世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4214
世界経済評論IMPACT No.4214

従業員代表監査役制度と強く豊かな日本

鈴木康二

(元立命館アジア太平洋大学 教授)

2026.02.16

 雪降る中での2026年2月8日の衆院選で自民党が大勝した。「日本列島を強く豊かにする」との高市首相のメッセージが,失われた日本経済の30年の厳冬時代を体験した人々にアピールした。「責任ある積極財政で強い経済を作る」とのスローガンは,結果の行方が判らない内は,世論の右傾化も作用して情動の政治に効く。成長の為の積極財政で,政府が公共事業や減税をすれば経済成長は可能と思われている。しかし経済に対し政治ができることは限られている。政治が経済を駄目にする面もある。高市首相の台湾有事発言で,日本の農水産物の中国輸出と,来日中国人観光客・留学生数は激減し,中国からのレアアース輸入が困難になれば日本の自動車とIT関連製品の生産に支障がでる。経済安全保障で重要鉱物に投資しても,中国からのレアアース輸入量には凡そ及ばない。先端半導体の中国への輸出規制は,日本製半導体製造装置の中国輸出を困難にする。

 経済成長は,労働増加,資本増加,技術革新による。少子化と外国人労働力規制の下で,労働減少による経済成長のマイナスを補うには,一人当たりの労働生産性を上げる他ない。リスキリングへの人的資本投資をしても,投資された人的資本のモラール・やる気が向上しなければ,笛吹けど踊らずだ。会社研修でAI技術を学んでも,AIを使いこなし業務改善での会社利益にならなければ研修費はコスト増になるだけだ。製造業は働く現場を重視するQCサークル活動・カイゼン・見える化が図られ,チームワークを通して従業員の働くモラール向上が図られた。他方,非製造業・サービス業では,生産性向上の数値化がし難い,売上目標達成の数値化が過労死・ハラスメントを生んだ,働き方の多様化(非正規・短時間労働・リモートワーク),転職が当り前の風潮,生き甲斐を仕事に求める人の減少,でチームワークによる従業員のモラール向上は,中間管理職の個人の業務となり,困難になった。

 ワークライフ・バランスの下で従業員個々人の働く意欲を向上させる方策が必要だ。筆者は従業員代表監査役制度が,従業員のモラール向上と労働の生産性向上に繋がると考える。従業員が会社の経営に参加することで,業務を,会社から命じられたものではなく,会社経営の立場からも見ることができる。従業員のモラール低下による事故の未然防止や,モラール喪失による従業員犯罪防止にもなる。環境,社会,企業統治のESG投資も,世界市民の目線を持って従業員代表は会社経営の場で発言できる。市民・従業員目線からの技術革新の芽は多いし,監査経験が日常になれば従業員代表の監査遂行能力は高まる。

 失われた日本経済の30年下の政労使が認めた賃下げは,生産では生産性向上を期待できなくさせ,需要では個人消費の低下を生んだ。連合は雇用確保の為にと賃下げを容認した。経営側は技術革新の投資をせず,安易な賃金カットで企業利益確保が出来,貯め込んだ資本で株主還元を増やし株主からの経営改革提案を封じた。

 生産性を向上させた分だけ賃上げせよ,生産性向上の為に人的資本投資をせよ,会社はESG投資をせよ,と経営側に言える法的制度が,日本列島を強く豊かにすることに寄与する。失われた日本経済の30年で日本はGDPで中国とドイツに抜かれた。従業員監査役制度に関する会社法規定の差が抜かれた要因かもしれない。中国会社法は監査役会のメンバーには従業員代表を必ず入れよと規定する。ドイツの従業員2,000人超の会社には1976年から労使共同決定法があり,最高経営決定機関である監査役会の構成は経営側と労働側が同数で,議長は経営側が出す。

 中国は労働者と農民が作った社会主義体制だから労働者が経営に参画するのは当然だ,日本は資本主義国だから労働者に経営参画させる必要はない,と単純に割り切り過ぎている。日本のコーポレートガバナンス改革で,社外取締役・監査役の登用,監査役の権限向上,企業情報開示は進んだが,従業員の企業統治への参画は検討されなかった。従業員選出監査役制度は,現行の制度との整合性が無いとして,立法化されなかった。

 ①「会社の経営権は会社経営者にある」,②「会社監査は経営権の一部だ」との考えと,③「従業員が会社の経営につき情報開示を受ける」,④「従業員が経営につき意見を述べる」との考えの間で,①②と③④の間に整合性が無いと言う。日本の利害関係者資本主義の考えからは,①②と③④の整合性はある。整合性が無いと言うのは,①の会社経営権の中には賃金決定・労働福祉環境決定があり,それは経営側と労働組合とが対決して決めるとの,古過ぎる考えがあるからだ。労働組合組織率は過去最低の16%となり,非正規労働者が増え,多様化している労働形態のポストモダンの時代に合わない。2018年時点で,OECD加盟国の半数が,労働者に取締役会代表への投票権を保障する何らかの法律を有している。個人は社会から圧迫を受け,従業員と会社は対決するとの考えこそ,強く豊かな日本と整合性が採れない考えになっている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4214.html)

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