世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米中間の角逐と協調の同床異夢の世界はどこに導くか
(立命館大学 名誉教授)
2025.08.18
いささか奇異に感じられるかもしれないが,AIの大流行の下で,一見すると「暴れまくる」トランプ政権と,「静かに潜航する」習近平政権とは対照的な行動姿勢を取っているかのように映るが,その実,そこには多くの共通点があり,両者は一方での覇権をめぐる熾烈な競争と,他面では共鳴し合う相互利益の両面をもつ,いわば同床異夢の世界の中にあるように思われる。両者は共に時代の先端を行くAIとロボット化と宇宙開発,そしてそれらの総体が持つ国力,なかんずく軍事・諜報活動と外交において鎬を削っているが,決定的な優位を勝ち取ることが現状では困難な以上,表向きの対抗とは別に,その実,互いの強みと弱みを冷静に見つめ合い,そこから共通項を引き出し,必要な妥協を図る方向へと向かいつつあるかのように見える。そればかりではなく,両者はそれを進める手段として強権的な政治姿勢を貫こうとしており,その点では「ミラーイメージ」(相似形)に彩られている。今,その内容を少し考えてみよう。
その共通性の一つは,相対的に国民大多数の低所得基盤を維持し続けることで支配を強固にしようとしている点である。予想外というか,むしろ当たり前というべきだが,アメリカ社会が繁栄を謳歌した時代はとうの昔に過ぎ去ってしまった。アメリカ国内製造業の生産応能力も,その担い手としての勤労者層の技能・組織能力も,そしてなによりも所得水準が著しく停滞・低下している。IT部門やエンタメ部門の華やかな隆盛振りやその頂点に君臨するごく一部の人々の成功と高収入ばかりが脚光を浴びているが,その実,圧倒的多数の勤労者層は貧困の淵に立たされ,生活安定どころか失業の危険にすら見舞われている。伝統を誇った工業地帯は往時の輝きを失い,ラストベルトとなって,惨憺たる惨状を呈している。またAIの台頭は多くの部署で現役勤労者の無慈悲な代替化を進めている。その意味では今日のアメリカを「先進国」と呼ぶことすらためらわれる状況にある。社会的病苦は自殺者や薬害疾病者の急増,犯罪の激増,教育水準の低下や道徳的頽廃の蔓延などの否定的な現象の急増となって現れ,社会的不安から暴動や暴力的犯行があちこちで頻発し,警察や軍隊の出動によらなければ,鎮圧できないほどの無法状況が諸処で現出している。こうした足下を注視せずに,高圧的な関税策の実施をちらつかせて外国を締め上げ,そこから利得を得る「アメリカファースト」方式の成功をアピールするプロパガンダ策では,到底アメリカ国民を納得させることはできないだろう。あるいは外資を呼び込み,外国企業によってアメリカの製造能力を回復させようとしても,いずれは外国企業の支配するアメリカ経済へと一変しかねない。
他方で,中国は最近は鈍化してきているとはいえ,生産応力の拡大にともなう経済成長を実現できているが,その成果は国民生活の豊かさに資するよりは,軍事拡張と宇宙開発,そしてAIを駆使したロボット化・無人化に向かいがちである。貿易収支の黒字の結果,本来なら人民元高に向かうはずのものが,厳格な為替管理を実施して,人民元は相対的に低いままに推移している。そのことは,人民元高が国内勤労者の所得増に向かうはずのものが,事実上,相対的には低く抑えられたままに留められていることを意味し,加えてロボット化の進展は,省力化と人減らしに向けられがちで,人口14億人もの豊富な労働力をもつ国には甚だ不釣り合いな現象である。これは,かつてドイツがIoTの導入にあたって,なによりも労働現場での労働者への支援と補助に留意すべきで,かつ機械による代替化が進むところでは,労働者の再雇用・再訓練の場の確保を強く打ち出した基本政策とは真逆のやり方である。中国政府の姿勢は,経済効率化を第一義とする資本の無慈悲な論理そのものの横行である。これでは製造大国作りの要としてのロボット化とは一体なんなのかと首をかしげざるを得なくなる。勤労者の所得水準を相対的に低いままに維持し,自らの生活基盤を上げるため,猛烈に競争し合う「競争社会」の維持が,政権基盤を盤石にし,かつ永続していくための万能薬であるように考えているかのようである。しかもアメリカはこうした人民元の為替相場の是正については等閑視している。
以上のことが米中両国の暗黙の了解にある以上,トランプ流資本主義への変容と習近平風市場経済化の一層の推進という一見異形の基底には,勤労人民の強権的支配という共通項が見て取れ,両者は鏡に映る転倒した自画像を「ミラーイメージ」として見つめ合い,黙認し合っているかのようである。
さてその将来はどうか。自らはAI化とその知財収入の独占に依拠し,在来工業での外資による代替化策は,アメリカ国内での不平等と格差分断を一層進めることになり,その労使対立を激しくすることになろう。他方で一億人の共産党員という「一枚岩主義」(モノリシズム)による盤石とも思える統治システムは,民意を吸収し損なうと大いなるひび割れに繋がるもろさを合わせ持っている。習近平の4選にでもなれば,その危険は一挙に拡大しよう。その点では「トランプ王政」という虚構も同じである。共に寡頭支配の潜在的な孤立性を表している。世界の国々はアメリカとは一定の距離を保ち,同時に中国とも同和せずに,第三の道を模索していくべきである。それには底辺からの「草の根」の民主主義のパワーの陶冶とその横の連帯の輪を広げる,確かだが息の長い歩みが待望される。
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