世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界秩序と国際関係理論:「凍結された紛争」の長期化の行方
(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)
2026.02.09
2026年は,米国のベネズエラ侵攻から幕を開けた。一方,世界秩序における「凍結された紛争(Frozen Conflict)」とは,国際政治・国際法において,大規模な武力衝突(戦争)は停止しているものの,平和条約や包括的な政治解決がなされず,紛争が未解決のまま停滞・長期化している状態を指す。例えば,ロシアとウクライナのどちらも勝たせないように(かつ,どちらも負けないように),欧米とその同盟国(以下,西側)が支援することを意味する。ロシアのウクライナ侵攻は,国連憲章が禁じる「武力行使(2条4項)」や,「国際人道法(ジュネーヴ条約)」違反に該当する「力による現状変更」であるにもかかわらず,長期間にわたって解決の糸口が見出せずにいる。これに対し,多国間主義を掲げる欧州連合も軍事的・経済的に「支援疲れ」してきており,第二次トランプ政権下での米国第一主義におけるネオコンも国際情勢への「介入疲れ」の様相を呈しつつある。本稿では,こういった政治力学を構成する,ロシア・ウクライナ要因を概観する。
ロシア要因としてのエコノミック・ステイトクラフト
経済的手段による国益の追求を指す「エコノミック・ステイトクラフト」(以下E.S)に関し,ロシアのそれは「破壊するだけは破壊して,その復興の責任を西側に押し付ける」ものである。
鈴木(2022)によると,外交・軍事・安全保障の問題と経済の問題が結び付けられ,「国際政治経済学」という分野が確立したのは1970年代の石油ショックがきっかけであった。石油ショックは言うまでもなく,第四次中東戦争を戦うアラブ諸国が,イスラエルの友好国に対して原油輸出を禁じたことに端を発しているが,これは,まさしくE.Sの一形態であったと言える。つまり,「国際政治経済学」とはE.Sによって生み出された学問であった。
しばしば,E.Sは「武器を使わない戦争」などと呼ばれるが,相手を屈服させることも,また強制的に相手の行動を変容させることも難しい。しかし,経済力の大小に関わらず,石油のような戦略的物資を独占的に保有し,他国がそれに強く依存している状況であれば,途上国であっても手段として用いることができる。E.Sは武力の代替物ではなく,それ自身が特殊な環境や条件の下で作用する戦略的な手段である。
ロシアのE.Sは,柳澤・伊勢崎・加藤・林の「自衛隊を活かす会編」(2022)によれば,冷戦時代のソ連はアフガニスタンに侵攻し同国を焦土にした後,戦争を一方的に終結させ撤退し,戦後賠償の責任は一切果たさなかった。ウクライナ侵攻に際してもプーチン大統領は,ゼレンスキー政権のレジーム・チェンジはあえてせず,破壊するだけ破壊して,その復興の責任を西側に押し付ける算段であると指摘する。今回のウクライナ戦争を「自由と民主主義」のための代理戦争と位置付け,徹底抗戦のため武器だけを供与し戦争継続を支援したアメリカ,全NATO・EU加盟国は,もはや復興の責任から逃れられない。
ウクライナ要因としての経済安全保障
ウクライナの経済安全保障は,新興・破壊的技術(Emerging Disruptive Technology:EDT)と平和のためのパートナーシップ(PFP)により,ウクライナ軍の防御能力の抗堪性や持続性の維持に寄与した。以下で,ウクライナの経済安全保障の一例を概略する。
鈴木(2022)によると,自民党の提言では,経済安全保障は,国家の「独立と生存及び繁栄を経済面から確保すること」と定義され,その手段として①「戦略的自律性の確保」,すなわち日本の社会経済活動の維持に不可欠な基盤を強化し,他国に過度に依存しない状態を作ること,②「戦略的不可欠性の維持・強化・獲得」,すなわち日本の存在が国際社会にとって不可欠である分野を拡大していく,という二つの方針が示されている。また,これを実現していくため,「戦略基盤産業」の脆弱性を把握・分析し,必要な措置をとって「戦略的自律性を確保」し,「戦略的不可欠性」を強化するとしている。
さらに「経済安全保障」を脅かすものは必ずしも他者の意図的な行為によるものばかりではない。半導体の不足やパンデミックの最中のマスク不足などは,特定の国家や主体が意図的に引き起こしたものというよりは,グローバル市場における需給バランスが崩れた結果によるものである。また,事故や自然災害による物流の停滞などによる供給の停止といったこともあり得るだろう。これらに対して「戦略的自律性」を持つことは,危機管理の手段としては適切だとしても,抑止することのできない事態に対する対処にとどまる。
前述のとおり,ウクライナの経済安全保障は,EDTとPFPにより,ウクライナ軍の防御能力の抗堪性や持続性の維持に寄与した。長島(2023)によると,2020年9月,当時アルメニア系勢力(自称「アルツァフ共和国」)が実行支配していた山岳地帯ナゴルノ・カラバフにおいて,アゼルバイジャン軍が攻撃型ドローンを使用して同地域を奪還したことから,戦場におけるドローン攻撃が注目を集めた。このような非対称な戦力は,主に補助戦力としての役割が期待されてきたが,費用対効果に優れる汎用装備品へのEDTの実装化によって,既存装備品の能力が凌駕され,新たな装備体系に転換していく可能性が生まれている。また,無数の小型のドローンを一つの群れのように制御して攻撃を行う,自律型の「攻撃群(Swarm)」では,数千,数万もの無人機を相互に調和して個々に行動させるためのAI技術が応用され,その実用化が進んでいる。
加えて,今回,ウクライナのパートナー諸国等との連携・協力が,ロシア軍との戦闘を有利に進める上で果たした役割は大きかった。すでに,ウクライナは,冷戦終了後,1994年にPFPに参加し,NATOとの実践的な軍事協力を模索し始めている。
2014年のロシアのクリミア併合以降,二国間ベースながら,NATO加盟国である米国,英国,カナダ,さらにはトルコが中心となって,ウクライナに対して各種装備品を供与し,軍人の教育訓練に関する支援を行ってきた。今回の軍事侵攻に際しては,首都キーウに所在するNATO連絡事務所(NLO:NATO Liaison Office)が仲介役となって,サイバー防御,指揮通信,商用衛生画像の提供,後方兵站などの総合的な支援が行われ,ロシア軍の攻撃に対するウクライナ軍の防御能力の抗堪性や持続性の維持に寄与したものと見られる。
トランプ流「力による平和」の揺さぶりは戦争終結のきっかけとなるか
第二次世界大戦後80年を経て,今なお,戦争の惨禍は止まない。世界秩序の再編の機運と共に国際政治の不確実性が増すことで,国際情勢は冷戦期以後より悪化し,歴史を逆行する傾向も見えつつある。ロシアのE.Sは,欧米やその同盟国に支援・介入疲れをさせることで「非欧米諸国からの信頼と協力」なしで,アミタフ・アチャリア(2022)の唱える「マルチプレックスな世界秩序」を渡らせようとしているように見え,ウクライナの経済安全保障は,欧米やその同盟国の支援や介入はあるものの,長期化するにつれて,軍事的・経済的に脆弱性を露呈しつつある「グローバルサプライチェーンによる国際分業」の下で,現状維持を綱渡りの状態で耐え忍んでいる状況である。
2026年時点で,第二次トランプ政権が2022年から続くロシア・ウクライナ間の戦争終結のきっかけを作るとすれば,それは,当事者にとっては長期化するロシア・ウクライナ双方の紛争における「疲労感」の蓄積を前提とした大国の利益であるトランプ流の「力による平和」による世界各地の戦争継続への揺さぶりであろう。
ただし,ロシア・ウクライナ当事者にとっては長期化する紛争に「疲弊した」ところに自国第一主義の米国が「力で押す」トランプ流は,古典収束と呼ぶべき戦争終結のきっかけであり,この「力による平和」は,有無を言わさず決定論を振りかざすことはできるが,繊細な領域である不確実な領域・人々へのきめ細かい配慮はないため,不確実性は切り捨てている点に注視して,今後の国際政治の動向を注視していく必要がある。
[参考文献]
- (1)アミタフ・アチャリア(著),芦澤久仁子(訳)(2022),『アメリカ世界秩序の終焉:マルチプレックス世界のはじまり』,ミネルヴァ書房.
- (2)鈴木一人(2022),「検証 エコノミック・ステイトクラフト」日本国際政治学会編『国際政治 検証 エコノミック・ステイトクラフト』,日本国際政治学会,Vol. 205, February 2022,有斐閣.
- (3)長島純(2023),「新領域の防衛と技術イノベーションーーロシアによるウクライナ侵攻から見える未来の戦争ーー」,鈴木一人・西脇修編(2023),『経済安全保障と技術優位』,勁草書房.
- (4)柳澤協二・伊勢崎賢治・加藤朗・林吉永・自衛隊を活かす会編(2022),『非戦の安全保障論 ウクライナ戦争以後の日本の戦略』,集英社新書.
- 筆 者 :鈴木弘隆
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
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