世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4276
世界経済評論IMPACT No.4276

中国,「人への投資」戦略へ

岡本信広

(大東文化大学国際関係学部 教授)

2026.03.23

 中国政府は,従来の設備投資主導型モデルから,「人への投資」を通じた内需拡大へと大きく舵を切った。李強首相が発表した第15次5ヵ年計画(2026~2030年)では,これまでの輸出主導やインフラ投資に代わり,人的資本と社会的セーフティネットへの支出拡大が重点に据えられた。「人への投資(Investing in People)」というスローガンが国家の戦略的指針に盛り込まれたのは,これが初めてである(Zuo 2026)。

 長年続いた「生産・投資第一主義」が限界を迎え,経済の構造転換が急務となった背景には,主に5つの要因がある。

  • ① 物理的資本の収穫逓減:十数年にわたるインフラ・不動産への過剰投資は,リターンを著しく低下させている。例えば,5万kmに達した高速鉄道網の多くが赤字経営に陥っている現状が象徴的だ(Wang 2026)。
  • ② 輸出主導モデルの限界と外圧:貿易黒字が初の1兆ドルを超える中,主要貿易相手国との摩擦や世界経済の不透明さが増し,輸出に依存した成長の継続は困難となっている(Zuo 2026)。
  • ③ 人口動態と労働市場の変容:労働力人口の減少により「量」による成長は不可能となった。加えて,若年層の失業率高止まりといった構造的ミスマッチも深刻化している。
  • ④ 消費の冷え込みとデフレ圧力:不動産バブルの崩壊により,家計資産の6割を占める不動産価値が下落。消費者が支出を切り詰める「消費ダウングレーディング」が顕著となっている(Wang 2026)。
  • ⑤ 将来不安による予備的貯蓄の増大:社会保障が不十分なため,人々は医療や老後に備えて消費を控える。2025年末の家計貯蓄は過去最高の163兆元(約23.2兆ドル)に達し,内需拡大の足かせとなっている(Wang 2026)。

 この苦境を打破するため,政府は短期・長期の両面から対策を講じている。

 短期的には需要不足の解消である。所得の源泉である賃金の引き上げを加速させており,2025年には27の省・市で最低賃金が引き上げられた(Li 2026)。河北省(15.6%増)や福建省(14.2%増)のように,GDP成長率(5%)を大幅に上回る二桁増を記録した地域も多い。これは,鈍化する可処分所得の伸びを政策的に底上げする狙いがある。

 長期的には,教育再編を通じた生産性の向上が至上命題だ。労働投入量が減少する中,一人当たりの生産性向上が不可欠となる。政府は国家教育支出を対GDP比4%以上に引き上げ,教育の質を全方位で底上げする方針だ(Chen 2025)。2030年までに平均教育年数を11.7年へ延長することを目指し(Zuo 2026),大規模な職業訓練によるスキルの再習得(Upskilling)を推進するなど,デジタルトランスフォーメーションを支える人的資本の形成へと舵を切っている(SCMP editorial 2025)。

 さらに,出産・育児支援などのセーフティネット拡充も急務である。出産関連の自己負担費用の全額カバーや,高齢者介護ベッドの割合を73%へ引き上げる計画などは,すべて「予備的貯蓄」を消費へ向かわせるための社会的基盤の整備と言える(Chen 2025, Zuo 2026)。

 政府が意図するこの構造転換は成功するのか。Wang(2026)は次のように警告する。

 「一夜にして奇跡が起こると期待する者はいない。GDPに占める消費の割合は39%に過ぎず,先進国の70%という水準とは依然として大きな隔たりがある。……しかし,『生産と投資が第一,民生と消費は二の次』というこれまでの信条(ドグマ)を根底から覆さない限り,『人への投資』という公約は,国民の間に懐疑心を生むだけに終わるだろう」。

[参考文献]
  • Zuo, Mandy(2026)China pivots to ‘investing in people’ strategy as growth engine switches gears, South China Morning Post, 2026年3月6日
  • Li, Alice(2026)China raises minimum wages amid drive to boost household spending, South China Morning Post, 2026年1月25日
  • Wang, Xiangwei(2026)Opinion | Why China is still struggling to ‘invest in people’, South China Morning Post, 2026年1月5日
  • SCMP Editorial(2025)Editorial | China’s resolve to invest in people is economic good sense, South China Morning Post, 2025年12月24日
  • Chen, Frank(2025)China’s new ‘invest in people’ slogan heralds a rethink in economic strategy, South China Morning Post, 2025年12月17日

 備考:本稿の作成にあたっては,Gemini 3.0を用いて記事の要約や内容の整理を行った。出力された文章に関して,批判的に検討し,筆者が修正,作成している。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4276.html)

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