世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3998
世界経済評論IMPACT No.3998

ラビダスの悲願:半導体産業再建の切り札になれるのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2025.09.22

 これまで,日本の半導体製造の実力は40ナノまでであった。しかし,世界の半導体産業の潮流は,40ナノ→28ナノ→20ナノ→14ナノ→10ナノ→7ナノ→5ナノ→4ナノ→3ナノ→2ナノ→1.4ナノと指数関数的に世代ごと約70%の微細化を進めてきた。回路線幅を微細化すると半導体の性能が向上し,消費電力の効率も上がるとされる。こうした中,日本における最先端のロジック半導体の国産化を目指すラピダスは,2ナノの試作に成功したと発表した。

 厳密に言えば,ラビダスや他のライバル企業の試作した2ナノの線幅は,実際の回路の線幅を示すものではない。5ナノ以下になると,半導体は漏電のリスクが生じる。そこで各社は,前世代(3ナノ)の半導体に比し,載せられるトランジスタの数や性能の増加分をもって(前世代を上回るが故に),それを「2ナノ」と呼んでいる。

 人工知能(AI)やデータセンターなど半導体の需要の拡大が迫る中,半導体製造各社は微細化を目指し研究開発にしのぎを削っている。こうした中,前世代(3ナノ)を製造していないラビダスは,何を基準にして搭載されるトランジスタの増加分や性能の進歩を2ナノと主張するのか不詳である。唯一説明がつくのは提携先のIBMの基準に従ったということである。

 NHKスペシャル「1兆円を託された男」(2025年9月7日放送)は,これまでラビダスが歩んだ道を紹介する良い番組であった。本稿では,この番組の一部を援用し,日本の半導体産業の再建可能性について述べることにしたい。

日本半導体の停滞化

 日本の半導体産業の最盛期であった1989年,世界の半導体産業トップ10のうち6社を日本の企業が占めていた。すなわち,NEC(1位),東芝(2位),日立(3位),富士通(6位),三菱電機(7位),松下(9位)である。この時期の日本企業の半導体市場に占めるシェアは50%に達した。しかし,2024年の世界トップ10のうち日本企業は1社もランクインしていない。その理由としては,1986年の日米半導体摩擦を解決するため制定した「日米半導体協定」により,日本の半導体の競争力が弱体化していったことが挙げられる。

 ラビダスは日本半導体産業のルネサンスの象徴として注目されている。ラビタスはデンソー,キオクシア,三菱UFJ銀行,NEC,NTT,ソフトバンク,ソニー,トヨタという日本の主要企業8社から73億円の出資を受け,2022年8月10日に設立され,本社を東京都千代田区に置いている。ラビダスの会長には元東京エレクトロン(TEL)でトップを務めた東哲郎氏,また,社長には日立の半導体技術部門を経て,ウエスタンデジタル(WD)の日本法人トップを務めた小池淳義氏が就任している。製造技術の来源をIBMから導入し,北海道の千歳にウエハー工場を設けた。同社では野心的に2ナノ半導体の量産化を目標に据え,世界の注目を集めた。ラビダスの2ナノの半導体はGate-All-Around(GAA)技術を採用し,2022年当時に市場に出ていた7ナノ半導体の機能を45%アップさせ,エネルギーの消費を75%低減させることを目標としている。

IBMとの戦略的協力のパートナー関係

 ラビダスは2022年12月13日に2ナノの製造技術をIBMから導入することを正式に発表した。IBMが2021年に開発した2ナノのGAA技術をラビダスに提供し,千歳工場で生産する。ラビダスは約150名の技師をIBMのニューヨークの開発センターに派遣した。続く2023年夏にIBMの設施に100名の技師を駐在させ,GAAの製造技術を学んだ。

 一方,2022年12月6日には,ベルギーの国際的な半導体研究機関であるIMECと協力覚書を締結し,先端半導体技術における長期の持続可能な協力関係を締結した。その後,2023年4月にはIMECの共同研究開発契約である「コアパートナープロジェクト」にラビダスが参加し,最先端の半導体技術の研究開発を加速させることを可能としている。

北海道IIM半導体工場の建設

 ラビダスが北海道の新千歳空港の近くに選んだ工場用地は「スーパー半導体製造工場」と呼ばれる。施設の規模は大変大きく,その面積は東京ディズニーランドよりも大きく,クリーニングルームは東京ドームよりも大きい。工場名にはラビダスの宿望を意味する。IIM-1(Innovative Integration for Manufacturing)が掲げられた。工場建設は2023年9月1日に開始され,2025年4月にはパイロットラインの稼働を開始させ試作品の生産に着手。2027年の量産化に向け努力している。

 ラビダスは2ナノ製造プロセスに必要とするEUV(極端紫外線)露光装置を200台以上備え,同社の技師には,実際の操作と学習のチャンスが与えられている。

 オランダのEUV装置製造企業のASMLは千歳に事務所を開設し,40~50名の技術者を配置してラビダスに協力する。注目に値するのは,現在,ラビダスはASMLの最新のHigh-NA Twinscan EXEシステムを購入しておらず,前の世代のEUV露光装置(価格はHigh-NA Twinscan EXEシステムの半分以下)を採用し,2ナノ半導体を製造している点である。

試作は成功したが,高い良品率の量産化はできるか

 ラビダスの小池社長は「準備は完了し,4月末から試作を開始する」と発表し,最初の2ナノ半導体は2025年7月下旬に完成した。同社は30から40の顧客候補との協力関係を推進するが,現状の生産規模に限りがあるため,最終的に長期協力パートナーは10社以下になると見られている。ラビダスの長期目標では2027年に2ナノ半導体の量産化としているが,小池社長は本格稼働についてはまだ確約できるものではないとし,現時点では量産技術の確立は努力目標に過ぎない。他方,体制の構築は着実に進め,2027年前には従業員の規模を現在の150名から1000~2000名に増員する予定という。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3998.html)

関連記事

朝元照雄

最新のコラム