世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
TSMC熊本第2工場を2ナノの拠点に?
(九州産業大学 名誉教授)
2026.01.12
2ナノの転換か?
「TSMC熊本第2工場を2ナノの製造拠点に転換するのか」とする報道の発端は,台湾の雑誌『鏡週刊』(2025年12月22日付)によるものである。以下ではこの報道を援用し概要を解説する。TSMC(台湾積体電路製造)の熊本第1工場は主には22~28ナノ半導体を製造し,自動車,スマートフォン産業に提供している。ところが近年,世界の自動車産業の不振,企業統合により,投入する半導体が減少した。利用率低下の主な理由は自動車産業の発注する車載半導体の減少によるものだ。
TSMCは先端半導体の製造企業であるが,熊本第1工場ではレガシー半導体(成熟半導体)を製造し,ソニーのイメージセンサー向けISP,デンソーの車載MCUなどを提供している。しかし,前述のとおりニーズの大幅減で,熊本第1工場は赤字状態に陥った。当初の計画では熊本第2工場は6~7ナノ半導体を製造するとしていたが,現在,TSMCの他の工場でさえ,6~7ナノ半導体への需要が生産能力を満たしておらず,さらに熊本第2工場が6~7ナノ半導体を製造した場合,需給バランスの更なる悪化が予想される。現在,TSMCでは,5ナノ,4ナノ,3ナノおよびNvidiaやAMDなどAI関連の半導体の需要が多い最先端の2ナノについては供給不足となっている。そのため,魏哲家(C.C.Wei)CEOは「熊本第2工場の当初計画を見直し,2ナノ半導体製造へシフトさせる」というのが報道の主旨である。
熊本第2工場については,その建設が一時的に中断され,その事情についてメディアが注目していた。2025年12月上旬に日本経済新聞では「熊本第2工場を4ナノ半導体製造に変更」と報じ,同年12月22日には『鏡週刊』が「2ナノ半導体製造に変更」と報道した。2026年1月15日のTSMC株主総会では2ナノ半導体の製造か,それとも4ナノ半導体の製造かが報告される可能性がある。
熊本第1工場の赤字経営
TSMCの海外拠点を見ると,熊本第1工場については,前述のように需要減から2025年の稼働率は約50%になり,62億台湾ドルの赤字経営に陥った。アリゾナ工場の2025年上半期は47億台湾ドルの黒字経営であるが,主にはアップル,Nvidia,AMDなどAI(人工知能),HPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)領域で使われる。中国の南京工場についても,黒字経営である。しかし,近年,米国は中国のTSMC南京工場で必要とする設備装置,原料などの米国からの新規調達には審査が必要になり,特に米国企業のアプライド・マテリアルズ,Lam Research,KLAなどの設備が使用された場合,米国政府の許可が必要になる。2025年12月時点で,米国政府からの輸出認可は出ておらず,TSMCと米国政府との協議が続いているものと思われる。
N-2のルール
熊本第2工場は4ナノ半導体を採用するのか,それとも2ナノ半導体を採用するかについて,台湾政府の認可とTSMCの決定を待つことになる。TSMCの台湾拠点の4ナノ半導体製造は2023年に量産化を開始しており,仮に熊本第2工場が4ナノを採用した場合には,量産化は2027年以降となることから,既に4年前の技術となってしまう。他方,2027年の時点で顧客であるNvidiaやAMDなどのニーズは,2ナノやA16(1.6ナノ)に移行する。3年後には,半導体産業は熾烈な競争によって次の世代のニーズへと移行してしまうのだ。だが,仮に熊本第2工場が2ナノ半導体製造を行うことになった場合,米国同様のAI産業への供給拠点へとシフトすることを意味している。
台湾政府はTSMCなど半導体製造企業が海外で製造する場合,「N-2(マイナス2)ルール」の遵守を要求している。それは海外で半導体生産する場合,台湾国内拠点で製造したものよりも2世代前のものとすることを意味している。要するに,現在TSMCは台湾国内で2ナノ半導体の量産化を開始したところであり,「N-2のルール」によれば,4ナノが海外の工場で生産できる最も新しい半導体ということになる(日本経済新聞の報道)。2ナノの次の世代となる半導体は1.6ナノ(A16)で,2026年後半に量産化が開始される予定である。しかし,TSMCはA16の量産化前に2ナノの強化バージョンであるN2Pを2026年内に量産化するとしており,仮に,台湾政府がN2Pを2ナノに次ぐ世代として認めた場合,「N-2のルール」による熊本第2工場における2ナノの量産化が可能となる。
経済産業省の目標達成
仮に熊本第2工場が2ナノに変更した場合,投資額は当初の100億ドルから高額なEUV(極端紫外線)露光装置が必要になるため,建設・設備コストが劇的に上昇し,250億ドル規模に増加すると予想される。日本政府はTSMCに対し,第1・第2工場合わせて約1.2兆円(約80億ドル)の補助金を決定しているが,投資額が250億ドルに増えるとなれば,政府が追加の補助金を出すかどうかが注目される。しかし,日本政府が全面的に支援する「ラビダス」も2ナノ半導体の製造を目指しており,TSMCに多額の追加支援を行うと,支援先が重複し,「競合」を招く懸念がある。だが,2ナノ半導体の単価は当初の6ナノよりも単価が高いため,高い収益が期待でき,さらに最先端の2ナノが日本で生産されることは経済安全保障上の大きな利点にもなる。現時点で言えることは,熊本第2工場の2ナノの転換とラビダスの2ナノの量産化が成功した場合,経済産業省は2030年までに国内の半導体の売上高を15兆円の目標を達成できるということだ。
[参考文献]
- 朝元照雄「 TSMC熊本工場開所式の意義:日本における半導体ルネサンスの始まりか」世界経済評論Impact No.3340,2024年3月18日。
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