世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4277
世界経済評論IMPACT No.4277

中国の第十五次五カ年計画の科学技術戦略を読む

邵 永裕

(元金融機関 エコノミスト・東京大学 学術博士)

2026.03.23

 2026年3月,第十四回全国人民代表大会第四回会議において中国の「第十五次五カ年計画(2026-2030年)」(「十五五」計画)が正式に可決された。今後五年間の中国の進路を決定づけるこの計画は,科学技術分野において特に力強いメッセージを発している。本稿では,可決された計画の内容を踏まえ,その戦略的特徴と政策的含意について考察したい。

 「十五五」計画の科学技術戦略を理解する上で最も重要なのは,その位置づけの根本的変化である。計画建議および可決された計画本文では,「高水準の科学技術自立自強」という表現が一貫して強調されている。

 ここで注目すべきは「高水準」という形容詞である。「十四五」までは「科学技術自立自強の実現」という表現が中心であったが,「十五五」では「水準を大幅に高める」という動的な目標に変わっている。これは,中国が科学技術において単なる自立ではなく,世界のフロンティアを切り拓く立場へと移行しようとしていることを示している。

 全人代の記者会見で説明があったように,中国の研究開発費は2025年にGDP比2.7%を超え,基礎研究費も2015年比で約4倍に増加している。こうした資源投入の成果として,中国は一部の先端分野で「追う側」から「並ぶ側」,そして「先導する側」への転換点に立っているとされている。

 計画で特定された重点分野は,極めて明確な階層構造を持っている。

 第一層は「未来産業」である。量子技術,生命科学,AI,核融合エネルギー,宇宙開発,深海探査,新材料の七つが「戦略的フロンティア」として位置づけられ,長期的・安定的な支援が約束されている。特に核融合エネルギーについては,「合肥におけるBEST計画の推進」が明記され,2030年代の実用化を見据えた国家プロジェクトとしての性格が明確になった。

 第二層は「コア技術の突破」である。半導体(集積回路),先端工作機械,産業用ソフトウェア,航空宇宙エンジン,医療機器,バイオ製造の六分野については,「非常規措置」という強い表現で「決定的な突破」を目指すとされている。これは,外部からの技術規制が続く中で,サプライチェーンの強靭化と技術的自立を最優先課題と位置づけたものと言える。

 第三層は「社会実装の加速」である。AIの社会実装,自動運転の普及,グリーン技術の産業化など,既存技術の応用拡大も重視されている。特に「AI+」行動の全面的展開は,中国の強みである巨大市場とデータ資源を活かした「応用駆動型イノベーション」の継続を示している。

 「十五五」計画の特徴として見逃せないのは,イノベーション体制そのものの改革である。「新型挙国体制」という言葉は引き続き使われているが,その中身は明らかに進化している。

 第一に,基礎研究の重視である。計画では「基礎研究の先行配置」として,基礎研究費の対R&D比を「十四五」の8%程度から12%以上に引き上げる目標が盛り込まれた。これは応用研究偏重だった従来のパターンからの脱却を図っていると言える。

 第二に,企業の主体性強化である。国有企業だけでなく,民間ハイテク企業の役割が明記され,税制優遇や調達支援が約束されている。実際,2025年時点で中国のユニコーン企業数は世界全体の約30%を占めており,その活用力が国家戦略にも反映された形である。

 第三に,国際協力の重視である。一部では「技術的孤立」が懸念されているが,計画では「開放型イノベーション」の推進が謳われている。特に基礎研究分野での国際共同研究や,外国人高度人材の受け入れ制度(移民制度の整備)について具体的な文言が盛り込まれたことは注目に値する。

 科学技術の根幹は人材である。この点で,「十五五」計画は明確な転換を示している。

 STEM分野(注1)の卒業生数は既に年間500万人を超え,量的には世界最大の人材プールを形成している。しかし計画では,

 より高いレベルでの「質的転換」が求められている。具体的には,

  • ・若手研究者の独立支援(プロジェクト責任者の若年化促進)
  • ・クロスディシプリナリー人材の育成
  • ・外国人高度人材の受入れ拡大
  • ・産学連携による実践的人材の育成

が重点施策として挙げられている。

 特筆すべきは,国際的な頭脳獲得に本格的に乗り出す姿勢である。「海外高級人材の移民制度の確立」という文言は,かつてのシリコンバレーが世界中から人材を集めたように,中国もまた「知の集積地」を目指すことを明確に示している。

 もちろん,「十五五」計画の科学技術戦略には課題もある。

 第一に,基礎研究の評価システムである。短期的な成果を求める傾向が強い中で,長期的な基礎研究をどう持続可能な形で支援するか。計画では「基礎研究のための特別枠」の設置や「研究者の評価制度の改革」が盛り込まれているが,その実効性は今後の運用次第である。

 第二に,国際環境の不確実性である。米中対立の長期化,輸出規制の強化,技術覇権競争の激化は,計画の実行に影を落とす可能性がある。この点について計画は,「双循環」戦略のもとで,国内循環を基盤としつつも国際循環を完全には断たないというバランスを取ろうとしている。

 第三に,成果の社会実装における障壁である。実験室レベルの成果を産業化するには,規制改革,標準化,知財保護など,多くの制度的課題がある。計画では「科技成果転化の促進」が重点項目として挙げられており,この分野での制度改革が進むと見られる。

 全体として,「十五五」計画の科学技術戦略は,中国が「科学技術大国」から「科学技術強国」への移行を本格化させるためのロードマップとして位置づけることができる。

 半導体や工作機械など「買えない技術」の内製化を最優先としつつ,核融合や量子技術など「まだ誰も持っていない技術」への先行投資も行う。さらにAIやグリーン技術では「社会実装力」という既存の強みを活かす。この三層構造の戦略は,現実主義と未来志向のバランスが取れたものと言える。

 重要なのは,この戦略が単なる技術開発の計画ではなく,経済社会全体の変革を視野に入れている点である。「質の高い発展」という大きな目標の下で,科学技術は単なる手段ではなく,新たな社会の基盤として位置づけられている。

 今後五年間,世界は中国の科学技術戦略が実際にどのような成果を生み出すのか,注目せざるを得ないだろう。そして同時に,それは国際社会にとっても,協力と競争の新たな枠組みを模索する契機となるはであろう。

[注]
  • (1)「STEM分野」とは,科学(Science),技術(Technology),工学(Engineering),数学(Mathematics)の4分野を指し,これらを統合的に学ぶ教育や研究領域のこと。1990年代のアメリカでアメリカ国立科学財団(NSF)が国際競争力向上のために人材育成方針として「SMET」を打ち出したことに始まり,その後,2000年代に「STEM」と呼称が定着し,教育モデルとして広まっている。
[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4277.html)

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