世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4084
世界経済評論IMPACT No.4084

コメ価格高騰問題をどう捉えたらいいのか

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2025.11.17

高騰したコメ価格

 コメ価格の高騰が続いている。さすがに買い控えから先安観も指摘されているが,スーパーに並ぶブランド米の価格は軒並み5キロ5000円を超えている。昨年夏前までは2000円余りで買えたので2.5倍程度に高騰しており,物価上昇要因となってきた。この問題への対処として,石破前政権は備蓄米放出と増産による供給拡大で(政府が考える)望ましい価格水準を実現する方針だったが,高市政権になって需要見込みに合わせる形での減産指針(目安)に転じ,価格はマーケットが決めるものとして特定水準への誘導から距離を置いた。代わりに,お米券で消費者支援するという。

 首相が変わったとはいえ同じ自民党であり,石破氏は農相経験者,小泉氏も党農林部会長を経ての農相就任であって,また,鈴木現農相は農水省の官僚出身だ。いずれもプロであるはずが,真逆の対応方針を掲げる。それだけではない。コメ問題をめぐっては,学識者もまたしばしば対立する議論を展開してきた。一体,どういうことなのか。

 その背景には,農業問題特有の複雑さがある。特に,コメはいくつもの顔を持っており,それが一層の複雑さを呼び,特殊性では随一といっても良いだろう。いくつもあるコメの顔をいかに評価するかによって,表面に出てくる主張が変わる。コメに纏わる様々な利害関係が影響しているのは事実ではあろうが,根本にあるのはこの多面性である。本稿では,この多様な顔を整理することで,現行の問題を包括的に理解する一助となるよう試みたい。

コメの持つ6つの顔

 コメの第一の顔は,多くの外国で生産可能であり,さかんに貿易取引される財であることだ。この点だけを見るなら,普通の商品としてやり取りすればよい。たとえば洋服のように,安価に輸入してくればよい。

 しかし第二に,コメは主食である。もし供給が断絶すれば国民は飢餓に瀕する恐れがある。食料安全保障である。リスク管理上,安価だからといって全量を特定国からの輸入に頼ることは出来ない。重要物資調達問題はコロナ禍でもさんざん議論されたが,要諦は,①自給力向上,②備蓄強化,③輸入元分散の3本セットである(注1)。さらに安全保障には,適切な価格で入手可能というところまで含まれる。数量が確保できても価格が高騰しすぎれば,貧困層が飢餓に瀕するからだ。

 まだある。第三に,生産者であるコメ農家の存在自体の意味合いである。戦後,コメ自営農家数は農地解放で大幅に増大し,混乱期から高度成長期にかけて,農協組織と共に地方の政治・社会・経済の安定した土台となってきた。そのための政策や政治状況に功罪はあり,意味合い自体も変化してきているが,この第三の点を無視して戦後のコメ政策を進めることは出来なかったであろう。

 第四に,水田の保水機能のような,環境等に関連した多面的機能である。この点を鑑みれば,生産効率の悪い場所では農業など止めてしまえと簡単には言えないが,しかし,それでもどこかに線引きは必要となる。

 第五に,文化・精神面も挙げるべきだろう。山並みが見える水田の風景,いわゆる「里山」は,保守派に限らず多くの日本人にとって原風景的なものであろう(唱歌「ふるさと」の世界である)。しかしこれ,実は中山間地農業であって,おそらく生産効率は悪い。だが,だからといってここを森に返してしまってよいのか。あるいは,「稲穂の国」であるとか,精神面でのコメの存在感は大きい。

 第六として国際関係,WTOルールとの兼ね合いがある。かつて日本はコメの高価格維持のために輸入を防いでいたものの,GATTウルグアイ・ラウンドでの例外措置を経て,最終的には関税化を飲んだ。それでもキロあたり341円という関税は破壊的で,政府による特例的な無税輸入枠(ミニマム・アクセス)を除けば,実質的に輸入は不可能となっていた。そして,このコメの高関税率問題は,過去累次の貿易自由化交渉において,常に日本の足枷であり続けた。

 まだ他にもあるかもしれないが,これら多くの顔にそれぞれウエイト付けし配慮した上で,政策が決定されてきた。その結果としてのコメの100%自給方針堅持(注2)は,上記第二の顔の重要物資調達の要諦①~③のバランスからすると,自給力を極めて重視している。しかも食料安全保障目的に限るなら,コメ中心ではあっても限定せず,適地適作で栄養ベースでの一定期間の自給準備を進めるのが合理的だが,他の作物がこの観点から言及されることはあまりない。こうした点は,第三~第五の顔から説明がつくだろう。他方その代償として,第一の顔と第六の顔,すなわちかなり割高な価格と貿易交渉上のハンデを背負ってきたともいえる。

変化するコメの顔

 ただ近年は,これらの顔に少なからぬ変化が生じてきている。

 第二の顔については,コロナ禍によってそれまで以上に経済安全保障が意識されるようになり,また近年では,国際環境の変化から通常兵器による有事での海上封鎖が意識されるようになってきた。とはいえ,エネルギーなど他の必須物資が底をつけば持ちこたえることは出来ないわけで(コメの国内輸送すら不自由になる),コメが過度にクローズアップされているきらいもある。

 第三の顔では,コメ農家の高齢化により否応なく変化が生じている。政策的な高米価にも支えられて小規模ながら安定的なコメ農家が多数存在していた農業地帯から,高齢化・跡継ぎ難による農地の統廃合によって,より大規模で生産性の高いコメ農家がより少数存在する農業地帯へと変わりつつある。家業から企業への変化により,農業経営スタイルも,より攻めの農業を指向するようになっている。

 さらには第六の顔も変わった。WTO規律を世界が守っていた時代は終わりを告げた。それで自由化がすべて逆行するわけではないが,コメの保護を残しているからといってそれが足枷となる場面は減ってきている。他方,穀物の商品市況は長期でみて停滞しており,その結果,円安にもかかわらず,今次の日本のコメ価格高騰によって,輸入禁止的だったはずの関税を課してもなお,輸入米の国内店頭価格の方が国産米より安くなってしまった。今,スーパーの店頭では,カリフォルニア米が5キロ3500円程度で売られていて,国産銘柄米より3割以上安い。

全体像を踏まえた議論を

 そこで石破前政権・高市政権の政策だが,どちらも自給重視という根本に違いはない。表面的には価格形成見通しと時間軸の違い(高騰という足元の価格シグナルを重視して増産により供給増・速やかな価格低下を図るか,需要減による需給逼迫緩和の見通しを重視して先の価格低下を見越し敢えて減産を是とするか)ということになろうが,背景には,上記の顔の変化をどの程度意識するか,そのスタンスの差も感じられる。

 どちらにも懸念材料はある。増産の結果として余剰が出てこれを放置すれば価格暴落となる。短期的には減った備蓄の積み増しで対応できるとして,その後,増産を継続しようとするのであれば,国内の胃袋がトレンドとして縮小傾向にある以上,安価なカリフォルニア米などに対抗して輸出市場を開拓しなくてはならない。それが出来なければ,またもや主食米生産の減産に追い込まれる。他方,価格暴騰下でなおも減産となれば,たとえ価格が鎮静化するとしても時期は遅れる。その分をお米券で補うとするが,原資は税金である。また,増産出来ない農家は高価格維持・安定にメリットがあるが,攻めたい農家は意欲を挫かれることにもなる。なにより,輸入米に市場を奪われるリスクが高まる。

 では価格はどう決まるべきなのか。きわめて特殊な商品で市場も自由な市場とは程遠いコメを,普通の商品のようにマーケットが決めればいいと割り切るには無理がある。とはいえ,いくつもの顔の何を重視するかによって,妥当に思われる価格水準は変わってしまう。

 ただし,現状,図らずも1つの基準が出来てしまっている。輸入米価格である。まだ取り扱いが少ないが,輸入量は急増している。国内産のコメを増産しても減産しても,輸入米価格の方が安いのであれば,この価格が一般消費者にとっての天井となっていく可能性がある。これを上回る価格の国産米が贅沢品扱いとなれば,コメ自給は崩れる。しかも輸入米価格は市況と為替で上下するため,それに国産米への需要が影響されるようになる。

だからといって,現行の破壊的関税率をさらに引き上げようとするのは,さすがに無理筋であろう。貿易交渉上だけではなく,国内負担面からも限界があるのではないか。三菱総研の試算では,高関税等によるコメの内外価格差によって,令和6年に消費者は1兆7500億円も(国際価格水準でコメを購入するよりも)多く支払っている。令和7年にはこの金額はさらに大幅増となるだろう。ちなみに,この他に水田維持のため6500億円の補助金を納税者が負担している(注3)。コメ価格高騰は,どこまでの負担なら耐えるのかを国民に問いかけるものとも言えるのではないか。

 政策ツールの長所/短所を踏まえれば,高価格維持政策を直接支払い政策に切り替える(高関税を止めて価格を引き下げ,国内生産コストとの差額分を考慮した補助金で農家に補填)検討をすべきであろうが,それにしても結局は,自給率100%方針(注2)を維持するためには,何より国内生産効率向上が必要になっているといえるだろう。

 コメをめぐる議論は,複数の顔の全体バランスを考えるというよりは,そのうちの特定の顔についてのみ強調して主張されることが多い。そうなると議論はかみ合わず対立と徒労感のみが募る。今次のコメ価格高騰についても,全体像を踏まえての議論が望まれる。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4084.html)

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