世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
攻めの企業統治:Bリーグ構想前後における企業統治改革
(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)
2025.08.25
Bリーグの企業統治改革の経済学の概略
2014年当時,日本のバスケットボール界には「ナショナル・バスケットボール・リーグ(NBL)」と「bjリーグ」という一国に2つのトップリーグが存在する国際的に見ても異例な状態が続いた。国際バスケットボール連盟(FIBA)は,2008年からこの状況を問題視しており,「1国1リーグ」に統合するよう,日本のバスケットボール協会(JBA)に警告を出していたが,JBAは両リーグの利害関係を調整できず,統合に向けた具体的な進展が見られないままであった。このため,FIBAは日本のバスケットボール界のガバナンス(統治能力)が欠如していると判断し,2014年11月にJBAに対して無期限の資格停止処分を科した。この結果,日本代表チームはオリンピック予選や世界選手権などを含むすべての国際試合に出場できない事態となった。こうした中,FIBAは,JBAの改革を主導するために「JAPAN 2024 TASK FORCE」を設立し,サッカーのJリーグ創設に成功した元日本代表監督の川淵三郎氏をJBAの共同チェアマンに指名,川淵氏は,強いリーダーシップを発揮し,JBAの理事会を刷新しガバナンスを改革したほか,NBLとbjリーグを解散させ,従来の競技力重視から事業力重視へ経営刷新し,両リーグのチームを統合した新しい統一リーグである「ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ,通称B.LEAGUE(以下,Bリーグ)」を創設した。これらの改革が評価され,2015年8月にFIBAは日本の資格停止処分を解除した。
本稿では,これに至るJBAの様々な制度変更である“Bリーグ改革”を取り上げ,組織における「攻めの企業統治」の好例として分析する。
Bリーグ改革は,アメリカの経済学者であるマイケル・ジェンセン(Michael Jensen)とウィリアム・メルシング(William Meckling)の「エージェンシー理論」を基に,アメリカの経営学者であるR.エドワード・フリーマン(R. Edward Freeman)の「ステークホルダー理論」を実践している事例と言われる。またBリーグ改革は,FIBAからのガバナンス改革の要請に対し,企業統治の外部化によるエージェンシー理論に基づき経営効率を実践している地域密着型の地方創生のケーススタディでもある。Bリーグの経営効率化の概略を以下で詳解するが,アメリカ式の事業力主導と,日本式のファン,スポンサー,クラブの三位一体の関係性によるハイブリットによるものであった。なお,ここでいう事業力とは,「事業を成功に導くための総合的な能力」を指し,Bリーグ改革の文脈では「事業力」は,特に「経営力」と強く結びつく。つまり単に試合に勝つことだけでなく,収益力(チケットやグッズの売上,スポンサー収入等),集客力(アリーナを満員にするエンターテイメント性,ファンサービス,PR戦略など),経営基盤(健全な財務の維持,長期的ビジョンに基づく経営),ブランディング(組織の価値を高め,地域や社会に貢献し,多くの人から愛される存在になる)を行う能力を指す。
Bリーグ規約に見るコンプライアンス
FIBAは日本のリーグ統合とJBAの刷新を求めた。FIBAが考えていた日本のバスケ界の改革とは,改革の結論を出し,それを実行する組織の構築だった。だからこそJBAには理事を削減し,より透明でシンプルな意思決定プロセスを求めた。Bリーグにおけるエージェンシー理論の要諦は,川淵氏の起用という「企業統治の外部化」により,NBLとbjリーグを解体,Bリーグに統一し,その発展に寄与するというもの。企業統治の外部化により,既得権益にとらわれない規制改革が可能となった。
FIBAから見て,トップリーグをコントロールできないJBAは受け入れ難いものだった。川淵氏とともにBリーグ設立に尽力した大河正明氏(第2代Bリーグチェアマン)は,「黒船(FIBA)なしに川淵さんが登場しても,あれほどはうまくいかなかったと思います。オリンピックに出させないぞ,制裁だぞ,という外圧を受けコートから追い出されたわけです。コートに戻るためには,JBAは川淵さんに嫌でも従わなければならなかった」。
川淵氏の構想力や発信力,突破力で改革をスタートさせ成功に至らせた背景には,川淵氏の右腕として主にJBAの理事26人,評議員57人等と向き合った弁護士の境田正樹氏がいた。境田氏の持つ法的知識,交渉手腕も当然ながら重要だった。
JBAに従う姿勢を持っていたNBLはともかく,bjリーグの存在はBリーグ発足における壁だった。対リーグ交渉・調整が困難と見た境田氏は,リーグの規約を確認した上で「Bjリーグからクラブを脱退させて第3のリーグに取り込む」スキームを考案した。24のクラブの経営者を取り込んだ多数派工作を成就させ,JBAの理事,評議員を辞任させる工作もやり遂げた。
Bリーグ構想に見る経営効率(社会的価値と経済的価値)
Bリーグ規約のコンプライアンスに基づき,まず,事業力主導のBリーグ構想により経営効率(市場拡大)が実践された。合わせて,Bリーグ構想の経営効率とは,地域密着型の経営(地方創生)であり,これらは,経済理論ではステークホルダー理論で説明できる。
企業(ここではBリーグを指す)におけるステークホルダー理論とは,株主(スポンサー)だけでなく,顧客(ファン)や従業員(クラブ),地域社会(企業,地方自治体等)のステークホルダーの利益を内部化すべきと考える。Bリーグにおけるステークホルダーの内部化とは,「スポンサーを意識したファンの消費行動がクラブを救う」という,ファン,スポンサー,クラブの三位一体の関係性がBリーグの目指す理想的な形となる,というものであった。
Bリーグ構想は,経済学的には収穫逓増と限界費用ゼロが期待できるものとなっており,具体的には,先ず,アメリカ式の事業力主導による競技力強化の経営効率により収穫逓増がもたらされた。事業力の収穫逓増は,顧客満足度を高めることで指数関数的な高単価×観戦者人数の増え方が期待できた。Bリーグがアメリカ式を採用する理由は,アメリカ式がデータドリブンであるからで,日本はこの分野では10年遅れていると言われていた。このためアメリカモデルの導入により市場拡大を狙う戦略を採った。2020年7月に大河正明氏の後任としてBリーグのチェアマンに就任し「Bリーグ改革」を主導する島田慎二氏の自著(2022)によると,従来のリーグの昇降格制度では試合の勝敗によってのみ,チームのカテゴリーがほぼ決まっていた。しかし,勝ち負けの結果だけでチームへの収入の差異が大きくなることは,バスケを通じた地域活性化に程遠いものだった。
現行のBリーグのシステムは,競技力によってB1,B2,B3の3つのカテゴリーに区分してきた。勝ったら上がる,負けたら落ちるというレギュレーションの下で競技結果によってカテゴリーを区分していた。現在のBリーグの昇降格制を見てみると,「上がらなければならない」「落ちてはいけない」という切迫感によって,投資がチームオペレーションのほうにばかり向かってしまっていた。つまり,事業力にリソースを割かないため,ファンやスポンサー,また各自治体や地域社会など,多くのステークホルダーに対して還元ができない現状が生じていた。
長期的な視野で見たときに,現行制度ではBリーグは生き残っていくのが難しいと判断した。そこで昇降格制度を廃止し,事業力や経営力によって新B1,新B2,新B3のカテゴリーを分けることに決定した。
次に,ファン・スポンサー,クラブの三位一体の関係性による限界費用ゼロの経営効率が挙げられる。デジタルマーケティングによりスポンサーへの還元を活用して資金を調達し,システムに投資することでオンラインプラットフォームを拡充する。こうして限界費用ゼロでオンラインでのファンの追加的参加を可能にした上で,アリーナに来れない潜在的なファンをオンラインでの参加へ誘うことで,限界費用ゼロの経営効率が期待できた。またこれは地域密着型クラブ経営,中長期の投資を通じた地方創生つながる。それは「スポンサーを意識したファンの消費行動がクラブを救う」ためで,ファン,スポンサー,クラブの三位一体の関係性がBリーグの目指す理想的な形となるからであった。
島田(2022)によると,ファンが見ていて夢中になれて,選手たちもモチベーションが上がって,ステークホルダーがもっともっとクラブを応援し「一緒に成長しよう」という状況を作り上げていく,これが「新Bリーグ」を実現させる改革の目的だった。
Bリーグは歴史が浅く,プロ野球やJリーグのように足腰は強くなかった。だからこそ,日本のスポーツ界に前例のないものにアグレッシブに挑戦していくことができた。そのためには具体的な成長戦略と実行力が絶対不可欠だった。
Bリーグの企業統治改革は,「エージェンシー理論」を基に「ステークホルダー理論」を実践している好例であった。島田氏の主導する「Bリーグ改革」の成果が表れる,2026年からは「新Bリーグ」となるが,Bリーグの企業統治改革は,Bリーグ規約への国際的なビジネスと人権条項の盛り込みや,Bリーグ構想の事業力が成長戦略として地域社会に評価されるか等,未だ発展途上であり,今後の展望を注視していく必要がある。しかしエージェンシー理論に基づいたステークホルダー理論で経済的には,市場拡大による収穫逓増と地域密着型クラブ経営による地方創生の限界費用ゼロの組み合わせで考察できた。収穫逓増と限界費用ゼロの組み合わせは,「攻めの企業統治」と呼ぶべき経営効率であり,今後の中小企業経営において企業競争力追求の試金石となろう。
[参考文献]
- (1)葦原一正(2018), 『稼ぐがすべて Bリーグこそ最強のビジネスモデルである』, あさ出版.
- (2)大島和人(2021), 『Bリーグ誕生 日本スポーツビジネス秘史』, 日経BP.
- (3)島田慎二(2022), 『最強のスポーツクラブ経営バイブル』, 集英社.
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