世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4253
世界経済評論IMPACT No.4253

日中間で戦略的互恵関係の実を:中国市場よりも中国企業の競争力に注目を

井川紀道

(元世界銀行グループMIGA 長官)

2026.03.09

 高市総理の2025年11月7日の「台湾有事は日本の存立危機事態になり得る」との発言等に対して,習近平国家主席が激怒した。そして,直ちに日本への渡航抑制や日本人アーティストの公演の中止など居丈高に嫌がらせ措置を講じた。

 高市発言直後の11月18日WSJ誌論評では,その理由は,反高市勢力に期待し,高市総理を弱体化させる好機と判断したとしていた。ところが,2026年2月8日の衆議院選挙で自民党が歴史的勝利を収め,中国の思惑は完全にはずれたといえよう。ただし,習近平氏の怒りの真相は,2028年の台湾総統選挙において対中融和を唱える国民党に勝利させようとしている折,トランプ政権ですら,1.7兆円の武器売却を先延ばしするなどしているのに対して,高市発言は台湾の独立派の人々を勇気づけたと受け止めたことだろう。さらに,「抑止が必敗した場合に,日本の行動が台湾,米国,自由世界の勝敗を決する」という見方(ポッティンジャー, 2025)も中国は気にかけているだろう。

 本年11月の米国議会の中間選挙では,過去の歴史をみても,トランプ共和党が下院で勝利することは難しいと思われる。しかし,下院は弾劾訴追を勧告できるので,トランプ氏が中間選挙に勝利するために,どのような対中融和策をとるか予断は許されない。

 習近平氏にとっては,台湾統一は悲願であり,武力行使も排除していないが,戦わずして台湾との統合を図れればそれに越したことはない。ただし,2020年の香港での民主派弾圧以降,1国2制度を台湾が受け入れることは,中国と台湾の100年史を振り返ると困難だろう(近藤, 2021)。

 また,11月の中間選挙が終われば,米国はトランプ氏の思惑よりも,2025年11月の新安全保障戦略(NSS)に沿って展開されるのではないか。NSSの地域戦略では,西半球の覇権再確立と外国の干渉の排除を謳っているが,アジアにおいては,経済の果実を勝ち取り,軍事対立を防止するとし,台湾の半導体生産の突出と第1列島線と第2列島線,南シナ海の航行の自由を維持することの重要性を強調している。トランプ氏のディール志向と習近平氏のG2分割統治の思惑と,NSS戦略のアジアの記述との間には,明確な齟齬があるように思われる。今後,台湾有事を回避させるための抑止力を含め,この点を米国がどのように対処するのか,日米首脳間の緊密な意思疎通が必要であろう。

 また,2027年までに中国が台湾危機を起こす可能性については,1月26日の習近平氏の張又侠ら軍幹部粛正により台湾侵攻についての統率力を今後強めるがどうか様々な見方があるが,習近平氏の「祖国統一」のため大きな試練の荒波を越えるという断固たる決意を重く受け止めるべきであろう。ただし,中華民族の偉大な復興として「2035年に1人あたりGDPを中等レベル先進国の水準に引き上げる」と公約しているおり,「今の中国の経済・社会はそのような冒険ができるほど強靱でない」との指摘もある(津上, 2025)。

 高市発言に戻ると,前段では,「・・その海上封鎖を解くために米軍が来援をする,それを防ぐために何らかのほかの武力行使が行われる,こういった事態も想定されるので,・・総合的に判断しなければならない」と答弁している。後段では,「それが戦艦を使って,そして武力の行使も伴うものであれば,これはどうかんがえても存立危機事態になりうる」と答弁はしている。後段はやや舌足らずのところもあるが,前後の脈絡からみれば高市発言は日本と密接な関係にある他国(ここでは米国)に対する武力攻撃の発生した際の存立危機事態と集団的自衛権を限定的に発言していることは明白と思われる。ところが,NYタイムズの北京発の記事等では,台湾有事は日本有事になる,と短絡的に報道したこともあり,台湾独立派を喜ばせ,中国を刺激したのであろう。

 中国は高市発言を撤回すべきと衆議院選挙後も強く求め,日本政府は,政府見解を変えるものではないと,撤回を拒否しつつ戦略的互恵関係は包括的に推進するとしている。

 一方,台湾では,2024年に総統に就任した賴清徳氏は中国についての発言で熟慮を欠くような報道もあり,日本政府は,従来からの交流は別として,賴清徳氏に対して必要以上に中国を刺激するような秋波を送ることは控えるべきと考える。

 いずれにせよ,日中間の政治的関係が冷え込んでいるなかで,日中の戦略的互恵関係は,当面,悪化しないないようにするとともに,米国の中間選挙後,あるいは,米国の武器売却再開等の機会を捉えて,再構築,仕切り直しの外交努力をすべきであろう。

 一方で,日本は中国とのサプライチェーンに依存しない体制を構築すべきとか,中国との貿易依存関係を低下させるべきとの意見があるが,的を絞ったデリスキングは当然として,それには注意深い検討が必要であろう。

 中国は2020年には双環戦略を掲げ,自国で完結する国内循環とともに国際的サプライチェーンを中国に依存させる「国際循環」を目指した。これは米国の戦略を真似るコピー戦術で,かつて鄧小平が言及したレアアースも報復カードにした(細川, 2025)。

 中国商務省は日本に対するレアアース輸出規制を強化し,2月24日には,軍民両用品の輸出禁止リスクに「軍事力向上に関与」するとして20の日本企業・団体を追加した。中国側は「日本の再軍事化と核保有の企てを制止するのが目的」としている。これに対して,日本政府は直ちに撤回の抗議をしているが,国際社会にアピールするうえでも,前回同様にWTOへの提訴も検討すべきであろう。

 日本のレアアース中国依存度は尖閣問題時の90%から60%程度に低下したとされるが,こうした動きに対しては,調達先の多様化,脱レアアースの代替技術の開発,国家備蓄と民間備蓄,リサイクルの回収体制の整備による「都市鉱山」の活用が進展するだろう。また,脱中国依存のサプライチェーン構築のために国際協調も重要な要素となる。これには,2026年1月に開始され,はやければ2028年―2030年の本格採掘と民間利用開始が想定されている南鳥島近海の海底表層からのレアアース泥の試掘事業が含まれる。

 日本には,中国に対するレバレッジのカードとして,フォットレジスト,半導体製造装置,高機能材料等が存在するとされるが,使い方を誤ると,日本企業が自傷するリスクもあり,伝家の宝刀として慎重に扱うべきであろう。その前提としては,チョークポイントとなる分野の日本企業の優位が保たれるように,有効な知的財産管理,コア技術の海外流出防止等の措置も必要であろう。

 さらに,日本企業が中国市場においてどう対応しているか,先入観のない客観的な認識が必要である。中国の実質経済成長率は2025年には5%となったが,名目成長率は4%で,GDPデフレーターはマイナス1%のデフレとなっており,「名実逆転」が3年も継続している。2020年以降に始まった深刻な不動産不況は未だ底が見えず,消費や投資などの内需が弱い。中国政府はその都度景気刺激策を講じてきたが,これまで不動産不況に対して抜本的な対策を講じていない。「数年のうちにバブル大崩壊を迎えるとは思わないが,処理を遅らせれば,最後はもっと大きな痛みを伴う」(津上, 2025)との見方もある。

 世界の製造強国を目指した製造業2025と革新が主導する先進的な新質生産力といったサプライサイド重視の政策により積み上がった膨大な過剰生産能力も対策を先送りした大問題のひとつであり,内需で捌けないはけ口は,輸出に頼らざるを得ない。ところが,年間1.2兆円の貿易黒字は持続可能ではない。

 一方,内巻きによって鍛えられた中国企業の競争力が高まっており,JETROの2025年度海外進出日系企業実態調査(2025年8-9月実施)では,中国進出日系企業が最大の競争相手として「中国企業」を挙げた割合は74.5%に及ぶ(製造業では82.1%)。

 他方,ASEANでも競合相手として中国企業の存在感が増しており,もっとも競合する相手は,中国企業が25.5%,地場企業が29.6%,日系企業が23.7%となっている。

 国際協力銀行「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」でみると,中国の有望度は2022年度に1位から低下しているが,2025年度では5位と依然として有望な投資先である。

 このような点を踏まえ,JETROでは「急成長を遂げる中国企業の動向をフォローすることは,①新しい技術・ノウハウ等の把握,②サプライチェーンの変化の先読み,③新たなビジネスチャンスや競争への備えに繋がる」とし,「中国拠点の位置付け再確認が必要」としている(JETRO 調査部中国北アジア課 宗金建志氏 2026 年2月17日IIMA講演から)。

 以上により,今後,日本企業は,中国経済・市場とともに,中国企業の技術力と競争力により一層注目する必要があるが,二国間の政治的対立により,日中企業の切磋琢磨と提携,協力が削がれることは日中双方にとって大きなマイナスとなるだろう。中国政府はコロナ対策でも,一端決めた政策の転換が遅れて大きなダメージがあったとされるが,膨大な過剰生産能力を抱えるなかで,米国から学んだ経済依存を武器とし続けることはブーメラン効果で自らを痛めるだろう。また,中国には,日本は台湾有事に積極的に動かないという希望的観測があるかもしれないが(ポッティンジャー, 2025),高市発言の撤回にいつまでも拘ることは,実益がなく,次第に無意味になると思料される。日本政府も機会を捉えて,戦略的互恵関係の実がとれるように,関係改善に動くべきであろう。

[主要参考文献]
  • 近藤大介(2021)『台湾vs 中国 謀略の100年史』ビジネス社
  • 津上俊哉(2025)「中国からみた世界情勢」国際経済連携推進センター 2月13日
  • 細川雅彦(2025)『トランプ2.0 米中新冷戦』日系BP 3月10日
  • ポッティンジャー・マット編著(2025)『煮えたぎる海峡』実業之日本社 2月10日
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4253.html)

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