世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4163
世界経済評論IMPACT No.4163

世界秩序と国際関係理論:自国第一主義による調整局面と多国間主義の凋落

鈴木弘隆

(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)

2026.01.19

量子国際関係理論と英米の多国間主義からの離脱の邂逅

 近年にみる,英米の多国間主義からの離脱はなぜ突然訪れたように感じるのか。この問いが本稿の問題意識である。英米の多国間主義を量子力学に基づいて分析すると,突然訪れたように思える量子重ね合わせや量子もつれの離脱には,1,観測していない時である連続的な変化時と,2,観測している時である波動関数の収縮時の2つの種類がある。

 フィリップ・ボール(2023)によると「微視な世界はいかなる類の相互作用にも敏感」だ。そして,活性因子として人間による介入が重要になる。量子力学は,人間が情報収集と定量化を試みるために必要とする仕掛けだ。

 白井(2022)は,光や電子がスクリーン上の一点で観測される現象を波動関数の変化として考え,その存在確率は観測された一点だけで1になるから,波動関数もその一点だけで値を持つことになる。このように,観測前に広がっていた波動関数が,観測によって急激に一点に収縮することを「波動関数の収縮」という。

 波動関数の通常の変化はシュレディンガー方程式に従って時間的に連続して起こるが,「波動関数の収縮」は一瞬で起こり,シュレディンガー方程式に従わない。経済学的には,この波動関数の収縮の調整局面が2種類ある理由は,1に,ケインズ主義的なカルボ型の価格硬直性により,企業がランダムなタイミングでしか価格を改定できないという仮定になぞらえて,一定期間は固定されているが,調整局面を迎えると方針の見直しと,変更が実施されるものと考える。

 2に,市場原理主義的なセミ・ストロング型の効率的資本市場仮説を仮定すれば,需要と供給により価格が即時決定されることになぞらえ,変更が実施されると考える。

 以下では,世界秩序における米国の覇権の時代の英米の多国間主義からの離脱を概観する。

英国とEUの量子国際関係理論: ブレグジットは何を残したか

 第二次世界大戦後80年が終わるまでの多国間主義の間に英国が手にした「EUの戦略的自律性」とは,経済的・地政学的にEUが自らの利益と価値に基づき,他国からの影響を受けずに政策決定・行動できる能力を高めることを目指す概念であった。

 以下では,ブレグジット(Brexit)による多国間主義の調整局面の経緯を概観する。

 ブレグジットについて,例えば日本貿易振興機構(JETRO)(2019)は,英国政府の EU 離脱白書(「チェッカーズ・プラン」およびそれを下敷きにしたEUとの合意案)で,EU関税同盟と単一市場からは「離脱」し,EU からの移民の制限(自国の国境管理権)と関税設定権を得た(もしくは国家主権を取り戻し(take back control)た)上で,「関税のアレンジメント(Customs arrangements)」と「単一市場の規則との同調(alignment)」という「できるだけEU加盟国時の条件と変わらないものを目指す」としていた。このグレー策で,かつ交渉でさらに譲歩を引き出そうとする英国の姿勢は,EU には「良いとこ取り(cherry picking)」に映った。

 中村(2022)によると,ポスト・ブレグジットのEUは世界戦略の基盤となる力の源泉を低下させていた。経済力をGDPという指標で,軍事力を軍事費という指標で,それぞれEU加盟国の力の総和で測ってみよう。2020年に統計上も英国を除くと,EUの経済力や軍事力の低下は明らかであった。実際,EU内で英国の力は大きかった。例えば,世界銀行のWorld Development Indicatorsによると,2016年時点でEU加盟28カ国中,GDP上位3カ国はドイツ,英国,フランス(EU合計に占める割合は20.9%,16.2%,14.9%),そして,軍事費上位3カ国は英国,フランス,ドイツ(20.6%,20.3%,17.0%)だった。

 クリスティーナ・デイビズ(2021)によると,ブレグジットは,多国間主義に一つの衝撃を与えていた。国際機関からの脱退の傾向は,国際機関のメンバーシップを基盤にした75年間の国際協力に逆行することになった。

 今日英国は,ブリュッセルで決定されたEUの政策が自国の経済に影響を与えるという,ブレグジットの帰結に直面している。国家は国際機関の加盟国として,行動を牽制したり,妥協したり,新たなグローバル・アジェンダを主導するなど,国際機関を導くことができる。これがメンバーシップを維持する理由である。国際機関の中で,加盟国が脱退する比率は1%にも満たない。

米国と国際機関の量子国際関係理論:66の国際機関離脱は何を残したか

 第二次世界大戦後の80年間,米国は圧倒的な軍事力や経済力といった「力」を背景に,敵対勢力の侵略や無謀な行動を防ぎ,それによって平和(戦争のない状態)を維持することで世界秩序を形作ってきた。

 酒井,森,西村(2019)によれば,世界秩序の規範的たる国際法規則を,その成立時の勢力関係を表わすものと見るのであれば,自国第一主義の行動原理である「自国の国益」が,政治的・経済的さらには軍事的に変化し,それが既存の国際法規範に異議申し立てを求める(ようにみえる)ことは,世界秩序と対立構造になる蓋然性がある。

 吉田(2026)は,2025年を,後世に記憶される地政学的変動の歴史的分岐点であった考える。それは,パワーバランスの変化と大国による戦後世界秩序への決別,多国間主義の凋落に特徴づけられた。

 トランプ政権が昨年末に公表した「国家安全保障戦略」は,戦略文書というより米国の国の「かたち」やあるべき姿を示したマニフェストのようなものであった。米国の理想とする姿を取り戻すために国家資源を惜しみなく投じる。パートナーの価値は,同盟国・友好関係ではなく,米国の国益に資するかどうかで判断される。世界の公共財提供から撤退し,国益本位の政策判断を国家エゴや弱肉強食と批判してみたところで,トランプ政権の方向性はぶれないであろう。

 これらを踏まえ,第一次トランプ政権時の国際機関離脱に関して,クリスティーナ・デイビズ(2021)は「世界的なパンデミックのさなか,2020年6月にトランプ大統領は世界保健機関(WHO)とのつながりを断つと発表した。この措置は,ユネスコからの脱退と,パリ協定,環太平洋パートナーシップ(TPP)協定やオープンスカイ協定を含む国際協定からの脱退に続くものだった。国際機関を脱退するというこの傾向は,国際機関のメンバーシップを基盤にした75年間の国際協力に逆行することになる。バイデン政権がこれらの決定の一部を覆し,米国がWHOのメンバーであり続けることとなったが,多くの人々が米国の外交政策の方向性に疑問を持ち続けている」とする。

 第二次トランプ政権時の国際機関離脱に関して,赤平(2026)は,「米国の国益・安全保障・経済的繁栄・主権に反するとして,35の非国連機関と31の国連機関からの脱退や資金拠出停止を命じた」「非国連機関は,気候変動対策や自然保護のほか,テロ対策,サイバーセキュリティー,芸術・文化などに関する広範な機関が対象となった」とする。具体的には,国連機関は,国連貿易開発会議(UNCTAD),国際貿易センター(ITC),ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関,国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)などが対象となった。同日発表したファクトシートでは,「米国の優先事項よりもグローバリズムの議題を推進する機関,あるいは重要な課題を非効率的・非効果的に扱う機関への米国納税者の資金提供と関与が終了する」として,「米国納税者の資金は他の方法でより適切に配分される」とその意義を強調した。

米国後の世界秩序における調整局面の2類型:ケインズ主義と市場原理主義

 米国は,覇権の時代であった第二次大戦後の期間,西半球主義と呼ばれる「力による平和」の戦略をとり,英国は「グローバル・ブリテン」と呼ばれる大英帝国時代のシーパワー(海洋国家)の伝統を取り戻す戦略をとったが,ブレグジットや国際機関からの離脱といった変容は唐突に見えるものだった。

 量子国際関係理論的には,世界秩序における英米の多国間主義からの離脱のタイミングが突然なのは,不確定性原理という確率論的な2つの調整局面に起因しており,これを,経済学的に援用すると,ケインズ主義的な一定期間固定させる粘着性が調整期間を迎えるときと,市場メカニズムによる即時の需給調整の2つがあった。

 第二次トランプ政権は「国家安全保障戦略」において「米国が世界の秩序を支える時代は終わった」と宣言したことで,世界秩序は一つの節目を迎えた。次世代の世界秩序の全容は現時点で定かではないが,「非欧米諸国からの信頼と協力」を前提とした次世代のパワーバランスとして,英国は,「シーパワー」を,米国は「力による平和」による世界秩序を推し進めている。

 今後の世界秩序が,どのように変容していくかの一つの兆候は,自国第一主義を追求する大国が,多国間主義から離脱する際に調整局面を迎える点に見て取れる。この世界秩序の調整局面が平和的,また,持続可能なものとして推移していくか,今後の国際政治の動向に注視する必要がある。

[参考文献]
  • (1)赤平大寿(2026), 「トランプ米政権,66の国際機関からの脱退を表明,WTOは対象に含まれず」,日本貿易振興機構(JETRO),ビジネス短信,2026年1月9日.
  • (2)クリスティーナ・デイビズ(2021), 「脱退か依存かー国際機関メンバーシップにかかる高い対価」,日本国際問題研究所,研究レポート,「経済・安全保障リンケージ」研究会 FY-2021-1号,2021年7月26日.
  • (3)酒井啓亘,森肇志,西村弓(2019), 「『自国第一主義』と国際秩序: 特集にあたって」『論究ジュリスト』,No.30(2019年夏号),有斐閣.
  • (4)白井仁人(2022), 『量子力学の諸解釈:パラドクスをいかにして解消するか』,森北出版.
  • (5)中村秀俊(2022), 「公開シンポジウム ポストBrexitのEU世界戦略:対外関係の再構築と加盟国間関係の揺らぎ」『コロナ以後のEU再生戦略-グリーンディールの射程 日本EU学会年報第42号(2022年)』,第42号,pp.53-58,有斐閣.
  • (6)日本貿易振興機構(JETRO)(2019) , 「ブレグジットと英国経済の将来ビジョン」,日本貿易振興機構(JETRO) 海外調査部 欧州ロシアCIS課,2019年3月.
  • (7)フィリップ・ボール(著), 松井信彦(訳)(2023), 『量子力学は,本当は量子の話ではない 「奇妙な」解釈からの脱却を探る』,化学同人.
  • (8)吉田朋之(日本国際問題研究所所長)(2026), 「ベネズエラ情勢のトリセツ」,日本国際問題研究所,国問研戦略コメント,2026年1月8日.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4163.html)

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