世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4273
世界経済評論IMPACT No.4273

どう見る? イラン・イスラーム共和体制

若林啓史

(早稲田大学社会科学総合学術院 非常勤講師・京都大学 博士)

2026.03.23

地獄の蓋を開ける

 2026年2月28日,米イスラエルはイランを突如攻撃,ハーメネイー指導者と側近たちを殺害した。この行動が引き金となり,昨年6月の戦争に続き,ペルシア湾岸地域一帯は新たな戦火に包まれている。イスラエルのネタニヤフ首相はトランプ大統領に,爆撃でイラン指導部を一掃するチャンス到来と説得したと報じられた。これを受けトランプ大統領は,国内外に開戦の正当性を説明するプロセスを省略,イスラエルと共にイラン攻撃を断行した。トランプ大統領の決断は,中東全域のパンドラの箱,あるいは地獄の蓋を開ける結果を招いてしまった。トランプ大統領の戦争終結見通しは二転三転,ホルムズ海峡や湾岸アラブ諸国の石油関連施設の安全を巡り,狼狽の色を隠せない。アメリカは,状況をコントロールする方策を失ってしまったと言わざるを得ない。

トップダウン体制?

 トランプ大統領がハーメネイー指導者殺害を決意した背景には,イラン現体制への固定観念がある。2017年10月,トランプ大統領は対イラン新政策を発表,「イランは,1979年に権力を握った狂信的体制の統治下にあり,誇り高い国民に極端な支配への服従を強いた。この過激な体制は,世界で最も歴史があり,活動的な民族の一つから富を奪取し,世界中に死と破壊,混乱を拡散している」との認識を示した。つまり,イランのイスラーム共和体制は,指導者と側近,これを支える革命防衛隊から成る抑圧的体制という理解である。従って,軍事的にイランの指導層と革命防衛隊を排除すれば,自由と民主化を求めるイラン市民は,起ち上がって体制転換を成し遂げるであろうと結論される。

 イランの現体制を,少数者によるトップダウン体制と熱心に説いたのは,第一にイスラエル,第二に革命で国外に逃れたイラン人や,イラン国内の反体制派である。彼らに欧米のイラン・ウォッチャーが唱和して,日本のイラン専門家の大半は,トップダウン体制を前提とした解説を行っている。

ボトムアップ体制?

 しかし,王政時代に遡る歴史的文脈に照らすと,現体制が抑圧的という主張は,イラン革命そのものに否定的な欧米イスラエルによる認識の操作と読めなくもない。イランでは,大都市の知識層を別として,イスラームの価値観は,自由や民主化などの外来思想より,はるかに広く深く社会に根を下ろしている。王政時代には,欧米イスラエルが政権の軍・治安機関を支え,天然資源は外国企業に支配されていた。これに異を唱えたのがホメイニーで,イスラーム革命を支持したのは大衆であった。当時無名の活動家たちは,現体制の指導層におさまり,自警団から始まった革命防衛隊は,最新兵器を擁するに至っている。しかし,イラン国民の多数派は,イラン革命とイスラーム共和体制は一体であり,民衆の力が形成したボトムアップ体制と認識しているだろう。そうでなければ,1980年から8年間続いたイラン・イラク戦争に,内乱を抱え国際的に孤立するイランが耐えられた理由が見つからない。イラン革命に脅威を抱いた欧米と湾岸アラブ諸国はイラクを支援,反体制派や少数民族による反乱が加われば,革命政権は直ちに倒れると楽観していた。イランはボトムアップ体制ではなく,トップダウン体制であると国際世論に認識させたのは,欧米イスラエルによる広報戦略の成果であろう。

専門家のバイアス

 かつて日本政府は,オイルショックの教訓もあり,ひと味違う中東政策を追求していた。イラン・イラク戦争の開戦翌日,伊東正義外務大臣は国連総会で演説,イラン・イラクのいずれかを非難することなく,戦闘を終結させたいと真摯な態度を表明し,停戦に向けた両国の仲介に着手した。日本の主張は国際社会を感動させ,仲介外交はイラン・イラク双方から感謝された。

 日本の中東研究は,欧米の立ち位置とは異なる視点を標榜していたが,湾岸戦争を契機に,欧米学界との距離は縮まる一方のようだ。最近,メディアに登場するイラン専門家は,イランの現体制は不安定な少数支配であるとの認識に立脚していると見受けられる。ことさら「革命防衛隊」の役割を強調するのはその一端であり,イランを救うため革命防衛隊と闘うと主張するトランプ政権の論理に重なる。要人が次々と殺害されても,下から沸き上がるように傷口がふさがる強靱性は,イランが大衆に根を下ろしたボトムアップ体制との理解でなければ説明しづらい。日本のイラン研究者が,イランの知識層や改革派など,外国人との接触を憚らない種類に交流が偏っているのは,20年あまり前に筆者が大使館に勤務した頃と変化はない。限定されたサンプルから吹き込まれるイラン観を,日々拡散する論調について,自覚を促したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4273.html)

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