世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
フランス外交の「敗北」:アフリカの地政学における大きな転換点
(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・元帝京大学経済学部大学院 教授)
2025.12.22
マクロン大統領によるフランスの対アフリカ外交は「失敗」と見なされている。フランス駐留部隊の撤退,アフリカ諸国の主権国家意識の高まり,そしてロシア,中国,トルコ,といった競合大国の影響力拡大などがその背景にある。フランス外交の「敗北」の兆候はとくに次の5点で顕著である。
第1はフランス軍の追放だ。マリ,ブルキナファソ,ニジェール,そして最近ではチャドがフランスとの軍事協定を終了させた。その結果,フランスのプレゼンスは大幅に低下してしまった。これらの国がフランス軍との協定を終了したのは,反仏感情の高まり,軍事クーデター後の新政権の独立志向,フランスのテロ対策の成果への不満,そして主権回復の動き=「脱フランス」が背景にある。
第2は国民的拒絶だ。パリ政治学院(Sciences Po)とNGO団体「Tournons la Page」の報告によれば,フランスの政策に対するアフリカ関係諸国の拒絶は「大規模でほぼ全会一致」であり,単なる偽情報ではなく具体的事実に基づいているものである。
第3は主権主義の台頭だ。アフリカ諸国政府は自立性を強調し,「時代遅れ」とされるフランスとの協定や居丈高なフランスの態度を公然と批判するようになった。
第4はクーデターの多発だ。2020年以来,マリ,ブルキナファソ,ギニア,ニジェールなどのフランス語圏諸国が軍事政権に移行。フランスに対し敵対的で,ロシア(ワグネル/アフリカ軍団)など他のパートナーに接近するようになった。
これらの動きには次のような現状も指摘することができる。
まず反仏感情の高まりである。サヘル地域(注1)では,フランス軍が長年駐留していたにもかかわらず,イスラム過激派の脅威が減らないことへの不満が強まっていた。さらに住民は「フランス軍はテロを抑えられないばかりか,むしろ自国の主権を侵害している」と感じ,各地で大規模な反仏デモが発生するようになった。さらに軍事クーデターと新政権の独立志向が挙げられる。マリ(2020・2021),ブルキナファソ(2022),ニジェール(2023)では軍事クーデターが起き,暫定政権が誕生した。これらの新しい政権は「旧宗主国フランスに依存しない」姿勢を鮮明にし,フランスとの防衛協定を一方的に破棄した。チャドも2024年に協定終了を発表し,米軍の駐留をも拒否するなど,徹底した「主権回復」を打ち出した。そして新しい相互防衛を軸とする新たな同盟関係を模索するようになったマリ,ブルキナファソ,ニジェールは,2023年9月に「サヘル諸国同盟(AES)」を結成し,フランスの影響力を排除して地域的な自立を目指している。同時にロシア(ワグネル部隊),中国,トルコなどとの関係強化が進み,フランスの「フランサフリック(Françafrique)」(注2)的影響力は急速に衰退した。上述のとおりテロ対策の不徹底により治安は改善せず,暴力はむしろ拡大した。フランス軍に対し住民は「資源確保(ニジェールのウランなど)を優先している」と批判し,信頼は失墜した。各国の指導者は「フランス軍の存在は,フランスの主権を意味しない」とし,フランスの旧植民地支配からの完全な決別,脱植民地主義を掲げている。
フランス軍追放の理由は単なる軍事戦略ではなく,さらに歴史的な植民地支配への反発,独立国家としての誇り,そして新しい国際的パートナーシップへの転換を意味する。これは「フランサフリックの終焉」と呼ばれ,アフリカの地政学における大きな転換点である。
フランスの国際的な影響は,戦略的地位の低下,すなわち西アフリカにおける安全保障大国としての役割を喪失するばかりでなく,フランスのイメージの悪化に繋がっていった。現地住民はフランス国民と政府の政策を同列にせず区別はしてはいるものの,特別なパートナーとしてのこれまでのフランスのイメージは大きく損なわれてしまった。その結果,ロシア,中国,トルコ,アラブ首長国連邦が経済・軍事的影響力を増すこととなった。サヘル地域には米軍を凌ぐ約1万人の仏軍が旧植民地に駐留していたが,その撤退はフランスの影響力の弱体化を加速させる。
この根本的要因として,マクロン大統領の「傲慢」とみなされた言動や手法が,アフリカの指導者に居丈高に受け止められたことが挙げられよう。さらにフランス政府の現地事情の分析不足,政治・社会危機の根本原因を理解できていないとする批判にも晒されている。マクロン大統領の外交の「敗北」は,単なる偶発的な外交的失策ではなく,パリと複数のアフリカ諸国との構造的「断絶」を意味するものと理解されている。これはポスト植民地時代のフランスへの依存から,アフリカ諸国が同盟関係を多様化し,主権を主張する新しい段階への移行してきた事実を象徴するものと捉えるべきであろう。
マクロン大統領のアフリカ政策
マクロン大統領のアフリカ外交は,多くの人々から否定的な評価を受けている。フランサフリックからの断絶を掲げつつも,実際には旧態依然とした宗主国的言動繰り出し,アフリカの主権主義や競合大国の台頭に対応できなかったためである。その例として2021年にフランスのモンペリエで開催された「新アフリカ・フランス・サミット(New Africa-France Summit)」で,アフリカの若者や市民社会を重視すると約束したものの,サヘル地域でのクーデターに際しフランス軍の介入を居丈高な口調で正当化し,「感謝が無い」などと発言したことが,チャド・セネガル・ブルキナファソの指導者に父権的・侮辱的と受け止められた。その結果,民衆の敵意を煽り,マリ・ブルキナファソ・ニジェールからのフランス軍撤退を余儀なくされた。このフランス軍撤退後の空白に,ロシア(ワグネル/アフリカ軍団),中国,トルコが進出してきた。政府や市民はフランスの後見的役割を拒絶し,同盟の多様化とアフリカ民族主義に基づく主権を主張するようになった。最終的には,マクロン大統領のフランサフリック的・植民地主義的な様々な言動が「アフリカ人を侮辱している」との反発を招いた。マクロンの真意はアフリカと対等な新関係構築であったとしても,不適切な言葉遣いが新植民地主義批判を再燃させ,主権主義の台頭を惹起したことは,彼のアフリカ外交が広く「失敗」と見なされる主要因と言えよう。
フランスとアルジェリアの関係悪化
現下のフランスとアルジェリアのさらなる緊張の進行は,①歴史的要因,②政治的要因,③外交的要因が複合的に絡み合っている。フランスの保護領であったモロッコとチュニジアと異なり,広大な資源と領土を有し,1871年以来,約300万人のピエ・ノワール(注3)と称されるフランス人が居住した植民地アルジェリアは,中近東アフリカの中でもフランスの3つの県の地位(形式的にフランス本国の一部と見なされ,本土と同様の法の支配が及ぶ領域として扱われた)にあった。アルジェリア出身のフランス人にはカミュ,アタリ,デリダ,イブ・サン・ローラン,ジダン,アジャーニ,など多くの有名人がいる。
現下の緊張の背景にある①歴史的要因では,「植民地の記憶」として独立戦争(1954–1962)時のトラウマが依然強いことが挙げられる。マクロンが2022年に植民地支配を「人道に対する罪」と呼んだことは評価されたが,フランス国内の右派が反発し,亀裂を再燃させた。②政治的要因では,西サハラ問題(注4)が挙げられる。これは2024年,フランスがモロッコの主権を支持したことで,ポリサリオ戦線を支援するアルジェリアはこれを「裏切り」と受け止め,駐仏大使を召還した。他方,アルジェリアでは作家ブアレム・サンサルやクリストフ・ガルティエが逮捕され,フランス国内でもアルジェリア人に対する訴追に発展した。③外交的要因としては,一連の問題が緊張を助長し2025年には,両国がそれぞれ十数名の外交官を追放し,移民とビザについても2025年,フランスがアルジェリア人外交官・市民へのビザ要件を厳格化した。これは1962年のアルジェリアの独立以来最も深刻な外交危機と評される。アルジェリアは中国やロシアに接近し,フランスはマグレブ地域での影響力を低下させた。さらには,両国の関係悪化は,エネルギー・文化・移動に関する二国間プロジェクトを凍結または遅延させている。マクロン大統領は過去の植民地時代の負の歴史,独立戦争時の,拷問やフランスに協力したアルジェリア人兵士「アルキ」が冷遇されていることへ謝罪の言葉を述べるなど「哲学者」として問題をよく意識し外交を展開しようとしたが,結果はアルジェリアとの断絶を招き,マグレブにおけるフランスの立場を弱めた。記憶と悔悛をどのように生涯において演じていくかというリクール哲学(注5)の現実に彼は遭遇したと言える。旧支配国フランスとアルジェリアとの軋轢は現状,日本と中国の最近の緊張関係を彷彿させる。
[注]
- (1)サハラ砂漠の南縁に広がる半乾燥地域。アラビア語で「岸辺」を意味する言葉が語源となっており,かつてはサハラ砂漠の南の「緑の岸辺」とも呼ばれていた。
- (2)「フランス」(France)と「アフリカ」(Afrique)を組み合わせた造語。コートジボワールの初代大統領フェリックス・ウフェ=ボワニが,フランスとアフリカの「良好な関係」を示すために使った肯定的な言葉だったが,現在では不透明な癒着関係,新植民地主義的な影響力,帝国主義的思考,など否定的な意味や皮肉を込めて使われることが多い。
- (3)「黒い足」を意味するピエ・ノワールは1962年のアルジェリア独立前に居住していたフランス系植民者で独立後に本土への帰還を余儀なくされた者に対する呼称。
- (4)モロッコと,西サハラの先住民であるサハラウィ人の解放を目指すポリサリオ戦線が領有権を巡り激しく対立。フランスはモロッコを,またアルジェリアはポリサリオ戦線を支持。1991年に国連の仲介で停戦するも,モロッコが西サハラ地域の約80%を実行支配している。
- (5)ポール・リクール(Paul Ricœur)は,20世紀フランスを代表する哲学者の一人。特に現象学,解釈学,実存主義,精神分析といった多様な思想潮流を統合しようと試みたことで知られる。
関連記事
瀬藤澄彦
-
[No.4092 2025.11.24 ]
-
[No.4021 2025.10.06 ]
-
[No.3938 2025.08.11 ]
最新のコラム
-
New! [No.4141 2025.12.22 ]
-
New! [No.4140 2025.12.22 ]
-
New! [No.4139 2025.12.22 ]
-
New! [No.4138 2025.12.22 ]
-
New! [No.4137 2025.12.22 ]
世界経済評論IMPACT 記事検索
おすすめの本〈 広告 〉
-
グローバル都市革命:コンパクトシティ 田園都市 第3の都市
本体価格:3,500円+税 2022年11月
文眞堂 -
フランスはなぜショックに強いのか:持続可能なハイブリッド国家
本体価格:2,500円+税 2017年6月
文眞堂 -
高収益経営とアントレプレナーシップ:東燃中原延平・伸之の軌跡
本体価格:3,900円+税 2025年11月
文眞堂 -
DEIBにおける経営倫理とCSRの役割:障害者雇用と女性、LGBT、がん患者の方々に焦点を当てて
本体価格:2,700円+税 2025年10月
文眞堂 -
揺らぐサムスン共和国:米中対立の狭間で苦悩する巨大財閥
本体価格:2,700円+税 2025年12月
文眞堂 -
グローバルサウス入門:「南」の論理で読み解く多極世界
本体価格:2,200円+税 2025年9月
文眞堂 -
国際マーケティングの補助線
本体価格:2,700円+税 2025年9月
文眞堂 -
中国鉄鋼業:生産システム,企業,産業の三層構造と産業政策
本体価格:4,000円+税 2025年8月
文眞堂 -
ルビーはなぜ赤いのか?:川野教授の宝石学講座
本体価格:2,500円+税
文眞堂