世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
労働力の制約が強まる日本経済
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.11.10
人手不足感は強いが有効求人倍率は低下
日本の労働需給を示す有効求人倍率(有効求人数/有効求職者数)は,2018年4月の1.64倍からコロナ禍によって2020年9月には1.04倍まで下落しました。その後2022年11月には1.35倍まで上昇したものの,2023年から下落基調に転じ,2025年9月には1.20倍に低下しています。一方,日銀短観における全企業の雇用人員判断DI(人員余剰-人員不足)は,2025年9月調査によれば−36と,コロナ禍前の最低水準であった2018年12月調査と2019年3月調査の−35を下回っており,人手不足感が強くなっています。2001年1月から2022年12月の期間では,有効求人倍率と雇用人員判断の相関係数は−0.971と強い負の相関があり,雇用人員判断DIが下がる(=企業の人手不足感が強まる)と有効求人倍率が上がるという関係がありました。しかし,2023年1月から2025年9月の期間では相関係数は0.824と正に転じており,企業の人手不足感が強まる一方で有効求人倍率が下がっています。
企業は,人手不足を感じながらも,思ったように人員を採用できないことや労働コストが上昇していることなどから増員をあきらめ,むしろ求人数を減らしているようです。
高齢者・女性労働力人口の伸びも鈍化
労働力調査によれば,15~64歳の男性の労働力人口は,1997年をピークに減少基調にあり,2025年9月には前年同月比−0.4%でした。2025年9月には15~64歳の女性の労働力人口は前年同月比+1.2%,65歳以上の男女の労働力人口は+2.2%と増加しています。ただ,2018年4月には15~64歳女性の労働力人口は前年同月比+3.0%,65歳以上労働人口は+9.0%と,もっと高い伸びを記録していました。15~64歳の女性や65歳以上の男女も,足元では人口の絶対数が減少している上,労働力化率,つまり働く意思がある人の比率の上昇ペースが鈍りつつあることから,労働力人口の増加率の基調はコロナ禍前より低下しています。全体の労働力人口は2025年9月には前年同月比+0.5%と増加していますが,今後次第に増加ペースが鈍くなることが予想されます。さらに,女性や高齢者は労働時間が短い傾向があり,就業者の中で女性や高齢者の比率が高まると,労働力人口×労働時間で見た労働供給の伸びは,労働力人口以上に鈍ります。
労働供給鈍化の影響を相殺するには,生産性向上に向けた投資が必要ですが,介護,医療,運輸等の人手不足が深刻な分野は,付加価値生産性の水準が低い傾向があるため,投資のコストをカバーするだけの収入増が見込みにくいという問題があります。
労働者の所得と家計最終消費支出は停滞
女性や高齢者は非正規雇用比率が高いこと等から,給与水準が相対的に低いという傾向もあります。したがって,女性や高齢者の労働者の比率が高まると,労働者が得る所得の総額は抑制されます。労働者の所得の総額として企業で働く雇用者の報酬と自営業者の営業余剰,混合所得の合計額を,国民経済計算の参考系列である家計可処分所得・家計貯蓄率四半期別速報から取り,家計最終消費支出デフレーターで割り引くことで実質化すると,直近値の2025年4-6月期には前年同期比で+0.7%となっていますが,コロナ禍が広がる直前の2020年1-3月期の水準を2.0%下回っており,伸び悩んでいます。
一方,利子・配当収入等の家計の財産所得は,実質ベースで2025年4-6月期には前年同期比+29.2%となり,2020年1-3月期の水準を64.2%上回っています。ただ,財産所得は富裕層に偏ること等から消費支出に回りにくい傾向があります。実質家計最終消費支出は,労働者の所得の伸び悩みを反映してコロナ禍前のピークだった2019年7-9月期の水準を1.7%下回っています。さらに,実質家計最終消費支出の歴史的最高水準は2014年1-3月期であり,10年以上それを更新していません。
労働力の制約は,日本経済にとって供給能力だけでなく需要も抑制する要因になっており,労働供給の伸びが下がることによって経済成長のトレンドがさらに低下することになりそうです。
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