世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ2.0の一見無軌道な振る舞い:背後を貫く基本線はなにか
(立命館大学 名誉教授)
2025.05.12
トランプイズムが世界を席巻している。その特徴は反DEIに象徴されるように,近年の差別撤廃,人権擁護,核廃絶,環境保護などの「草の根」の民主主義運動の成果を全て反故にして,保守的な懐古主義に戻ることと,IT産業に象徴される最先端技術の独占の上に盤踞する一握りの億万長者達に無制限な自由を与えることとが結びついた誠に奇妙な混合物である。それは世界の右翼的な回帰運動と結びつき,極端に偏狭なナショナリズムを唱えて,外国人排除を志向する世界的な動きと呼応している。それが一見すると,無軌道であちこちに揺れ動き,得体の知れない気まぐれな印象を与えて,「群盲象を評す」ごとき,様々な批判に晒されているが,その実,全体像がつかめないでいる世評の奥底に沈殿している本音がある。だがそこには忘れてはならない基本的な特徴点がいくつかある。
第1に,GM(自動車),ボーイング(航空機),USスティール(鉄鋼),インテル(半導体)に象徴されるアメリカ製造業の停滞や衰退を横目に見て,脱製造業としての金融とIT(知財サービス産業)に依拠しようとしてきた基本線を踏襲し,ドル高,株高,債券高の基本線を堅持しようとしている。その上で,アメリカ製造業の回復というはかない望みを,極端な高関税策と相互関税で埋め合わせようとしている。
第2は世界の右傾化の頂点に君臨しようとして,大時代的な誇張や恫喝を交えて「帝国」への昇段を夢見ている。だが,実際には事態はうまくいっていない。主要スタッフもそれぞれが突出を狙う「目立ちたがり」行為の結果,政権内の主導権争いが激化して,そこからスポイルされた者たちの解雇・転出が政権発足100日足らずで続出している。
こうした個人プレイの逸脱の裏には,政策実行上の基本線の違いが見て取れる。一つは建て前を貫こうとする原理主義的・理念的な立場の堅持派と実際の交渉(ディール)に重きを置く実務派・現実派との違いである。それが関税政策をめぐって,右往左往して揺れ動く傾向の正体でもある。二つ目にテックライトに代表される無制限な自由を要求する理想派の性急で乱暴な言動と,現実過程の推移の中で徐々に実現を計ろうとする漸進派・現実派との間の齟齬である。そしてその趨勢は「新自由主義」を禁句とする後者の勢いの方に分がある。これらが多くトランプの発言になって現れるため,あたかも本人自身の不安定で気まぐれな性格の表れであるかのように戯画化されて,報道されていく。
そして三つ目に,これが最も深刻な政策上の判断を問うものだが,AIを民間企業の独占に任せるか,それとも公開制にする方向に政府が主導権を握るかをめぐる判断如何である。これはIT部門での中国の追い上げもあり,いずれがアメリカの将来にとって良策かという大局的な判断とも繋がる。対中戦略ではTikTokに典型的な軍事と民生に跨がるデュアルテックの扱い,ディープシークにみられる高度な技術独占と知財保有に依拠しない通常の技術の援用と改善の成功によって,アメリカの優位性の保持がこれまでの禁止策の延長では困難なことが判明しきた。そこで基本針路をどうとるかが問題になる。オープンAIの公開制がアメリカの将来の繁栄を保障する鍵になるという,当該産業の先駆者の一人であるアルトマンCEOが議会での公聴会で最近主張した卓見には先見性がある。公開制が最先端技術でのアメリカの優位性を支える最大・最高の武器になったという主張は,WWWをパブリックドメインにして広く世界に公開した前例や,システムをオープンにして機器に付随させて無料で販売し,それに付随するソフトやサービスで利益を上げるビジネスモデルを採用したマイクロソフトのウィンドウズシリーズのような先例がある。そして秘匿による特許取得に拘るアップルを尻目に大衆的な普及に貢献した。最先端の原理を公開・無料にしてグローバルスタンダードにすることにこそ,アメリカの優位性の基礎があるという主張には説得力がある。表面的な空騒ぎとは別に,実際のアメリカを支配している権力中枢部はいかなる方向を示唆するのだろうか。興味津々である。
だがいずれにせよ,トランプ再選運動の際に掲げた,組織されない膨大な貧困大衆の切実な願いは置き去りにされたままである。いささかきつくなるが,せいぜいが犯罪者もどきのごろつきや陰謀論者達を特赦して,その闊歩を許しているだけ,あるいはこれまで日の目を見ないでいたカウンターエリート達に活躍の場を与えただけだともいえようか。
とはいえこうした無軌道で横暴な振る舞いが世論で許容されている雰囲気がある。それは「覇権」に基づくアメリカの世界でのリーダーシップの発揮には今日の動きに繋がる要因が多々あり,それは民主・共和両党ならびに歴代政権が共有してきたことでもあるからだ。これらのマイナス要因に目を向け,その一掃を図らねばならない。だがそれは簡単ではない。アメリカの覇権の看板と実態との違いを暴き,それを見つめ直さねばならないからである。製造業の回復が高関税策では実現できないこと,アメリカ一般大衆の貧困は医療,社会福祉,教育などの規制撤廃という無制限的自由策では実現不可能なことを自覚することである。アメリカ自体は貿易の大幅赤字にもかかわらず,日本を始めとする黒字国が手持ちドル資産の対米投資促進というこれまでの傾向の安住の是非に目を向けることである。そしてドル高・株高・債券高と「マグニフィセント7」(GAFAM+マスク系企業群+NVIDIA)に巣くう超億万長者達のサクセスストーリーへの羨望でアメリカの衰退が糊塗され,一見すると豊かで繁栄しているかのような外見を装っていても空しいだけだということに早く気付くことである。アメリカの衰退と貧困は今や足下に迫っている。
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