世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
外交の矜恃を育むために不可欠な要因
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2025.12.29
中国では「琉球研究センター」の設立を検討しているという。中国外交部の記者会見を聞いていると唐突な感じはしないが,一体何を画策しているのか? と即座に反応せざるを得ない。これが我が国にとって,最大級のリスクマネージメントに発展しなければ良いがと思う。ウクライナ侵攻の前日,独特の演説をプーチンが2時間にもわたって国民に発した。ウクライナは元々ロシアの領地であり,有数の産業拠点であると。歴史観というものは学術研究の重要な課題であると共に,悪しきイデオロギーの発生源でもあるから始末に負えない。唯物史観は単なる仮説的アイディアに過ぎないが,これを「科学である」と主張する研究者も未だに多い。中国の大学や党学校においては当然「純然たる科学」とされている。我が国に於いてもそうした考え方は根強い。歴史観を普遍的科学として捉え,人々に強要していくのである。
学術研究の名において国策を練ることは,人文社会科学の命運を決するようなところがあるから,細心の注意を払わなければならない。また,我が国の大学教育を鑑みて「これで良いのか」という気持ちにもなる。一つは学生の経済的環境である。在学中のアルバイトと卒業後の多額の奨学金返済。二つには,3年生からの過密な就職活動。これでは充実した学習時間は確保できない。三つには,カリキュラム上の問題として,実学や資格取得志向の講義。AIで済むはずの過剰な英語優先教育とビジュアルなゲーム理論教育である。
自国へのプライドなしに外交など出来るハズもない。もちろん自惚れでも困るが,土下座外交やODA外交,パーティー外交しか展開出来ない様な精神では,これからの国際社会で生きて行けない。まして,大国を領導することなど夢のまた夢ということになる。物理的な軍事力を増強したところで,それを使うのは国民の意志であり戦略的判断である。それを根本から支えるのは世界認識や世界構想=政治哲学である。これなしでは移民問題やガザ地区の様なモザイク地域問題すら解けない。バッファとゾーニング,国境概念の本質的課題をどう解釈するのか。防衛予算増額問題は単なる財政問題ではなく,国家国民の在り方に関わる政策哲学にまで及ぶ広範囲の議論である。軍隊は若年層の失業対策事業ではない。モーゲンソー曰く,問題は「政府の質」に由来する。
ロングセラー『アーロン収容所』の著者,会田雄次はルネサンス研究者であった。しかし自らの戦時体験を経て,西欧近代民主主義に疑問を呈している。このような視点は歴史観を決定する上で貴重である。さらに,大国としての自覚や威厳がどうあるべきかを考える契機になる。最近,富に我が国の核武装促進についての論説を目にする。一見防衛力強化の論議の様にも見えるが,その実,日米同盟からの離反を画策する悪魔の誘惑に思えてならない。仮に,我が国が独自に一国防衛体制を構築したところで,それだけでは周辺の軍事強国に対抗できない。そもそも核兵器一つで防衛戦略体系は強化されない。戦闘の究極は塹壕戦や白兵戦を覚悟しなければならない。ゲーム理論の異常な普及がここまで及んだのかとあきれ果てる。
誤解を恐れずに主張すれば,大量の人命が失われなければ,戦闘は終わらない。物財の破壊のみの戦闘は生産力が維持できれば限りなく継続される,というのが現代戦である。重厚な人文社会科学的素養を身につけなければ,自国防衛のスタンスも確立できない。これは最後の海軍大将と言われた井上成美の防衛大学校開校時のカリキュラム編成上のコメントである。清貧に甘んじながらも厳しい彼の言は,長井の住まいから連想することが出来る。そして,井上は「日本はいつまで敗戦国を引き摺っているのか」という言葉を草葉の陰で発しているのではないか。そう思えて仕方がない。アメリカの軍事外交姿勢を学ぶということが,どんなことなのかということである。
大国としての自覚と威厳を育成するためにも,大学教育は根本から見直して欲しいものである。大学は就職予備校でも賞味期限の短い実学・専門学校とは違って然るべきである。たった4年間の教育なら,基本原理や長い人生上忘れることが出来ない程の基礎教育を育む機関であるべきではないか。AIや情報機器操作など,社会人になってからで十分修得可能である。今時,TV操作など学校の視聴覚教育でやってはいないではないか。むしろ,成人するまでは情報機器から離れて,物事の本質的理解を身に着けさせる教育の方が重要である。一方で,財界は青田買い人材採用はするべきではないし,それ位の器量を持ってほしい。他方で,大学人も在学中の就職活動全面禁止を大学連合組織で宣言し,かつ単位認定を厳しく査定すべきである。我が国の知的水準を左右する重要な要因である。
ここ数年「人手不足」が盛んに叫ばれているが,これは「家庭労働」や「サービス経済」の在り方,市場経済と「経済計算問題」に直結する経済学そのものの議論である。人手不足は労働力が不足しているのか。あるいは適正な労働力が不足しているのか。単なる家庭から市場への排出か。外国人労働力受け入れなのか。数合わせだけの統計分析ならAI統計分析で事足りるが,質的議論は人間の判断と思考に掛かっている。これを放棄して,何が効率的で,豊かな社会というのであろうか。
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末永 茂
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