱いするのであれば,外交的手段による解決は不可能であり,力で対処するしかない」と結論づけるに至った。つまり,ヨーロッパは結果としてイスラエルを追い込んでしまったのである。
佐藤(2025a)によれば,アメリカとイスラエルが主導してパレスチナ問題の解決を図ろうとする場合,ガザ地区の住民をどこかの国が支援しなくてはならないのは事実である。その場合,地理的・歴史的・政治的に見て,エジプトが最も現実的な国となる。しかし,ガザ紛争の勃発直後,エジプト政府は難民の流入を防ぐためにガザとの国境を封鎖した経緯があり,今後エジプトが,無条件で支援するとは考えにくい。そこで,トランプ大統領は,ディールと認知戦に長けた自らの特性を活かして,まずは常識外れとも言える過激な提案をあえてぶち上げることで,エジプト政府から段階的に移住の合意を引き出すという戦略を描いているという。
この提案の延長線上には,将来的に西岸地区のパレスチナ人住民を隣国ヨルダンに保護させるという構想も含まれていると見られている。いうまでもなく,こうした構想は,アメリカとイスラエルにとっては望ましい一方,パレスチナ人や他のアラブ諸国,さらには中国を含む国際社会からは激しい反発を招いている。
トランプ大統領は,新たな国際規範をレガシーとして残すか
国際法秩序の常識で考えれば,トランプ大統領の国際法違反は言い逃れできないように見えるが,果たして本当にそうだろうか。トランプ大統領のシナリオは,国際法違反に対して,「力による平和」での突破を試みている状況である。上記のように,トランプ大統領は,平和評議会の設立により,突破口として平和を約束しつつも,イランへの攻撃という力による現状変更を試みている。トランプ大統領は,世界平和にコミットするストロングマンのルールとして,国連に代わるトランプ大統領独自の国際法の代替案を提示してくる可能性は極めて高い。つまり,国連の理想である多国間主義は機能不全に陥っているのだから,現在の膠着状態を打破するには,トランプ大統領やプーチン大統領のようなストロングマンの「力による平和」により,一刻も早く国際紛争を解決する方が,世界平和のためであるという認知戦である。トランプ大統領はストロングマンの国際紛争解決における成功事例としての「先例を作る」ことで,従来の国連の機能不全を理由に国際法違反の批判を抑え込むことが部分的にでも可能であり,ここに,国際法違反の突破口がある。今後は,トランプ大統領やプーチン大統領が,国際紛争解決の先例を作り,現行の国際法や国際慣習法の修正を迫るかという視点にも留意して,国際政治の動向を注視していく必要がある。
[参考文献]
- 佐藤優(2025a),『トランプの世界戦略』, 宝島社.
- 佐藤優(2025b), 『第三次世界大戦を阻止するのはトランプしかいない』, 宝島社.
- 清水翔(2026), 「「国際法は無力だ」という言説について― 直感から分析への架け橋」, 日本国際問題研究所, 国問研戦略コメント(2026-9), 2026年3月11日.
- 立川良司(2018), 「エルサレム問題とトランプ米政権」, 『Global Risk Research Report』, No.9, 日本国際問題研究所,コラム, 2018年6月15日.
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