世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4200
世界経済評論IMPACT No.4200

農地改革と農業近代化の相克

末永 茂

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2026.02.09

 戦前の農業団体再編過程を簡略に列記すると次の様になる。1938年国家総動員法成立以降,産業界は既存組織の大規模な再編を遂げた。農業関連では1943年の農業団体法により中央農業会,全国農業経済会,農林中央金庫に再編され国家機構化した。さらに,1945年7月に中央農業会と全国農業経済会は一本化され,戦時農業団が成立することになる。戦後の農業協同組合はこの組織的基盤の上に発足した。また,1930年代後半から地主制度は公然と否定され,自作農創設事業が展開された。この過程で戦後農地改革を待たず,江戸中期からの地主制は抜本的に変質したが,1945年第一次農地改革,1946年第二次農地改革によって零細な戦後農地制度は全面的に成立した。

 東畑精一は1947年に『一農政學徒の記録』を著している。論稿は1935-46年に行われた講演の記録と随筆である。頁を捲ると背綴じがバラけてしまいそうな状態だったので,これまで飛ばし読み位しかしてこなかったが,本稿を書くに当たってあらかじめ痛んだ箇所を補修し熟読した。本書は学術研究論文ではないが,戦前戦中,終戦直後の農業再編成と改革への熱い思いが率直に語られている。東畑は欧米に留学し列強の近代産業の発展を目の当たりにしており,如何に我が国の農業が近代化・産業化されていないかを痛感している。また,戦後の農地改革によって自作農が制度化され,農地の所有は平均で1町歩程度になった。旧地主でも5町歩を上回らない様にされて,家族農業・小規模農業が固定化される様になる。東畑は終戦直後から,こうした「生業に止まった日本農業」が農業協同組合の組織的温存を構造化させ,農業の技術革新を阻むだろうと懸念している。

 東南アジアの農村社会をギアツは「貧困の共有」と概念化したが,我が国もそれと一脈通ずる農業・農村構造を固定化し,戦後一貫して継続維持することになる。イギリスの農業は19世紀の急速な工業化の過程で,農業従事者数を低減してきたが,同時にこの歴史過程は近代的大規模化を進めている。第一次世界大戦時に塹壕戦を突破するため戦車を開発したことは有名な話しであるが,戦車はイギリスで使用されていたトラクター(アメリカ製)を改良することによって出来上がったものである。このことを想起しただけでも,列強諸国は我が国の農業生産構造とは比較にならない程大規模である。我が国の農業近代化は明治以降,化学肥料等の使用は広まったとはいえ,動力は江戸時代からさほど変わらない農法に依存してきた。畑作以上に水稲栽培は労力を要する農作業でありながら,1960年代に入ってからようやく広範囲に耕耘機が導入されたのである。我が農業は前近代的産業そのものだったと言える。

 従って,農村地域の社会意識もこれと連動していわゆる封建制そのものの階層構造を強烈に引きずることになる。

 戦後農地改革によって,地主階級を排除したところで農業近代化が進んだ訳ではないから,主食の米以外の農産物は自給率を急速に低下させることになる。諸悪の根源を追求し撃退しても,自ら得るものは僅かである。戦前の自作農と小作農の家計消費比較では自作農は3割程度収入が多かったという資料が残されている。いずれの農家も農外収入が年々増加傾向にあり,40-50%を越える小作料にも関わらず,その格差は縮小傾向を示している。戦後はさらに農外収入の比重が高まったから,その先は兼業優先と離農しか既存農家には選択肢が残されないことになる。繰り返せば,戦後農政の基本は農地改革による零細自作農の制度的維持であり,近代的大規模農業の推進ではなかった。そして,それをマネージメントする農業組織が戦時期から継承された農業協同組合である。

 東畑は戦前に,地主は農村・集落の顔役・名主的役割しか果たしておらず,経済的農業生産性向上にほとんど貢献していない,という一文を書いている。つまり「地主は果たして如何なる役割を現在の我が国で持っているのか。彼らに特有の働きは果たして何であるか。」「かかる地位をそのまま是認するのであるか」「もっと積極的な経済過程上の働きを演ぜしむべきか」(「地主について」1935年11月記)という指摘である。また,あるべき農業改革の方向性について,農業増産のためには「技術の新しい躍進」と「耕地の拡大の方法」があるが,台湾と朝鮮を失った状況になった以上は「農業技術の飛躍的進歩を伴わない自給自足力の増加の運命はかくの如し」(1946年11月記)として,今後の農業生産は技術革新の導入以外に道はないとしている。さらに「今特に問題になっている農地改革も,単に地主を排除するという消極的なものではない。」「土地改革が農業経営の発展,農地の近代化と必ず結びつくものでなければ,経済上の意義は弱い。」と指摘している(1946年9月記)。かつて無用の長物となった地主階級は農地改革でその地位を完全に失ったが,それに代わった農協組織が,現在意欲的な大規模農家や農業法人の阻害物になってはいないのだろうか。

 東畑は農地改革のみに重点を置いた農業改革では益々農業は零細化し,その上に安住する組織だけが肥大化することを終戦直後に指摘している。その懸念は次の「農業所得に対する農業経営費の推移」から明らかになる。1960年37%➔1975年45%➔1995年62%➔2021年80%と経営コストは上昇してきた。そして,農業就業人口は同年1,450万人➔790万人➔414万人➔160万人へと傾向的に減少してきた。これによって農業の集約化・大規模化が進んだのかと一見錯覚するが,そんなことはなかった。農地集約が出来なかったから,経営コストのみがどんどん上昇することになった。零細農地に対して農業機械,その他農業資材が大量に投入されたから,収益構造は年々劣化し,新規参入が益々困難な状況になった。これが現在の農業分野における高齢化,限界集落の拡大ということになったのである。

 農業が国家の基であることは十二分に承諾出来る。しかし,それを実現するためには合理的農政の下でしか不可能であり,ただ単に財政出動を拡大すれば良いということにはならない。経営組織基盤の在り方も同時に問われる。ここに来て農業食糧供給問題が暗礁に乗り上げた様にしか見えないが,戦後農政の折返し点がどこにあったのか。農政論議は錯綜しており複雑怪奇であるが,今一度振り返ってみたい。

[参考文献]
  • 東畑精一著 『一農政學徒の記録』(1947年 酣燈社刊)
  • クリフォード・ギアツ(Cliford Geertz)著『Agricultural Involution: The Processes of Ecological Change in Indonesia』(1963年University of California Press)
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4200.html)

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