世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界秩序と国際関係理論:新型コロナ禍以後のディープステートとの認知戦
(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)
2026.03.02
新型コロナ禍以後の世界秩序は,新帝国主義へ向かうのか
アメリカの外交官,教育者であったHarland Cleveland(1918–2008)は,冷戦後の初期の時代は「全てのことは,かつてないほど全てのことに関連している」と述べた。この傾向は,時間的・空間的に双方向性が加速する国際関係において特に顕著であった。
しかしながら,新型コロナ(以下,パンデミック)禍以前から蓄積されていた世界秩序における国際的リーダーシップの欠如と,先進国と途上国の分断を理由としたリベラル国際秩序の崩壊により,国際機関を中心とした多国間主義が凋落し,2026年現在は新帝国主義へと向かう世界秩序のパラダイムシフトの到来をもたらしたように見える。
新型コロナ禍は,こうしたグローバルな相互依存崩壊のきっかけであった。以下では,パンデミック以後の世界秩序の前提条件を概観する。
パンデミックによる国際的リーダーシップの欠如と先進国と途上国の分断の顕在化の要因
コロナによる感染死を回避するために経済損失をどれだけ受け入れられるか?に関して,仲田,藤井(2022)は,死者数を一人減少させるために支払ってもいい経済コスト,「支払意思額(willingness to pay : WTP)」というテーマで分析した。
この分析は,感染症対策と社会・経済活動の両立を模索するために行われたものであり,2021年11月22日にレポートが公表されていた。
具体的には,ある国の経済損失と人口10万人当たりの感染死者数に着目してモデル分析を行い,例えば,「もし日本で,もう少し経済活動を強めていたら感染死者数はどういう結果になっていたか」,あるいは「もう少し経済活動を止めていたら感染死者数はどう変わるか」といった形で,仮想的に結果がどうなるかを,仲田,藤井(2022)は疫学マクロモデルを使って計算した。そして,その結果に基づいて横軸に経済損失を,縦軸に累積の感染死者数(人口10万人当たり)を取ってトレードオフ曲線を描いた。この曲線は,その国が選ぶことができた潜在的な選択肢の集まりが表現されたものであった。この潜在的な選択肢の中で,実際には曲線上のある一つの点が選ばれたとみなすことができ,そこに各国のコロナ対策と社会・経済活動に対する「価値観」のようなものが反映されていると解釈できた。
仲田,藤井(2022)は,この分析を国ごと,日本の都道府県ごとの時系列データでモデル分析を行い,それぞれの国・都道府県についてさまざまな地域特有の環境や政策に関する要素を所与とした「条件付きトレードオフ曲線」というものを描き,各国・都道府県は「コロナ死を一人回避するためにどれだけのWTPを受け入れるか」を試算した。これが,「コロナ死亡回避の経済価値」という資料を通じて公表した分析の概要だ。
分析の結果,日本では感染死を一人回避するために受け入れられる経済損失は金額換算で約20億円であり,世界の国々と比較して相対的に高いことがわかった。1億円以下の国が多く,特に感染死が多かったアメリカは約1億円,イギリスは約0.5億円だった。また,日本国内に関しても差がある。死者が相対的に多かった東京都や大阪府では約5億円という結果だった。
こういったパンデミックを経て,問われる国の力,グローバル・リーダーシップの不在に関して佐藤(2021)は,「次のパンデミックを未然に防ぐための仕組みの強化も,中国を始め,新興国・途上国と共同しなければ機能しない」としている。他にも,気候変動,環境保護など地球規模の課題への対応も確実に進めなければならない。コロナ以前からグローバル社会のルール・仕組み作りと国家主権の相剋は厳しさを増しつつあったが,パンデミックによって現在のルール・仕組みの欠陥が如実になり,それを正さなければならないという機運は出ていた。
世界秩序に関するパンデミックによる追い打ちに関して,浜中(2021)は,「かねて明白であった国際秩序の乱れを白日の下に晒した既存の国際機関・制度が十分なパンデミック対策を取れているとは言い難い」とした。世界保健機関(WTO)の主張は二転三転することが多く,問題解決の指針を示しているようには見受けられなかった。IMF・世銀等の国際金融機関も,きめ細かい経済政策を各国に提言しているとは言えなかった。一定程度の役割を果たしてきたG7も実質的にパンデミック対策をほとんど取れていなかった。G20も同様であった。
結果として,既存の国際秩序を回復させる力は十分なものとは言えなかった。第一に,有力国のリーダーシップを期待することはほとんどできなかった。新型コロナはそれまでグローバル化の恩恵を受けてきた先進国及び有力新興国(特に,ブラジル,インド,ロシア,中国,南アのBRICS諸国)により大きな影響をもたらした。中でもアメリカの被害は甚大であった。先進国・有力新興国が軒並み疲弊しているため,単独でも共同でもリーダーシップを発揮する余裕がなかった。この観点からは,早期にパンデミックの収束に成功したように見受けられる中国が唯一の例外かもしれなかった。
第二に,パンデミックで先進国と途上国の対立がより鮮明となった。先進国によるワクチン囲い込みで,途上国への供給が不足するとの懸念は払拭されなかった。途上国向けワクチン価格がどのようなものになるかも不明であった。WHOが設立の音頭を取った,途上国へのワクチン供給のための枠組みであるCOVAXには,アメリカ,ロシアは不参加であった(中国は参加を表明した)。また,開発されつつあったワクチンは超低温での保管が必要なものが多く,途上国の末端にまでワクチンを行き届かせるには多額の費用がかかり,ワクチンを輸出する先進国と輸入する途上国の間でさらなる摩擦が生じる可能性は否定できなかった。国際的リーダーシップの欠如,先進国と途上国の分断は以前からの問題であるが,パンデミックにより問題はさらに深刻化するであろうと指摘された。
アメリカの国益よりも優先するものはない
新型コロナのパンデミックの時,また,それ以降のアメリカと世界秩序の関わりに関して,U.S. Department of State(2025)によると,マルコ・ルビオ国務長官(第2次トランプ政権)は,外交方針において「アメリカ第一主義」を鮮明にし「アメリカの国益よりも国際秩序を優先することはできない」という立場を明確にした。
アメリカ第一主義におけるトランプ大統領の交渉術は,認知戦を駆使していると分析されている。佐藤(2025)によると,認知とは情報理論を基礎に,人間の脳と心の働きを探求する営みである。この分野は心理学,言語学,神経科学,教育学,情報工学,コンピューター科学,哲学といった広範な学問領域と繋がっている。
トランプ大統領の認知戦には,ディープステートという集団を巧みに利用する戦術がある。ディープステートに該当する主体は,名門の同窓会,政府官僚,情報機関(CIA,FBI),軍産複合体,金融エリート等であり,アメリカ国外にもいる。
ディープステートは,佐藤(2025)によれば,以下のように考えられる。近代以降の代議制民主主義においては,二つのグループ,つまりエリートたちが政治を行っている。一つは国民の選挙によって選ばれた政治家で,もう一つは資格試験によって登用された官僚である。この両者が協力することで政治体制は維持されている。ところが,実際の政治は,二つの要因とは異なる原理で動く場合がある。国民が統制する選挙にも当選しておらず,資格試験にも合格していないが政治に影響力を行使できる人々がいる。彼らは国民の見えないところで政治権力を動かしているにも関わらず,全く責任を取らない。こうした影の権力者ということができる存在がディープステートだ。
トランプ大統領は,自分の意見に従わない勢力全体をディープステートと呼び,そうした勢力を激しく批判した。特にトランプ大統領に敵対的なCIAやFBIなどの情報機関員や各公的機関の高級官僚を国家転覆の陰謀を企てているディープステートと見なし,排除しようとしていた。こうした敵対勢力が陰謀を企んでいると発言することで,国民の不満がトランプ大統領ではなく,ディープステートとみなされた組織や人間に向かうようにコントロールすることも,トランプ大統領の認知戦戦術であると考えられる。
ただし,トランプ大統領は,その交渉術において認知戦を仕掛ける際,トランプ大統領の敵を悪役として設定し,国民の認識をその方向に誘導する戦術として「ディープステート」という言葉を利用しているに過ぎない。
トランプ大統領以降のアメリカ・ファーストの見通しに関しては,中山(2019)は,仮にアメリカ・ファーストがトランプ大統領を超える現象だったらどうなるのかという問いかけに,その兆候はある,と指摘する。トランプ外交に抗する民主党側の議論を見てみると,「アンチ・トランプ」という問題意識から,多国間外交へ復帰を訴え,リベラル・インターナショナル・オーダーの守り手としてのアメリカの地位の復権を訴える言説は確認できる。しかし,左派の声が大きくなりつつある現在の民主党一般党員の間で,アメリカの卓越的地位(America primacy)を提唱するような声が響くとは想像しにくい。一般の有権者の間で「リベラル・インターナショナル・オーダー」という言葉ほど,対外政策エリートたちの世界観を悪い意味で象徴する言葉はないだろう。
となると,民主党は民主党流の「アメリカ・ファースト」を模索しなければならないという矛盾に直面せざるを得なくなる。もちろんそうはいえないので,他の装いが施されることにはなるだろう。おそらく,トランプ大統領のアメリカ・ファーストの弊害を最小化しつつもそれを生み出した不満に応えられるような政策をということになる。ただそれは,冷戦後アメリカが担ってきたような役割を,トランプ大統領がいなくなれば再び期待できるようになるという予定調和的な期待を打ち砕くものだ。
アメリカ外交が,アメリカ・ファーストをその指導原理として受容していく場合,それは国際政治環境に大きな影響を及ぼす。仮に政府レベルでは,ある程度の振り戻しがあり,アメリカ・ファースト的な行動原理を押し返そうとする機運が生まれる可能性はある。しかし,「気分としてのアメリカ・ファースト」が国民の間に広く共有されるようになった場合,それはアメリカの対外行動を大きく制約しうる。トランプ大統領以降のアメリカの常態への復帰は当然視しないほうがよさそうだ。
ディープステートは世界秩序に関与するのか
ポリシーミックスにより,国家が自国第一主義を追求し,国際機関が多国間主義を追求すると仮定すると,世界秩序を追求する主体はどのような組織であろうか。2026年現在では,ディープステートは,国家の意思決定に影響を及ぼしているとされているが,世界秩序に関してはどうであろうか。ディープステートが世界秩序に関心があるか否かは現時点では不確実性が伴うというに留めるが,国家や国際機関が世界秩序を追求しないと仮定する以上,世界秩序を追求するのは,ディープステートをおいて他にないであろう。ディープステート単独で世界秩序に関与するには国際社会に根付いた草の根の市民社会の総意に基づいた量子力学でいうところの量子もつれ(相関),つまり,ディープステートの大多数が単一の世界秩序構想を共有するというシナリオが有力であり,それだけでは,実現が困難な場合は,国家や国際機関と規範を共有できる場合には協力するというシナリオも考えられる。こういった点も留意し,ディープステートが世界秩序のプレーヤーとして参入していくかどうか,今後の国際政治の動向を注視していく必要がある。
[参考文献]
- (1)佐藤仁志(編)(2021), 『コロナ禍の途上国と世界の変容 軋む国際秩序,分断,格差,貧困を考える』, ジェトロ・アジア経済研究所, 日本経済新聞出版社.
- (2)佐藤優(2025),『トランプの世界戦略』, 宝島社.
- (3)仲田泰祐, 藤井大輔(2022), 『コロナ危機,経済学者の挑戦 感染症対策と社会活動の両立を目指して』, 日本評論社.
- (4)中山俊宏(2019), 「アメリカ・ファーストの系譜―それはトランプを超える現象なのか」, 酒井啓亘,森肇志,西村弓(2019), 『論究ジュリスト』,No.30(2019年夏号),有斐閣.
- (5)浜中慎太郎(2021), 「ポストコロナの国際秩序-デジタル分野における覇権争い」
- (6)U.S. Department of State(2025), “100 Days of an America First State Department” FACT SHEET, APRIL 29, 2025.
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