世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4092
世界経済評論IMPACT No.4092

フランス 中道の連合政権不発:極右政治のシナリオの深層を覗く

瀬藤澄彦

(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・元帝京大学経済学部大学院 教授)

2025.11.24

 3年前の2022年4月24日,マクロンは,国民連合(RN:Rassemblement National)党首のマリーヌ・ルペンを58.5%の支持率をもって制し,大統領再選を果たした。ルペンはまたしても女性候補者に対する無意識の偏見や社会的慣習を意味する「ガラスの天井」を打ち破ることができなかった。フランスの大統領が,第5共和政下で野党との連合なしに再選を果たしたのはマクロンが初めてである。その大統領選挙が目の前の2027年に迫ってきた。

 フランスの作家ミッシェル・ウェルベック(Michel Houellebecq)が著したベストセラー小説『服従』(Soumission)では,2022年にフランスでイスラム系政党「ムスリム同胞団」が台頭し,大統領選挙において社会党や中道勢力と連立し,ついに政権を握る――という架空の未来が描かれた。今般米国のニューヨーク市長選挙においてイスラム教徒のゾーラン・マムダニが当選を果たし,近隣のニュージャージー州とバージニア州の2つの州知事選挙では民主党候補が勝利した。ウェルベックが描いた架空の未来が,フランスではなく,米国のニューヨークに誕生したわけだ。米国ではトランプ政権の下,移民問題や経済の停滞,価値観の崩壊に人々は疲弊しており,マムダニが人心を掴んだのかも知れないが,新市長は穏健なイスラム体制を導入する気配を見せている。もしそうなれば,ウェルベックは『服従』の中で,女性の社会的地位の低下,一夫多妻制の容認,教育制度もイスラム的価値観に基づき再編される社会を描いた。小説の主人公フランソワの勤める大学もサウジ資本に買収され,教授たちはイスラム教に改宗しなければ職を失うことになる。無神論者である彼は一度大学を離れるが,やがて生きる意味を失い,空虚の中で「服従(Soumission)」という概念――イスラム教における「神への服従」,そして人生の重荷からの解放――に惹かれていくという筋書きである。もっとも,フランスでは反イスラム主義と政教分離が強く,小説のようなことには至らないだろう。

 RNは,2024年6月の欧州議会選挙において31.37%の得票率で第1党の座を占めた。これを受けて行われた下院総選挙(国民議会選挙)では,RNは獲得議席数で第2勢力となったものの,支持基盤は北部,南仏に加えブルターニュやオーヴェルニュ=ローヌ=アルプなどの地域圏へと,支持層の階層とともに広がりを見せた。実現こそしなかったものの,ジョルダン・バルデラを首相とする極右政権誕生の機運が高まった。『100日以内にやってくる極右保守革命をいかに回避するか』というタイトルの本は,フランスで極右のRNが次の大統領選で勝つ可能性が高まる中,有識者は市民に問題の深刻さを認識しなければならないと呼びかけている。またパリ政治学院のP.Y.ボッケ教授(元オランド大統領の秘書官)は,『抵抗する』(Résister)と題する新書で,「すぐに行動計画を立てて準備する必要がある」と危機感を露わにしている。極右政権が成立すれば,直ちに憲法の第5条を書き直し,右翼の掲げる「国家優先」の政策目標をそこに挿入する。もしそうなれば後には戻れなくなってしまう危険性があると警告する。これはすでに2024年1月25日にRNが国民議会に提出した憲法改正案に盛り込まれている。この憲法改正案では,フランス共和国の国家目標として,外国人排除(xenophobia)を民主主義的手続きを無視して最優先的に憲法に挿入するとしており,ボッケ教授は,同書を通じて緊急に知的な再武装をすることを国民に呼び掛けている。これに応えて,女性ジャーナリストのサロメ・サケ(Salomé Saqué)も,フランスの伝統的思想である自由,平等,博愛が冒されようとしていると警鐘をならす。すなわち,人工中絶などの女性の権利や,LGBTQ+と呼ばれる性的マイノリティ等の権利が脅かされるとしている。哲学者ボルテールやイタリアの共産主義者の言葉,「選挙の戦いに勝った者は世論の戦いに勝ったも同然である」を悪用して,そのための手段として今や文化とメディアを大規模に支配しようとしているとされる。フランスの作家・思想家であるルノー・カミュが提唱した,白人至上主義を徹底するための陰謀論の概念である『大置換』(Grand Remplacement)を右翼が世間に広め利用しようとしている。フランスの著名な実業家であるバンサン・ボロレのような億万長者グループは,影響力のあるメディア王国を築き上げるためにテレビ,SMS,新聞を次から次に買収しようとしている。テレビ放送のCanal+,CNews1,Capital,Lagardère,雑誌のParis Match,放送のEurope1,新聞のJournal de Dimanche,出版のHachette, Grasset,Femme Actuelle,Stock などがその軍門に下っている。さらに2023年までに知的エリート集団を育成しようと,世界的なネオリベラルな極右のシンクタンクAtlasを103カ国に589拠点立ち上げているという。

 マクロン第2期政権は,政治的混迷と社会的緊張の中で,経済改革・外交戦略・文化政策を展開してきた。こういうなかで2024年,RNは89人の議員をパレ・ブルボン(国民議会)に送り込むという歴史的快挙を達成した。一方,左派連合ヌプ(NUPES)は151議席を獲得,特に急進極左派のフランス不服党(LFI)が躍進した。その党首ジャン=リュック・メランションによる政治手腕で,社会党(PS),緑の党(EELV),共産党(PCF)といった左派の統一を実現し,有権者に「マティニョン(首相府)に送ってくれ」と訴えたのだ。この政治的合意は,しかし社会党内に深い分裂をもたらした。共和党(LR)は,大統領選の惨敗後,62議席を確保し,今後の鍵を握るキャンスティング・グループとしての役割が見え始めてきた。というのも,マクロンの政策は左派よりも右派寄りの傾向が強めたからだ。政府与党は,①第49条3項による強行採決は放棄する,②懸案の年金改正法案は次期の大統領選挙まで提出を見合わせる,という最大限の譲歩をし,フランスが妥協や譲歩や連立などに不慣れな政治風土であることが明らかになった。条文ごとに「連立工作」となるよう,ケースバイケースで「法案ごとに審議する」方針を取ることになる。これ以上の望みは持てない。つまり,テーマごとにその都度,状況に応じた多数派を構築していくしかないのだ。第五共和制の下では,国民議会選挙は大統領選の延長として機能し,国民は大統領に明確な多数を与えるというのが通例だったが,それが初めて覆されたのだ。大きな転換の時であったと記憶されなければならないだろう。

[参考文献]
  • ・Pierre-Yves BOCQUET, La révolution nationale en 100 jours, et comment l’éviter, Galimard, janvier 2025
  • ・Salomé SAQUE, Résister, Payot 2024
  • ・Michel Houellebecq, Soumission, Flammarion 2015
  • ・渡邊啓貴,「ルペンと極右ポピュリズムの時代」,白水社 2025
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4092.html)

関連記事

瀬藤澄彦

最新のコラム