世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
フランスの財政政策 債務不均衡の是正は可能:格付け会社の評価に翻弄されてはならない
(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・元帝京大学経済学部大学院 教授)
2025.10.06
欧州における財政・債務問題の論点は,①財政政策がフランス革命以降の古典派経済学における公的債務と租税の伝統的な位置づけであること,②マーストリヒト条約に定められているユーロ加盟条件である公的債務にかかわる整合性,そして③これらの綜合としての財政の持続可能性をはかる「ドーマーの収斂条件」成立の可能性,④欧州中央銀行の金融政策,とりわけその金利政策の動向,これらの命題を⑤欧州連合レベルと加盟国レベルで見て行く必要があること,である。
基礎的財政収支(PB:プライマリー・バランス)とは,税収・税外収入と,国債費(国債の元本返済や利子支払い費用等)を除く歳出との収支である。その時点で必要とされる政策的経費を,その時点の税収等でどれだけ賄えているかを示す財政の健全性を示す指標である。欧州では名目成長率が名目金利より高い場合に公的債務は収斂に向かうという有名なドーマーの収斂条件が日本ほど頻繁に引合いには出されない。その理由は金利が国内の中央銀行の裁量で操作できないからでもある。フランスの場合,現状のPBバランスが継続していけば2030年以前になんとか債務残高も収束値に接近するという見方も決して誇張でもない。ドーマーの収斂条件は米国をモデルにした新古典派の理論なのである。
2025年6月10日の下院(国民議会)に続いて上院でも6月23日に2024年度国家財政と社会保障の決算案が4年続きで否決された。GDP成長率は24年1.2%の低空飛行で23年,24年とさらに記録的な財政赤字となった。財政赤字は財政法予測を1.4ポイント上回る410億ユーロ相当に達した。マクロン大統領は400億ユーロ節約や,インフレ・スライドなしの「アネ・ブランシュ」(année blanche)と呼ぶ社会保障費凍結,祝日の2日廃止,大臣等の終身特権廃止,などを盛った2026年度予算案を「勇気ある立派な財政戦略」と称えたが,極右を含む野党は「去年のバルニエ予算より悪い内容」とし,与党内でも構造改革案欠如や増税反対など,ボキエLR総裁やルタイユ内相らの厳しい意見が相次いだ。「1秒ごとに5000ユーロの債務が増える」とバイル首相(前)は財政状況を「劇場化」した。9月まで「崖っぷち」だったバイル内閣は,野党はこぞっての首相不信任案成立によってついに崩壊,その後,マクロンの腹心だったセバスチアン・ルコルニュが首相に就任し野党や労働組合との交渉が続いている。
2023年から2024年への財政悪化は180億ユーロ相当に上る。財務省の成長予測の誤りは,90億ユーロと見込んでいた歳入欠陥である所得税の源泉徴収の見込み違いによるものである。歳出は当初予算から70億ユーロ程縮小したが,結局は,地方自治体予算が想定より80億ユーロまで膨らんでしまった。
それでもやはり社会保障費が公共支出の46.5%にまで急増,「医療保険全国支出目標」(ONDAM)が7610億ユーロから7770億になったこと,そして年金給付がインフレ・スライドで5.3%も急上昇したことが大きかった。2023年度と違うのは,インフレ率の低下で名目GDP成長率が公的債務比率を低下させるには十分でなかったことである。このため公的債務比率はGDPの113.2%になってしまった。債務負担は楽観的に言っても2028年に1000億ユーロに近づく。議会で否決された予算では,2024年の財政赤字は1559億ユーロ,即ち当初財政法で見込んでいた1469億ユーロよりも90億ユーロも増えていた。国家は1ユーロの国家収入のために1.50ユーロ支出しなければならなくなった。この状態は教育や軍隊への支出を削ったとしても焼け石に水で,公的債務はその赤字だけでなくその2倍の額を調達しなければならないのである。
社会保障会計報告案も拒否された。国庫同様,収入見通しが48億ユーロも過大評価されていた。社会支出は2024年度330億ユーロ増加し,その赤字は2023年より45億も多い153億ユーロに達した。この赤字は毎年130億ユーロかかる医療近代化改革(Ségur de la Santé)の実行によるものであった。とくに健康保険の病院看護士の報酬引上げの財源補填はされなかったので病院部門では132億ユーロの赤字を記録。年金も56億ユーロの赤字。これらの社会保障会計の赤字の膨張は必然的に社会保障財政の1571億ユーロという急激な赤字に繋がった。公共財政の悪化は外部からの強い制約がなければこのまま次の2年後の大統領選挙まで続いていくとみられている。
フランスでは,3兆3000億ユーロ以上の公的債務と,1697億ユーロに上る対GDP5.8%相当の財政赤字という巨額の財政インバランスが「フランス型社会保障モデル」という名のもとに形成されてきた。中道・リベラル派の政党間では,フランスの会計検査院,多くの国際機関や世界的な格付け機関などからの再三にわたる警告にも拘らず,「フランス型社会保障モデル」の下,政府支出は膨張を重ねてきたと見ている(注1)。EUでは格付け機関のS&P,ムーディーズ,フィッチの3社が市場の9割以上を占めており,寡占状態による影響が指摘されている。実は19世紀の発足以来,格付け評価は数的な手法によって一切,行われてこなかったし,国家債務の評価やソブリン・リスクの格付け判断は数学的,計量経済学的なモデルに基づいてなされていない。3大格付け会社はすべて定性的な分析の結果に基づいて評価をしていると公式に認めている。例えばムーディーズは約50の定性分析指標を有しているが,その中でも,①一人当たりのGDP,②インフレ率,③対経常輸出デット・サービス・レシオ,④過去25年間におけるソブリン債務の破綻の有無,⑤経済の発展段階,の5つの項目が国家債務の評価の90%近くを占めていると言われる。格付け会社の評価に翻弄されてはならない。
マーストリヒト基準に照らした公的財政赤字拡大の要因は,①景況悪化で税収減少,②景気対策,③ユーロ危機救済拠出(FESF・MES基金),④コロナ特別対策費,⑤エネルギー危機,⑥ウクライナ戦争・国防費などマクロンの大統領就任以来,発生したこれらの危機対策に大型の財政支出を余儀なくされたためである。財政赤字は2024年に1750億ユーロ(対GDP6%)に(因みに23年は5.5%,22年は4.7%),財政再建計画は2027年から2029年に先き延した。しかしそれも難しい目標かもしれない。
政権交代や景気変動によって,時には一貫制の乏しい政策もあるが,財政機能の効率の重要性は変わらない。フランスの一般会計と社会保障会計の2元システム,税制の多様性と複雑さ,分野別のモニタリング制度,税制を巡る論争などは我が国おいても模範とすべき点が多い。財政の機能は,①景気の安定,②公共財の供給,③所得の再配分の3つである。
第1の「景気の安定」という点においては,景気の後退期における社会保障給付の仕組みは他の国よりもよく備わっていて,給付の条件と期間の長さなどは他国を大きく上回る手厚いものになっている。財政省の調査によるとこの25年間に社会保障給付が年率4~5%で増加,GDP比率は18~30%にも上昇した。これに年金や医療費が高齢化で増加。財政の第2の「公共財の供給」は,市場メカニズムを経由していては供給されない,教育,医療,交通,水道,廃棄物処理,インフラ整備などの資源配分を効率的に調整する機能だ。また地方自治都市連合体の広域行政やPPP(官民パートナーシップ)事業によって目を見張る大きな進展があった。産学官連携による全国71カ所の産業クラスターや300カ所の知的クラスターの存在,あるいは約2%の出生率による家計の消費性向の高水準などがケインズ型の乗数効果の真水として内需主導を底上げしているものと推計される。
第3の「所得の再配分」については,フランスの税制は世界的に見ても確かに重税感が強いかもしれないが,このお陰で所得の再配分が機能して,ピェティも指摘する通り不平等が世界で最も少ない国のひとつになっていると言える。
[注]
- (1)Nicolas Lecaussin, Dette, déficit… c’est L’Etat providence le seul vrai coupable,IREFF 7 septembre 2025
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