世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4254
世界経済評論IMPACT No.4254

世界秩序と国際関係理:トランプ大統領の宗教観に根差した“平和評議会”

鈴木弘隆

(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)

2026.03.09

世界秩序におけるトランプ大統領の平和構想とは何か

 トランプ大統領は,ロシアのウクライナ侵攻や,中東のパレスチナ問題など,長期化する世界の紛争解決に取り組み,幾つもの紛争を停戦させたとして,その業績がノーベル平和賞に値すると主張していた折,2025年度のノーベル平和賞受賞は逃したが,奇しくも2025年度にノーベル平和賞を受賞したベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏は2026年1月15日のホワイトハウス会談で,同賞のメダルをトランプ大統領に贈呈した。

 2026年1月のベネズエラ侵攻の後,トランプ大統領は,ガザ紛争の終結と復興の監督という名目で「平和評議会(Board of Peace)」を設立したが,トランプ流の新国際秩序構想の実現のための国際機関の設立という意図もあるとの憶測が広がっている。以下では,この「平和評議会」の設立と,その背景となる建国の理念であるアメリカ・ファーストの伝統,また,トランプ大統領の宗教観であるクリスチャン・シオニズムの観点から,「平和評議会」の目的を考察する。

トランプ大統領が主導する「平和評議会」の目的

 JETRO(2026)によれば,米国ワシントンの米国平和研究所で2月19日,ドナルド・トランプ大統領主導の「平和評議会(Board of Peace)」初会合が開催され,ガザの非武装化,統治移行,復興投資に向けた包括的枠組みが正式に始動した。

 トランプ大統領は冒頭で,停戦維持,人質全員の帰還,国際調整の進展の成果を強調し,同評議会を「世界で最も強力で行動する国際機関」と位置づけた。また,ガザ和平に向けて59カ国が参加を表明していることを明らかにした。

 米国は100億ドルの資金拠出を表明し,アラブ首長国連邦(UAE),サウジアラビア,カタールなどから総額70億ドル超の追加拠出が寄せられていると説明した。会合ではまず,ガザ行政国家委員会(NCAG)が,治安回復,雇用創出,緊急支援,電力・水道・医療・教育など基礎インフラの復旧を優先課題として提示した。委員会は「1つの権威,1つの法,1つの武器」を原則とする統治一元化を宣言し,警察官5,000人を60日以内に育成する計画を示した。平和評議会の下部組織として新設されるガザ高等代表室(The Office of the High Representative for Gaza)は,武装解除と行政移行を監督するとした。

アメリカ・ファーストとクリスチャン・シオニズムの紐帯

 トランプ大統領の「平和評議会」の背景には,アメリカ・ファーストとクリスチャン・シオニズムが根付いている。

 中山(2019)によれば,アメリカ・ファーストは,ウォルター・ラッセル・ミード(Walter Russell Mead)が提唱した外交の4類型のうち,ジャクソニアン的伝統が突出して影響力を持った状態だとも言える。ジャクソニアンとは,第7代目の大統領,アンドリュー・ジャクソン(Andrew Jackson)に因んで命名されたものだ。それは,アメリカという国家を,普遍性を志向する信条に依拠した理念国家とは見なさず,限定的に定義された「アメリカ人」の権益を守りその拡大を図る(べき)存在,つまりナショナルな文脈では拡張主義的で攻勢的だが,その世界観は孤立主義的な,そうした存在としてのアメリカを認識する。現に,ミードは,トランプ大統領を「ジャクソニアンの反乱」と描写している。

 しかし,何よりも現代的な文脈でアメリカ・ファーストを語る場合,立ち返らねばならない歴史的事例は,戦間期のアメリカ・ファースト委員会(America First Committee)だろう。トランプ大統領の誕生以前は,アメリカ・ファーストといえば,真っ先に同委員会のスポークスマンだった飛行家のチャールズ・リンドバーグ(Charles Lindbergh)が頭に浮ぶ。リンドバーグは,国際主義者たちがアメリカをヨーロッパの戦争に再び引き込もうとしている状況に警告を発した。彼が,国際主義者たちとみなしたのは,イギリス人であり,ユダヤ人であり,ルーズベルト政権であった。悪名高い「デモイン演説」である。リンドバーグのこの発言は,当然のことながら「反ユダヤ主義(anti-Semitism)」の謗りを受ける。

 佐藤(2025)によれば,トランプ大統領が,イスラエルを特別視していることは明らかである。トランプ大統領にとってアメリカの次に重要な国は,ユダヤ人国家イスラエルなのである。

 では,なぜトランプ大統領はイスラエルをこれほどまでに重視するのだろうか。その理由を端的にいうならば,トランプ大統領がクリスチャン・シオニズム(Christian Zionism)の理解者だからである。クリスチャン・シオニズムとはユダヤ人の聖なる地であるパレスチナへの帰還と1948年のイスラエル建国とが聖書の予言通りに実現されたことであると強く考えるキリスト教思想の一つである。クリスチャン・シオニストはディスペンセーショナリズム(Dispensationalism)を信じている。ディスペンセーショナリズムとは,聖書の歴史を神による複数の時代(経編)に分けて理解し,それぞれに神の異なる啓示と人間の責任があるとする立場である。この神学は,聖書を字義通りに読み,ユダヤ人と教会を厳密に区別し,イスラエル建国や終末預言に特別な意味を認める点が特徴である。

 この思想はいつかキリストが再臨して,神の国イスラエルで,ユダヤ人と異邦人の区別なく神を信じる者たちが救われ,千年王国が到来すると唱えている。ディスペンセーショナリズムを信じる人々は聖書を字義通りに解釈し,聖書に書かれている言葉を信じ,そして,神学上の解釈を確信するだけではなく,実際にユダヤ人をパレスチナの地に帰還させるための政治・社会運動も展開している。

 トランプ大統領の考え方はディスペンセーショナリズムではない。しかし,イスラエル国家を特別視するクリスチャン・シオニズムという考え方には好意を持っている。この背景を踏まえれば,トランプ大統領が外交においてもイスラエルに対して特別な配慮を見せる理由は明白である。宗教的信念と政治的実利が交差する地点に,トランプ大統領のイスラエル観は存在しているのだ。

 一般的に言って,アメリカ政府は民主党政権であろうが,共和党政権であろうが,一貫してイスラエル支持の政策を維持している。その理由としてしばしば挙げられるのは,ユダヤ系のメディアやユダヤ系政治家による影響力である。

 重要なのは,アメリカ国内において,ユダヤ人のシオニストと利害を共有するクリスチャン・シオニストが,巨大な勢力を築いているという点である。彼らは宗教的信念と政治的行動を結びつけながら,イスラエル国家を擁護し続けている。現在,パレスチナという土地には,イスラエルとパレスチナという異なる民族と宗教を背景とする二つの国家が,事実上併存している。

 クリスチャン・シオニズムに関係する問題に戻ろう。キリスト教には,ユダヤ教徒とキリスト教徒が一体化するという考え方が存在している。これは「終わりの日におけるイスラエル」としての聖書のエレミヤ書などにも書かれているが,この預言はプロテスタントのルター派にも,カルヴァン派にも受け継がれている。カルヴァン派の一派である長老派に属するトランプもこの教えを受けている。

 さらに,トランプ大統領の家族関係も彼の親イスラエル的姿勢を裏付けている。長男ドナルド・トランプ・ジュニア,長女イヴァンカ,次男エリックの三人は,いずれもユダヤ人と結婚している。特に,イヴァンカは,ジャレッド・クシュナーとの結婚を機にユダヤ教へと改宗した。そのため,トランプ大統領の孫10人全員がユダヤ人である。

 なぜなら,ユダヤ教の法(ハラハー)によれば,ユダヤ教に入信した者がユダヤ人と見なされると同時に,ユダヤ人の母親から生まれた子供は無条件にユダヤ人とされるからである。家族構成の側面からも,トランプ大統領がイスラエルとの結びつきを強める構造ができ上がっていることは,否定できない事実である。

 しかし,注意しなければならない問題がある。アメリカのキリスト教徒の全てがクリスチャン・シオニズムに好感を抱いているのではないという点である。

 統計的に見れば,アメリカ人の約55%がプロテスタントであり,その内訳は米国正教会やルター派など主流派の信者が約20%,バプティストや長老派などの福音派の信者が35%である。主流派の中にはイスラエルに対して批判的な立場を取る人も少なくない。とは言え,福音派とクリスチャン・シオニズムとの結びつきは非常に強く,以下の様な,道徳的価値観を共有している。

 すなわち,親や教師の権威を尊重すること,性別役割の保持,学校教育における進化論教育への反対,人工妊娠中絶の反対,同性婚の反対である。加えて,キリスト教右派の人々は,政治への積極的な関与を重視しており,自らの宗教的価値観を政治に反映させる運動を継続的に展開している。大統領選においても,彼らはトランプ大統領の強力な支持基盤として機能していたことが広く知られている。

 もちろん,カルヴァン派を含むアメリカのプロテスタント信者の中には,リベラルな価値観を持つ人も多く存在している。しかし,イスラエルとユダヤ人に対して強い思い入れを持つ保守的な信者は,アメリカ政府が反イスラエル的な政策を採ることを警戒し,親イスラエル的な路線を維持するよう,普段の圧力を加えている。

 トランプ大統領のイスラエル政策の論理は,このクリスチャン・シオニズムの信仰理念をベースにしている。トランプ大統領は,ユダヤ教徒とキリスト教徒が究極的には一致点を持つと考えており,その根底には,千年王国の到来を信じて,いかなる状況でもイスラエルとユダヤ人を支援すべきだという宗教的確信がある。

「平和評議会」は国際社会に根付くのか

 世界秩序において,トランプ大統領の「平和評議会」設立は,イスラエルのユダヤ人国家と,パレスチナのアラブ人国家間の問題に国際社会としてどの様に関わるべきかに関し,膠着状態を打破しうる一石を投じる試金石であると言える。なぜなら,これまでのイスラエル・パレスチナ紛争は,現在の外交力では,解決が極めて困難であり,日本の外務省の立場としては,平和的かつ繁栄を享受できる形で二国間解決ができるまで,紛争が激化しない様に現状維持で凍結しておくのが最善策であったからである。例えば,イギリスは,1947年にパレスチナ問題を国連に持ち込んだ。

 こういった膠着状態の中,アメリカの第二次トランプ政権は,平和評議会を設立し,今後,国連と連携する国際機関として,ガザ和平に取り組み,併せて,クリスチャン・シオニズムに基づくアメリカ・ファーストにより,イスラエル支援に取り組んでいる。

 このイスラエル・パレスチナの双方に対して働きかける第二次トランプ大統領の平和構想は,ポリシーミックスによれば,トランプ大統領の任期中はアメリカ・ファーストが優先であるため,平和評議会の運営は国際機関としての多国間主義が担う必要がある。しかしながら,トランプ大統領が,その任期を全うした後は,平和評議会の終身議長としてガザ和平に専念して取り組む制度を意図している。その際には,アメリカ・ファーストは,トランプ大統領の後任の米国大統領が担うことで,ガザ和平とイスラエル支援の両方を達成し,その成果を維持することにコミットが可能である。

 これが,トランプ大統領の「平和評議会」設立の狙いであるとすれば,トランプ大統領の平和構想とは,アメリカの伝統であるアメリカ・ファーストと,キリスト教とユダヤ教の教義であるクリスチャン・シオニズムの利益の双方を両立させることであると言える。

 日本としては,日米同盟のあり方も含め,トランプ大統領の平和構想に基づいた「平和評議会」が,今後,どういった形で国際社会に根付くか,新世界秩序にどの様な構造的な影響を与えていくか,また,どの程度,中長期にわたって持続していくか,といった点にも留意し,今後の国際政治の動向を注視していくべきであろう。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4254.html)

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