世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
攻めの企業統治:サステナビリティとしてのDEI経営効率
(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)
2025.09.15
多様性の人的資本経営としてのDEI経営:昇降格か事業力か
企業統治改革の一つに「選択と分散の経営」(事業多角化とリスクヘッジ)がある。その目的は企業競争力と中長期的企業価値向上のため,多様性をベースにコンプライアンスを改正することだ。DEI(多様性,公平性,包括性)経営を通じた「攻めの経営」の例としては,DEIに則った人事制度として,昇降格制度が良いのか,事業力が良いのかというものが挙げられる。
ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ,通称B.LEAGUE(以下,Bリーグ)の事例では,人事制度として,昇降格制度を廃止し,事業力制を採用している。さらに事業力の強化には株主(スポンサー)だけでなく,顧客や従業員,地域社会もステークホルダーと定義し,その利益を内部化する考えであるステークホルダー理論を採用した(詳細は,本コラム8月25日付拙稿No.3962参照されたい)。
以下では,ステークホルダー理論を基に,人事制度としてフリーランスの取引適正化をベースとしたアルムナイプログラムを整備し企業の競争力や価値の向上に関するDEI経営が経済的にどういう意味を持つか,また,経営戦略論の観点から,どういった企業統治が求められるかを概観する。
独占禁止法,下請法に基づくフリーランスの取引適正化による事業力追求
フリーランスの取引適正化は,健全な市場競争を促し,かつ多様な働き方を支援する効果があり,企業にとっては事業多角化を促進する人事制度と言える。企業が取引先として考慮するフリーランスの事業力追求とは,ブランド物を「期間限定で少量流通させ,希少性と収益性を高める」いわゆる「ブランディング」である。ミクロ経済学的には,さまざまなフリーランス間で完全競争を促すことで,資源のパレート最適配分が達成されると言える。以下で働き方の多様化に伴う問題の概略とフリーランス法制定の経緯を概観する。
野田,白石(2025)によると,近年,多様化の中で,雇用関係によらない働き方であるフリーランスが普及している。特定の組織に属さず自由に仕事をして収入を得る者(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(以下,フリーランス法)においては,保護の対象を「特定受託事業者」または「特定受託業務従事者」として定義する)については,従来は,個人事業主として主に下請法をはじめとした中小企業立法による支援対象とされてきたものの,その取引状況や就業状況について政策的に注目されることはなかった。しかし,デジタル社会の進展に伴い,飲食物の配達を受託する配達員・ギグワーカーや,いわゆるクラウドソーシングにより業務を請け負うクラウドワーカー等の就業形態も現れている。また,組織に属さないながらも,特定の取引先に依存し,その経済的実質において雇用類似の働き方で生計を立てる者も現れている。「個人」たる受注事業者は「組織」たる発注事業者から業務委託を受ける場合において,取引上,弱い立場に置かれやすい特性があり,フリーランスとの取引でも様々なトラブルが生じている実態がある。
フリーランス実態調査(令和3年内閣官房ほか)では,フリーランスの約4割が報酬不払い,支払遅延などのトラブルを経験していたことや,フリーランスの約4割が記載の不十分な発注書しか受け取っていないか,そもそも発注書を受領していないという状況も明らかとなった。このような状況が,24年11月施行のフリーランス法制定の背景となった。
取引適正化パートの規律の趣旨は,フリーランスは「個人」で,「組織」として事業を行う発注事業者との間で交渉力に格差が生じやすく報酬の支払遅延や一方的な発注内容の変更といったトラブルが生じている実態がある。この解決には,独占禁止法の優越的地位の濫用を適用することも考えられるが同法は要件の個別認定など法執行に時間がかかることなどから,経済的基盤が脆弱なフリーランスの保護には十分とはいえない。また,下請法による解決も考えられる。実際,フリーランスとの取引のうち下請法も適用される取引については,下請法に基づく解決も試みられている。しかし,同法が適用されるには発注者たる親事業者は少なくとも資本金1000万円超が必要であり,現状フリーランスへの発注事業者のうち資本金1000万円以下の小規模事業者が4割を占めることを考えると下請法の適用外となる。
そこで新たに,下請法の規律をベースとしつつも,フリーランスへの委託取引を対象とすることや発注事業者が小規模な事業者・フリーランスである場合もあることについても考慮したフリーランス法の取引適正化に関するルールが定められることとなった。
アルムナイプログラムを整備するビジネスに基づく事業力追求
経済的には,リスクヘッジとして,辞めていく従業員(オフボーディング)に対し労力やリソースを割くことは,アルムナイとの関係を構築することで,正の外部性を企業にもたらし,ひいては,ステークホルダーを内部化し,アルムナイと協業すれば,持続的な内生的成長のエンジンとなりうる。企業がリスクヘッジで新たに取引先として考慮するアルムナイの事業力追求とは,市場において高い信用力のある名門出身のアルムナイと協業して,例えばAmazonなどのプラットフォームの販売市場を開拓し,事業収益率の上昇に不可欠な特許やライセンスも,例えば青色LEDの開発でノーベル物理学賞を受賞した赤崎勇氏,天野浩氏,中村修二氏などを活用することで高単価での満足度を実現し,市場の潜在的な需要をいち早く察知して製品化する(例えばCOVID-19時のマスク需要など)社会のトレンドを掴んだソリューションの提供など指数関数的な高販売数量の断続的な獲得である。
ただし,アルムナイプログラムの外部性が企業にとって正の波及効果をもつには,企業とアルムナイ間のWin-Winの関係を構築する必要があることは留意すべきである。以下では,企業組織による近年までの退職者に対する対応に関する問題点と,オフボーディングの人事政策上の有効性の背景を概観する。
ダグナー,マカリウス(2021)によると,組織は,従業員の退職により新しい従業員を迎え入れ,定着させることには多くの時間やリソースを費やすが,オフボーディング,すなわち辞めていく従業員に対し労力やリソースを割くことはほとんどしない。去り行く従業員は形式的には退職者面談,引き継ぎに関する指示,退職後の手当や資産に関する型通りの説明は受けるかもしれないが,それだけだ。だが,退職プロセスに注意を払わないのは間違っている。COVID-19のパンデミックで何百万という雇用が失われる前から,労働市場では流動性が拡大していた。米国労働統計局によれば,米国の平均在職期間は約4.1年で,離職率は上昇している。企業はそろそろオフボーディングについて慎重に検討すべき時だ。オフボーディングは長期的価値を創出する機会になる。
経営コンサルティング会社はこの点に関して,先駆的だ。スタッフの退職後もアルムナイプログラムを通じて継続的に退職した従業員に接するのだ。その動機は実にわかりやすい。それまで同僚だったコンサルタントが将来のクライアントになりうるからだ。他業界でも同じような動機が存在すると(ダグナー,マカリウス(2021))は考えている。アルムナイが顧客やサプライヤー,ブーメラン社員,現従業員のメンター,あるいはブランドアンバサダーになるかもしれない。
人材関係管理プラットフォームのピープルパス(元コネンザ)とコーネル大学による2019年の報告書によれば,アルムナイの約3分の1が顧客やパートナー,あるいはベンダーとして,かつての雇用者と繋がりを保っている。また,新規採用者の15%がアルムナイの再雇用や紹介によるものだ。組織を去った後もボランティアとして関わりたい,あるいは有給で働きたいという人が多いため,退職者に特化した仕事を用意する会社もある。
重要なのは,アルムナイプログラムとして親睦会や同窓会などのイベントを開催し,社会的な繋がりを維持する機会を創出することだ。例えば,イーベイは同時期に入社した現従業員と元従業員が集うディナーパーティーを主催している。こうしたイベントは,経営陣が会社の方向性や戦略に関する最新情報をアルムナイに提供し,フィードバックをもらう場にもなる。特にコンサルティング会社の場合,参加するアルムナイは実に率直で,企業経営について意見を述べるのに躊躇することはまずない。
他にも先進的な企業が採用している施策として,割引プログラムや従業員支援プログラムのような特典をアルムナイにも引き続き提供することが挙げられる。リンクトインは,自社プラットフォームに対するプレミアム会員の権利をアルムナイに与えている。ネスレのアルムナイ・ディスカウント・プログラムでは,電機,旅行,自動車,エンターテイメント業界のさまざまな製品・サービスを割安で利用できる。米ナショナルフットボールリーグ(NFL)は,アルムナイとその家族にも福利厚生プログラムを提供している。
また,あらゆる規模の会社のアルムナイプログラムを支援するエンタープライズアルムナイでは,地域社会の活動にボランティアなどで参加する機会を提供することによって元社員を巻き込むことを推奨している。
これらの取り組みは,ビジネスとしての道理にも適っている。ダグナー,マカリウス(2021)のインタビューでは,それまでの研究と同様,アルムナイプログラムに参加する従業員が人材の紹介元になったり,何らかの形で会社に戻ってきたりする可能性が高いことが明らかになっている。デロイトのように,良い人材を紹介してくれたアルムナイに報奨金を出すことで,そうした行動を奨励している企業もある。
事業多角化時代の選択と分散の経営戦略論:昇降格か事業力か
これまでの日本企業は,成果主義か年功序列かという昇降格人事制度に基づく短視眼的な経営であったところ,サステナビリティの観点からは,昇降格制度には,事業力とステークホルダーに対する還元に問題があった。
近年,企業にとって不確実性が増大し,中長期的に足りないものを補うには,事業力を追求し,企業の外にある資源を内部化するか,外注することにより調達し,事業多角化による収益性の向上や,そのリスクヘッジとしての選択と分散の経営戦略を実践することが理に叶う時代であると言える。企業価値向上と持続的成長を追求する経営戦略論では,サステナビリティの観点から,選択と分散の経営の企業統治の在り方が問われると言える。
[参考文献]
- (1)野田学,白石紘一(2025),『条解実務 フリーランス法』,労働調査会.
- (2)ダグナー,アリソン M.,マカリウス,エリン E.(2021),「アルムナイを味方に変える退職マネジメント」『Diamond Harvard Business Review 』,pp.116-126,2021年9月号.
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