世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界秩序と国際関係理論:アメリカ・ファーストとトランプ大統領の交渉術
(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)
2026.02.23
国際主義の機能不全の行末はアメリカ・ファーストの顕現
米国覇権の時代は,国際主義としてのグローバリズムの時代でありその実態は,グローバル資本をうまく活用できた主体と,そうでない主体との間で不均衡が拡大した。これは,量子力学的には,各主体(例えば,国際機関,国家,企業,家計,市民社会等)におけるローカルとグローバルの重ね合わせとともに,グローバル資本市場の波と相関を保つこと(量子もつれ)ができた主体だけが,グローバリズムの恩恵を受け豊かになる一方で,それ以外の各主体は,世界経済の発展から置き去りにされるという二極化の様相を呈することとなった。この現象は,アメリカにおいても例外ではなく,ラストベルトと呼ばれる米国のブルーカラー層において,特に顕著であった。グローバル資本市場から取り残された人々は,国家は,限定的に定義された国民の権益を守りその拡大を図る存在と主張し,ナショナリズムとしてのアメリカ・ファーストを強く主張するようになっていった。このトレンドにより,トランプ大統領が誕生した。以下では,トランプ大統領が誕生した経緯と,トランプ大統領の交渉術について概観する。
トランプ大統領の台頭は,アメリカ・ファーストの結果に過ぎない
中山(2019)によると,2010年代半ばには,はっきりとした成果が見えないまま長期にわたって続く戦争への不信感,米国が外の世界に不公平な取り決めのもとで介入させられている(そして損をしている)ということに対する苛立ち,文化的動揺,グローバルエリートの権威の失墜,不法移民への敵意に近い排外主義的感情の高まりなど,アメリカ・ファーストのメッセージが響き渡る土壌が形成されていた。必要だったのは,「アメリカ・ファースト」の歴史的経緯などものともせずに政治的メッセージの中核に組み込む大胆な最後の一押しだった。
トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」が世界観として明示的に示されているのが国連総会演説であった。しかし,それをドクトリンにまで高めたのはトランプ・ホワイトハウスの国家安全保障会議において戦略的コミュニケーション担当大統領次席補佐官を務めたマイケル・アントン(Michael Anton)である。
アントンは,ホワイトハウス退任後,フォーリン・ポリシー誌にトランプ外交に関する長文論考を投稿,その中でアメリカ・ファーストが抱え込む「負の遺産」を漂白し,トランプ外交の核心にある思想を肯定する。それは,「すべての国が自国第一主義を追求し,空虚でグローバルな価値観を振りかざすのをやめナショナリズムを認めさえすれば,世界はより平和になり,豊かになる」という信念だ。そして「国家が同質性を価値として追い求めることについても全肯定する」。そして「それこそが“ナショナリズム”であり“国家主権”であり,これはトランプ以前からすでに発生していた潮流である」としている。そしてその台頭は,リベラル・インターナショナリズムがすでに機能しなくなっていた結果であり,トランプ流のアメリカ・ファーストがそれを貶めたのではないことが強調されている。さらにもっとも大きな功績は,トランプ大統領は対外政策エリートからから実権を奪い返し,国内政治の現実と対外政策を連携させたことだとアントンは主張する。
トランプ大統領が選挙で選ばれた理由に関しては,佐藤(2025)によると,2016年の選挙の際のみならず,2024年の選挙においても,民主党の候補者たちは,権威ある経済学者の意見には耳を傾けながらも,ラストベルトを中心とするブルーカラー層の声にはほとんど耳を貸そうとしなかった。ヒラリー・クリントンやカマラ・ハリスといった候補者は,米国の労働者階級の現状に無関心だったのである。
その一方で,トランプ大統領は,徹底的にブルーカラー層の声に耳を傾け,この人たちに寄り添う姿勢を貫いたのである。それ故,歴史家・人類学者のエマニュエル・トッドは,この構図を「米国社会について真実を言っていたのはトランプ大統領の方」と端的に表現したのだろう。
そして,このような背景を踏まえれば,多くの米国民,特に低学歴の白人労働者が,自分たちを理解し,信頼できるリーダーとしてトランプ大統領を仰ぎ見るのは無理もないことである。当然,トランプ大統領もこうした状況を熟知していたので,意識的に「ブルーカラー層のヒーロー」たる自分を演出していたはずだ。「ストロングマン」という言葉は,まさにこのヒーローをトランプ流にキャッチーに表した言葉だったのだろう。
トランプ大統領がカルヴァン派の長老派信者であり,職業召命観に根差した信仰を持っている点にも注目すべきである。ラストベルトの白人労働者たちは,自らの職業を天職と信じて,勤勉に働く姿勢を持っているものが多く,トランプ大統領もまた同じ宗教に根ざした人生観を持っているからだ。
つまり,トランプ大統領の口をついて出てくる,ブルーカラー層にとって耳あたりのいい言葉の数々は,恐らく偽りのないトランプ大統領の真意であり,労働者たちもそれを感じ取り,深い共感を抱いているのではないだろうか。
カール・シュミットの「友・敵理論」
佐藤(2025)によると,トランプ大統領は交渉の場において,まず法外な要求を突きつけ,相手にイエスかノーかの判断を迫る。相手が困り果てた段階で,ようやく妥協案を提示し,そこに「落とし所」を見出す。つまり,あらかじめ強硬な立場をとることで,相手を心理的に動揺させ,結果的に自分の主張を通すのだ。この手法の根底には,20世紀のドイツを代表する法学者,政治学者カール・シュミット(Carl Schmitt, 1888年-1985年)が自著『政治的なものの概念』(1932年)で主張した「政治の本質は友と敵を判別することにある」とする「友・敵理論」の構造がある。
トランプ大統領の交渉術は,理論的な枠組みを超えて,トランプ大統領の性格や人生観にも深く浸透していると共に,トランプ大統領の人間関係においても,価値の有無はゼロサム的に判断されている。トランプという人間は,政治的な戦術としてだけではなく,生き方そのものにおいて友・敵理論を内面化していると言っても過言ではない。
トランプ大統領は,民主主義のプロセスを意に介さず,時に独裁的とすら見える手法で,自ら政策決定を行う。その姿勢は,民主主義的な正当性を欠くとして批判の的になっているが,別の見方をすれば,政策がシンプルで,スピーディーで,力強いものとして有権者に届くという効果を持っている。多くの米国民が,トランプ大統領の政策に「わかりやすさ」や「決断力」を見出し,支持を寄せる理由もここにある。
友か敵か,イエスかノーか,白か黒か。曖昧な中間を切り捨てるトランプ大統領の論理は,まさに混迷する現代米国が求めるストロングマン(強い指導者)の姿と重なっている。
トランプ大統領がイーロン・マスクを重用した理由に関しては,佐藤(2025)によると,トランプ大統領は,イーロン・マスクの総資本の利益を守ることによってのみ,国家の利益を守れると考えていたからである。トランプ大統領の政治理念の核心は「国家」にあり,あえて言えば,トランプ大統領はナショナリストであり,国家主義者,さらには帝国主義者なのだ。トランプ大統領は,国家が資本を守り,資本主義を支え,それによって国民と国民の雇用を保護するべきだと信じている。国家という視点を排除してトランプ大統領を語ることはできない。「アメリカ・ファースト」とは,その国家主義を具現化したスローガンであり,モンロー主義の現代的再解釈とも言える。
これに対して,イーロン・マスクは国家という装置を経由せずに,あくまで資本の利益を追求する人物である。南アフリカの出身で,這い上がってきた経歴を持つイーロン・マスクは,国家の理念を抱えることなく,資本家としての側面だけで動いている。
したがって,イーロン・マスクなくしてトランプ政権は成立しない。もちろん,イーロン・マスクが失脚すれば,別の資本家がその役割を引き継ぐに過ぎないが,注意すべきは,その後継者も「総資本の利益」を担う人物でなければならないという点である。ものづくりに関与しない,例えば,Amazonのような企業の代表では,その役割を果たすことはできない。資本の利益の代弁者は,生産の現場と繋がっている人物でなければならないのだ。
ドンロー主義の本質は古典力学的な交渉術
世界秩序における米国覇権の時代は,米国の国際主義のもと,例えば,国際連合,世界銀行,国際通貨基金(IMF),世界貿易機関(WTO)等のブレトンウッズ体制で構築された国際機関主導のルールに基づく自由貿易体制が推進されてきたが,次第に機能不全に陥っていった。これを受け,トランプ大統領のトランプ流モンロー主義(ドンロー主義)では,国際主義の「介入疲れ」をその理由として,これまでのリベラル国際秩序から決別し,建国時にまで遡る歴史のある限定的に定義された米国民の権益を守りその拡大を図る存在としてのアメリカ・ファーストへと再び舵を切った。2026年現在,トランプ大統領は,国内外を含む諸問題を,このアメリカ・ファーストにとって友か敵かという観点からふるいにかけ,敵を削ぎ落とす古典収束によりリベラル国際秩序時代の不確実性を切り捨てることで,ラストベルトを代表するブルーカラーの白人労働者が支持し,同時にトランプ大統領が重視するカルヴァン派の長老派信者的な宗教観にとって,好ましい自国第一主義を実現しようとしている。今後は,トランプ大統領のアメリカ・ファーストと交渉術が,国際政治における既存の勢力圏の組み替えと共に新しい世界秩序にどのような構造変化を生み出すか否か,また,日本として,米国とどのような同盟関係を模索していくのが良いのかという点を含めて,国際政治の動向を注視していくべきであろう。
[参考文献]
- (1)佐藤優(2025),『トランプの世界戦略』,宝島社.
- (2)中山俊宏(2019),「アメリカ・ファーストの系譜――それはトランプを超える現象なのか」,酒井啓亘,森肇志,西村弓(2019),『論究ジュリスト』,No.30(2019年夏号),有斐閣.
- (3)Carl Schmitt(1932),『政治的なものの概念』, Duncker & Humblot,岩波文庫.
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