世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界秩序と国際関係理論:権威主義とテクノ主権主義の挑戦
(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)
2025.10.06
世界秩序におけるコンストラクティヴィズムの登場と系譜
世界秩序を論じる代表的な国際関係理論として,リアリズム(現実主義),リベラリズム(自由主義)に加え,コンストラクティヴィズム(構成主義)がある。コンストラクティヴィズム(以下,構成主義と表記)は,様々なアクター間の対話による間主観的な規範の形成を意味する。例えば,欧州の規範や価値を体現した共同体である欧州連合(EU)の価値外交を説明する理論となり得る。以下では,国際関係理論における構成主義のその登場と系譜を概観する。
大矢根(2013)は,国際関係を論じる際,近年,国際規範や理念,認識といった言葉が多用され,あるいは,正義や正当性といった言葉を手掛かりにして,国際関係を考える著作物も増えているという。そして「中国やインドなどの新興諸国は,民主主義や市場経済などの国際規範を十分に遵守するか」,「グローバル化の進展による各国間,各国内での貧富の差の拡大について,世界貿易機関(WTO)や国際通貨基金(IMF)の国際規範はどのように修正すべきか」,「武力紛争で生命や人権を脅かされている人々を,国際社会はどのように保護すべか」といった問いへの答えを模索している。
これらの問いの背景には,既存の規範や外交では対応しきれない国際的な懸案が増えたことがある。これらの状況を捉える分析枠組みの代表的な存在が構成主義なのだ。構成主義では,利害やパワーに還元できない理念や国際規範のあり方を俎上に乗せ,各国や国際機関,非政府組織(NGO)などの役割を見直しそうとするものである。
構成主義は,N.オヌフが最初に用い,初期にはF. クラトクヴィル,J.ラギー,R. アシュレーらが研究を推進した。当時の構成主義は,社会的構成や国際規範の機能について,かなり抽象的で哲学的色彩の濃い考察を行なっていた。
それ以前にも,アイデンティティや国際規範に着目した研究はあり,それらの影響が構成主義に合流している。地域統合や安全保障共同体,知識共同体論,国際レジーム論などである。国際関係論は元来,経済学や経営学などの成果を導入してきたが,構成主義は社会学に依拠している。
転機はA.ウェントの研究によって訪れた。ウェントは,構成主義の観点から当時の主流理論,特にネオ・リアリズムに挑戦すると同時に,実証分析の可能性を明確にした。これにより構成主義は,より急進的な批判理論やポストモダニズムなどから距離を置き,主流理論に匹敵する存在として受け入れられていった。そして,J.チェッケル,A.ジョンストン,M.フィネモア,K.シキンク,E. アドラーをはじめ,多くの学者によって豊かな研究が蓄積されていった。
その当初は,研究上の関心は国際規範のアクターへの影響,その後,アクターによる国際規範への影響へ移るなど多様な論点と理論化の試みも進んだ。最近では,構成主義の立場を声高に掲げず,国際関係における観念的な次元や国際規範の動態を分析し,仮説を提起する研究が増えている。
国際規範パワーとしての欧州統合と権威主義の台頭
構成主義に基づく規範パワーとしてのEUの理念と原則は,基礎となった欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)に見るように,その設立目的は恒久的な平和を築くことにある。一方,経済安全保障の観点からリアリズムに基づく資源やエネルギーの共同管理等,外交で経済的な利益を守り,対外競争力を獲得することも目的としている。しかしながら,2025年現在,西側諸国が主導するリベラル国際秩序は,ロシアや東側諸国,あるいは次項で詳解するテクノ主権主義によるポピュリズムの挑戦を受けている。以下では,第二次世界大戦後の欧州統合の背景と,欧州を取り巻く権威主義とポピュリズムの台頭を概観する。
刀祢館(2024)によると,2度の世界大戦の教訓から,恒久的な平和を築くことを目的に,先ず,石炭と鉄鋼という基幹産業をドイツとフランスが共同で管理する枠組みをつくれば,戦争は起きにくくなるという考えのもと,1952年に独仏両国とイタリア,オランダ,ベルギー,ルクセンブルクの6カ国がECSCを設立した。
その後,組織は欧州経済共同体(EEC),欧州共同体(EC)などを経て,93年に現在のEUが誕生した。加盟国も70年代に英国,デンマーク,アイルランドが加盟,その後,80年代にギリシャ,スペイン,ポルトガル,90年代にスウェーデン,フィンランド,オーストリアが加わり15カ国体制になった。また,東西冷戦の終結を受けて中欧諸国やバルト3国などが加わる「東方拡大」が始まり,13年のクロアチア加盟で28カ国,5億人超の人口を擁する巨大な地域共同体になった(英国の脱退で現在は27カ国)。
2010年代に入ると,ギリシャの財政赤字隠しに端を発するユーロ危機を皮切りに15-16年にはシリアなどから難民流入,主要国でのポピュリズム政治勢力の伸長が次々と起きた。20年代になると,英国の脱退(20年),新型コロナ禍(21年),ロシアのウクライナ侵攻(22年から)に見舞われた。憲法条約案が否決された05年から数えると,EUは「停滞と試練の20年」に陥ったといえよう。
リベラル国際秩序との関連では,過去10年の地政学的変化がもたらした影響は極めて大きい。ウクライナに対する武力による現状変更を迫るロシアの動きは,14年のクリミア半島併合から続いている。2003年12月にまとめられた欧州安全保障戦略では,イラク戦争をめぐる米国と仏独などとの対立と,欧州内での立場の分裂を背景に「効果的な多国間主義(マルチラテラリズム)に基づく国際秩序」を掲げられた。一方,2016年に作成された外交・安保のグローバル戦略は,「理念(原則)に基づくプラグマチズム」を外交指針として明記している。EUとしての理念と原則の維持に努めながらも,リアリズム的な対応を意識する姿勢は,2019年に発足した現在の欧州委員会のもとで鮮明になる。
このようにEUは,恒久的な平和を築くことを目的としながらも,リベラル国際秩序との関連では,権威主義諸国の台頭に対して,経済安全保障の観点からリアリズムに基づくエネルギー・資源等の共同管理という経済外交を採用している。
「テクノ主権主義」の誕生の背景
テクノ主権主義とは,インターネット・プラットフォームの論理を政治に導入することにより,相容れないものを相容れることで,断片化した極端をつなぎ合わせて賛同を得る原則である。ダ・エンポリ(2025)によると,カオスの仕掛け人たちは,自撮りとSNSの時代に見合ったプロパガンダを再構築しながら民主主義というゲームの本質を変えようと試みる。彼らの活動はフェイスブックとGoogleの政治版だ。彼らの活動には,SNS同様,いかなる仲介役も存在しない。全員がフラットに扱われ,判断基準は「いいね!」だけだ。彼らが内容に無関心なのは,SNS同様に目的が一つしかないからだ。すなわち,目的はシリコンバレーの経営者たちが「エンゲージメント」と呼ぶもので,「いいね!」の獲得やシェアの拡大,政治においては即時の賛同である。
ヨーロッパのナショナリズム型ポピュリズム運動は,コロナ危機とロシアのウクライナ侵攻によって陰りが生じ,カオスの仕掛け人たちはEUとポピュリズムの双方に媚を売るという離れ業を演じる羽目に陥った。なぜなら,ヨーロッパの諸機関は,さまざまな困難に対して迅速に対応したからだ。ギリシャ・ショックへの対応には一年以上を要したEUも,公衆衛生の面では加盟国は短期間で協調行動をとることができた。EU各国の国民は協調行動の恩恵により,EUを「脅威ではなく保護してくれる存在」と認識するようになった。イタリアのようにコロナ危機による被害の大きかった国々が欧州復興計画による財政支援を享受ことで,EUに対するイメージ向上はさらに強まった。さらには,ロシアのウクライナ侵攻時におけるEUの共通見解も数日で練り上げられた。ヨーロッパ人はEUを結束と保護の装置とみなすようになったのだ。
これらの結果が,政治学者ジル・グレサーニが呼ぶところの「テクノ主権主義」であり,イタリアにおけるジョルジャ・メローニの勝利が好例となった。これは,EUのテクノクラート(技術官僚)の論理とNATOの地政学的な枠組みとを受け入れる一方で,極めて保守的な価値観,つまり「キリスト教を主体とする伝統的なヨーロッパ」を強烈に推進するというもので,メローニをはじめナショナリズム型ポピュリズムの指導者たちは,すべからくこの形態を旗印にしている。
イタリアのメローニ政権はこの戦略に従い,ヨーロッパの諸機関との直接的な対立は避ける一方で,国内では,ハンガリーのオルバーン・ヴィクトルやポーランドの政党「法と正義」が好むような,非自由主義路線を採用している。そして,シチリア島沿岸部への移民船の接岸を阻止しながらもメローニ首相は就任後初の外国訪問先として欧州委員会のあるブリュッセルを訪れ,現金取引への回帰を奨励しながらも緊縮財政を断行し,反ワクチン活動家に媚を売りながらもコロナ対策を遂行するという,高度な離れ業をやってのけた。
ポピュリズムの仕掛け人であるテクノ主権主義は,インターネット・プラットフォームの論理を政治に導入し,その内容に無関心なのは,SNS同様に目的が一つしかないからであった。繰り返しになるが,その目的は「いいね!」やシェア,つまりシリコンバレーの経営者たちが「エンゲージメント」と呼ぶものであり,政治においては即時の賛同を意味していた。
結語
国際関係論における構成主義は,リアリズムとリベラリズムに対し中立の立場を確立しつつあり,それにより,EUは規範パワーとしての欧州の価値外交により米国や同盟国とリベラル国際秩序を主導しているが,2025年現在,東側諸国の権威主義と欧州内部のポピュリズムの台頭に対峙している。近年,グローバルサウスの台頭により,世界秩序再編の機運が高まっており,東側諸国も含めた西側諸国主導の世界秩序の再考を迫られており,今後の国際政治の動向が注目される。
[参考文献]
- (1)大矢根聡編(2013), 『コンストラクティヴィズムの国際関係論』, 有斐閣ブックス.
- (2)ジュリアーノ・ダ・エンポリ(林昌宏(訳))(2025), 『ポピュリズムの仕掛人:SNSで選挙はどのように操られているか』, 白水社.
- (3)中西寛,飯田敬輔,安井明彦,川瀬剛志,岩間陽子,刀祢館久雄,日本経済研究センター(編集)(2024),「欧州連合(EU)の理念と実利-リアリズム・パワー化はどこまで進むか」『漂流するリベラル国際秩序』, 日本経済新聞出版
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