世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3879
世界経済評論IMPACT No.3879

⽇本衰退,国⺠疲弊の原因は財政均衡主義:財務省解体デモの怒りは,国⺠覚醒の表現

藪内正樹

(IPU環太平洋⼤学東京校 教授・敬愛⼤学 名誉教授)

2025.06.23

 2024年6月19日,バブル崩壊から30年,経済成⻑や実質賃⾦が停滞し続けているのは,世界で⽇本だけ。これは少⼦⾼齢化だけでは説明できない。紛争もなく,国⺠は勤勉で治安も相対的に良いのに,⽇本の貧困率が上昇し,⾼⽌まりしている事は,異常である。明らかに政策が間違っている。間違いとは,「⽇本は財政破綻に向かっている」「だから財政規律を回復し,増税して政府債務を減らす必要がある」という財務省による財政均衡主義の絶対化だ。命の最後の⽕を燃やして出版を続けた森永卓郎⽒は,これを『ザイム真理教』と呼んだ。中野剛志⽒は,世界で⼤論争を呼んだ「MMT:現代貨幣理論」の紹介者だが,「中野剛志さんに“MMTっておかしくないですか?”と聞いてみた」(DIAMOND online2020.3.31〜4.15)という連載記事で,主流派経済学者が⾦融危機を予測できなかったのは,信⽤貨幣や信⽤創造を⾏う銀⾏の制度を想定していなかったからと指摘している。主流派経済学者の理論とは,政府⽀出は税収の範囲に納めるべき,政府債務が増⼤すると財政破綻のリスクが増すといった,財務省の財政均衡主義そのものである。MMT論者と⼤論争したクルーグマンですら「主流派経済学者の理論は有害無益」と⾔い切った。MMTの主張:①⾃国通貨建て国債はデフォルトしない,②政府⽀出は税収によって制約されない,③国債発⾏は財源と同時に⾦利の調整⼿段,④インフレにならない限り財政⾚字を増やしても問題ない。このMMTが⼤論争を呼んだのは,放漫財政を容認するかのような主張が常識からかけ離れていたからである。しかし,上記④の通り「インフレにならない限り」という条件が放漫財政に陥らない⻭⽌めである。インフレ要因をコストプッシュとデマンドプルに分け,後者が昂進したら景気引き締めを⾏えば良い。MMT論者は,⾦融危機が発⽣した理由を,⺠間は過剰な債務によってバブルを起こす危険があり,政府は⾦融システムの脆弱性に関する認識が⾜りなかったためとし,また,バブル処理の際の果断な財政出動が必要としている。中野剛志⽒と同様,財政均衡主義を批判している三橋貴明⽒は,コストプッシュ型は別として,デマンドプル型インフレの原因は,財政⾚字の⼤きさではなく,社会の総需要が供給⼒を上回った場合であると,極めて当たり前だが重要な指摘をしている。バブル崩壊後の⽇本経済が陥ったデフレ不況では,⺠間の需要不⾜を補う財政⽀出が無ければ景気は回復しない。ところが⽇本は逆に,財政均衡主義を⾦科⽟条にして,公共事業を半減し,教育や研究開発など将来への投資を抑え,⾷料,エネルギー,防衛などの安全保障に対しても,財源論で枠をはめて反対または制約している。MMTの主張の①については,財務省⾃⾝が,2002年に⽶国の格付け会社が⽇本国債の評価を下げた時,「⽇・⽶など先進国の⾃国通貨建て国債のデフォIMPACTコラムルトは考えられない」と反論した。分かっているのである。ところが,2021年11⽉号の⽂藝春秋で,⽮野康治財務事務次官は「このままでは国家財政は破綻する」とし,少⼦⾼齢化を乗り切るため「平時は⿊字にして有事に備えるべき」と述べた。格付け機関への反論では⽩と⾔い,国内には⿊と⾔ったのである。⽂藝春秋2023年2⽉号「『安倍晋三回顧録』に反論する」と称する齋藤次郎元⼤蔵事務次官へのインタビュー記事では,1959年⼊省の齋藤⽒が先輩から繰り返し叩き込まれたのは,財政は⿊字でなければならないという「財政規律」だったと述べている。G7の⼀般政府(中央・地⽅政府と社会保障基⾦)の総債務が,2023年に1997年の何倍になったかを⾒ると,英国6.5倍,⽶国5.8倍,フランス3.9倍,カナダ3.7倍,⽇本2.5倍,ドイツとイタリアが2.3倍である。⽇本も必要に応じて国債発⾏を増やして来ているが,財政均衡主義が優先されて,量的に⾜りなかった。国債や通貨による信⽤創造が⾜りなかったのである。その結果,政府債務の対GDP⽐ばかりが増⼤した。政府債務をネット検索すると,絶対額の推移は⾒つからず,対GDP⽐ばかりが出てくる。メディアやシンクタンクがなぜ対GDP⽐ばかり発表するのか。財務省の世論操作としか考えられない。財務省が世論操作する動機は何か。それこそが「リスクは取らない,過ちは絶対に認めない,先輩が決めた事は否定してはならない」という,財務省を頂点とする霞ヶ関⽂化なのである。元⼤蔵省財務官の榊原英資⽒は,著書『財務官僚の仕事⼒最強官庁の知られざる出世事情』(2015)で,増税したら出世できる,悪でないと出世できないなどと書いている。この財政均衡主義こそ,⽇本を⻑期低迷あるいは衰退に陥れている元凶である。中野剛志⽒や三橋貴明⽒の主張や解説は,主にSNSを通じて⼀般国⺠にも知られるようになった。通貨や国債,銀⾏貸付は信⽤創造であり,政府の⿊字は⺠間の⾚字,政府の⾚字は⺠間の⿊字である。政府債務の積み上がりは信⽤創造の拡⼤である。それによって⽣じた需要が供給⼒を⼤幅に上回るデマンドプルインフレが昂進したら景気引き締めを⾏えば良いのであり,そうでない政府債務の増加は,即ち経済成⻑である。逆に,例えば増税による税収で国債を償還すると,貸⽅と借⽅が消し合い,⺠間の所得が減った分で単に政府の帳簿上の債務が減るだけである。つまり,信⽤枠の縮⼩,経済の縮退が起きるだけなのだ。⻄⽥昌司参院議員も,度重なる国会質問で,財務⼤⾂や⽇銀委員への質疑応答で,次のように確認している。銀⾏が貸付を⾏う際の資⾦源は,集めた預⾦,銀⾏の社債発⾏,⽇銀が銀⾏ごとに与えた当座預⾦枠の3種類。⽇銀は,⾃ら国債を保有するだけでなく,銀⾏に当座預⾦枠を与えて買わせることもできる。国債の償還期限が来ると,基本的には新しい国債で借り換える。こうして借り換え債と新規発⾏債で,国債発⾏残⾼は増え続ける。これが,与信枠が拡⼤することによって経済成⻑するという事である。次に,国債は通貨と違って⾦利がある,⾦利ほど怖いものはないという⼈がいる。ならば誰が⽇本国債を保有しているのかを⾒よう。2024年12⽉末(速報値)では,国債合計1,074兆5,625億円のうち,⽇銀52.5%,銀⾏・保険等30.2%,年⾦等8.9%で,海外は6.4%で家計は1.4%に過ぎない。⾦利の半分は⽇銀が取っており,海外の保有者は僅かで,売りに出られたら⽇銀が買えば済む。これで,どうやったら国債の価格が急落(⻑期⾦利が急上昇)するリスクが増⼤しているなどと⾔えるのか。以上は「理屈」だと⾔うなら,マーケットは⽇本の国債,⽇本の財政破綻リスクをどう評価しているのか。Credit Default Swap(CDS)という債務不履⾏リスクを対象とした⾦融派⽣商品,いわば債務不履⾏時の保険がある。この保険は,各国国債のデフォルトリスクに対しても,ソブリンCDSスプレッドと呼ばれる保険料率を設定している。2024年12⽉の料率はbps(0.01%)で⽇本は21.67とドイツ13.52に次ぐ低い評価(⾼い安全性)で,英国23.20,フランス40.92,⽶国50.39,メキシコ145.38,ブラジル194.17,トルコ323.29などとなっている。経済成⻑が停滞させられ,消費増税だけでなく社会保険料が⾼くなっており,輸⼊物価が上昇し,ところが減税はテコでもやらず,国債発⾏は無責任などと間違った⾔説を振り撒き,何かに付けて財源論で反対する。その⼀⽅で,ワクチンやウクライナへの多額の⽀出,⼩⼦化を⽌める成果が全く⾒えない⼦ども家庭庁やアイヌ新法に伴う補助⾦などは,財源論など誰も⾔わないではないか。また,穀物や種⼦,農薬や化学肥料原料,エネルギー,医薬品の輸⼊が増⼤し続け,安全保障の脆弱化や国富の海外流出は進む⼀⽅である。外国⼈や外国⼈には気前よくカネを使い,国⺠のためには,選挙前の現⾦ばら撒き以外は極限的にケチである。財政均衡主義を絶対視する財務省への批判や怒りは,森永卓郎著『ザイム真理教―それは信者8000万⼈の巨⼤カルト』や,積極財政派であり主流派経済学を批判する中野剛史⽒や三橋貴明⽒の⾔説が,⼀般国⺠に広まったことによると思われる。それは単なる怒りではない。⾼学歴エリート達が蒙昧の淵に沈み,カルトとまで呼ばれるに⾄った⼀⽅で,⼤衆が覚醒し始めているのだと思う。聞いた噂だが,財務官僚の中には「10〜20年後に⽇本が中国に⽀配されることは避けられない。その時に良い地位を得られるように,今から協⼒している」と⾔う⼈がいたそうだ。「与えられた正解」にしか頭が働かない「⾼学歴エリート」は,中国では「狡兎尽きて⾛狗煮られる」という成語は童話ではなく,どの時代にも繰り返される現実だと⾔うことを知らない。各界を⽼害が覆い,対⽶従属に加え隣国にまで,⼆股で媚を売る「今だけ,カネだけ,⾃分だけ」⼈間が⾼学歴エリートほど蔓延ってしまった⽇本は,草莽崛起による再建国が必要だと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3879.html)

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