世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ爆走と「推し活」政治の行き着く先
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2025.08.25
改めて,Nobody can stop him
筆者は,2024年2月の本コラム『「もしトラ」のベースを整理してみる(No.3309)』の小見出しで,トランプ第2期政権が「Nobody can stop him」になると予想したが,正直,その時の想定を上回る爆走ぶりを見せている。高率の追加関税は想定内としても,既存協定や経緯はほぼ無視され,トランプの気に入る結果が出なければ妥結も先々どうなるか分からず,さらには露骨な内政干渉(トランプの盟友・ブラジルのボルソナロ前大統領起訴への反対)にまで用いるなど,強引な荒技の数々は見通せなかった。通商・外交面では,WTOはじめ国際的な法治主義が一層後退していると言わざるを得ない。
内政面では,大型減税をコアとする“One Big Beautiful Bill Act”(「1つの大きく美しい法案」。以下,OBBBA)が成立した。議会での与野党の勢力差は少数だったものの,予想通り,議会共和党へのトランプの影響力が増しており,比較的早期の成立に漕ぎつけた。こちらは法に則り多数を押さえての法案成立ではあったが,他方,リベラル色の強い大学への締め付けなど,学問・言論への介入が強まっている。
これらの爆走ぶり,誰にも止められないトランプ政権の実績は,当事者からすれば「上々の出来」であると自認できるものであろう。
政策から利益を得られなくても支持を維持強化する人々
ただし,トランプ支持層はそもそも一枚岩ではなく,望んでいる政策も一致してはいない。たとえば,トランプ支持層の中核をなすMAGA(Make America Great Again)派は,「忘れられた」低所得白人労働者層支援など国内活性化最優先を唱えており,ウクライナ支援やイラン攻撃などの対外関与には総じて反対姿勢を取る。さらには,OBBBAのメリットは,客観的にみれば(つまりファクトは),減税にしてもメディケイド(低所得層向け公的医療保険)支出削減にしても,大半は富裕層が利益を得るものであり,MAGA派に向けたメリットは少ない。
これに対して,シリコンバレーのIT起業家などからなり自由な経済活動を最重要視するテクノ・リバタリアンもまた,イーロン・マスクを筆頭にトランプ支援層の一角をなしているが,マスクはOBBBAについてバラマキによる財政赤字拡大が許容できないとして強く批判,ついにはトランプと敵対・決別することとなった。
それでもトランプ政権の支持率自体は落ちていない。政権発足後数十日のいわゆるハネムーン期間以後は,概ね45~48%のボックス圏を上下している。トランプ政権の施策が必ずしも各支持層の望むものではないにもかかわらず,それでも支持が落ちないのは,第1期トランプ政権時から見られていた状況である。この点を捉えて,リベラル派や識者は「ファクト」を示して「騙されている」MAGA派を覚醒させようとしてきたが,今に至るまで成功してはいない。
政治の「推し活」化
こうした状況について,関西学院大学の柳澤田実准教授は,政治の「推し活化」を要因として挙げている(注1)。「ファンや支持者の多くは,自分の「推し」が苦境に立たされ,非難されればされるほど,一層支持するようになるだろう。もちろん認知的不協和に陥った時に,自分の信じてきたことが事実ではないと知って,支持を止める人たちも存在するが,むしろ不協和を解消するために支持や信念を強める人たちが大勢いる」のである。なお,認知的不協和とは,「社会心理学者のレオン・フェスティンガーが唱えた概念で,自分の信念や行動に矛盾する情報に直面した際に感じる,しばしば無意識の心理的不快感を意味する」。
これをOBBBAの文脈に置き換えれば,MAGA派がOBBBAにおけるメディケイド支出削減とのファクトに直面した場合,支持を止めるのではなく,削減内容(たとえばメディケイド支給のための就労要件の強化)の正当性を強調する(福祉のただ乗りを防ぐ。「ただ乗りなど企まない自分には関係なくむしろメリットになる」等)形で逆に信頼を高めるといったものであろう。
なぜこうした政治の「推し活」化が今強まり,前面に出てきているのか。
テクニカル面では,やはりSNSの普及が挙げられよう。SNS空間でのエコーチェンバー現象は,ファンクラブそのものといった面がある。他方,SNS空間では,「アンチのリプ」や「炎上」のように認知的不協和が多発する面もあるが,それを逆手にとって支持層をより一層惹きつけるツールとして利用することも行われている。柳澤准教授は,「彼らのSNS発信では,自分たちを被害者に見立てることで支持者を団結させるというやり方,そして極端な発言,暴力的な発言が目立つ。およそ大統領や副大統領にふさわしくない発言が生む認知的不協和は,彼らに対する支持をむしろ強化するのかもしれない」と推察している。
より深層面でみれば,パトリック・デニーンが唱えるように,古典的リベラリズムによる個人の隔絶という問題が潜んでいることも考えられる。デニーンは(注2),欧米近代以降の個人主義を基盤としての自由主義(古典的リベラリズム)が過度に推進されていく中で,人々は「家族(核家族でも大家族でも),土地,共同体,地域,宗教,文化との深い絆を奪われ」,自立の強制という「隔絶」をさせられてきたとのアメリカの社会学者ニスベットの指摘を引く。そしてこうした20世紀の問題提起に対して,結局,保守は規制緩和,グローバリゼーション,格差擁護,革新もアイデンティティ・ポリティクスを進めてきただけで,「共和党も民主党も...(中略)...互いにリベラリズムによる自立と格差の原因となるものを推進」したと批判している。
そうした失われた絆を補う形で,福音派キリスト教など宗教側の巻き返しがあるものの,そこにも乗れない人々が,疑似宗教/家族/コミュニティとして「推し活」空間を拡大していき,政治もまた「推し活」化し,それを一部政治家が逆手に取り始めているのが現在地ということではないか。とすれば,ここに至っては,政策議論においてファクト・チェックを示すことは効果がないどころか,認知的不協和を解消するための一層の「推し」精神を醸成するだけで,むしろ逆効果になるということになる。
「推し活」政治の行き着く先
上記のテクニカル面,深層面ともに,グローバルに共通して深化していることを考えれば,これからも政治の「推し活」化は世界中で進みはしても退くことはないであろう。選挙の趨勢は政策議論ではなく,SNSでの「推し活」吸引力で決まる傾向がますます強まることになると予想される。
加えて,ファクトや議論が通じないという状況はポピュリズムに繋がりやすいものとみられ,政策的にいえば,将来より現在を重視した耳に心地良いものが競って提示されるようになるのではないか。経済政策であれば,目先の支持層の財布を満たしてくれる施策,具体的には「積極財政」(財源問題を軽視しての減税・給付金等),「金融緩和」(政府による中央銀行への利下げ圧力),「保護主義」(支持層である特定産業・地域の利益確保),「価格統制」などが人気アイテムだ。たとえ目先は良いようにみえても,批判的論争の余地なくこれが継続していったのなら,諸政策の結果は,財政赤字拡大,インフレ悪化などとして遠からず顕在化してくることになるだろう。
こうした「推し活」政治による悪影響は,国によって軽重や表れ方の違いはあれども,米国のみならず,既に日本や欧州においてもはっきりと見えてきている。
[注]
- (1)柳澤田実(2025)「『推し活選挙』で討論の影響力低下〜SNSが加速させる『認知的不協和』とは〜」,【調査情報デジタル】,TBSメディア総研,2025年6月14日
- (2)Deneen, J. Patrick. (2018) Why Liberalism Failed (Yale University Pres). [パトリック・J・デニーン(2019)『リベラリズムはなぜ失敗したのか』角敦子訳,原書房]。デニーンはノートルダム大学教授を務める新右派,ポスト・リベラル右派の政治学者で,ヴァンス副大統領とも近い
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