世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
JICAアフリカ・ホームタウン構想の撤回について
(IPU環太平洋大学国際経済経営学部 教授・敬愛大学 名誉教授)
2025.10.06
8月下旬の第9回アフリカ開発会議(TICAD9)で,国際協力機構(JICA)が「アフリカ・ホームタウン」構想を発表すると,関係4市には問い合わせや抗議が殺到し,SNSやJICA本部前のデモによる激しい反対が起きた。そして9月25日,JICAは「誤解や混乱を招いた」として構想を撤回。「誤解」と言うのは,ナイジェリア政府の「若者に特別ビザを出す」という発表などが誤りだったためだ。しかし,関係4市には「誤情報や誤解による混乱」を認めたが,田中明彦JICA理事長が記者会見で,反対運動に対しては「屈しない」と発言した。反対は陰謀論と言わんばかりの言い方は,短慮に過ぎるのではないか。「移民」ではなく「交流」とか「人財育成」と呼べば問題は起きないのか。
アフリカ・ホームタウン構想は安易な労働力補填策
TICAD9で,JICAは国連IOM(国際移住機関)と共催でシンポジウム「人の移動がつなぐ,アフリカ人財と日本企業がともに拓く未来」を開催した。国連IOMは「人道的かつ秩序ある,すべての人々の利益となる移住の促進を主導する政府間機関」である。国連IOMのサイトは,このシンポジウムの「背景」を「日本における外国人労働者は230万人で過去最高だが(中略)2040年には688万人の外国人労働者が必要になる。(中略)日本におけるアフリカからの人材活用は,現状非常に限られている」と説明している。つまりJICAは,アフリカ・ホームタウン構想は「移住促進事業」の面があることを隠していないのである。
1993年に創設された技能実習制度は,高度人材から「一定の専門性・技能」へ間口を広げ,未熟練労働者の受け入れも増えてきた。2018年には,人材不足の産業分野で中程度の技能人材を受け入れる特定技能実習制度が始まった。ところが,中程度の技能人材が集まらないことから,昨年「育成就労」という制度が新設され,2027年までに実施されることになっている。新制度は,中程度の技能が無い人材でも,日本に来てから育成するという制度で,単純労働でも2年間は就労可能となる。
また,30年間経済成長が停滞し,人材派遣を増やしたことで平均給与も微減している日本は,円安も重なって,アジア諸国からの出稼ぎ先としては魅力を減らしつつある。そこで日本の政財官は,アフリカに目を向けたのではないか。これほど自分勝手で泥縄式の政策はあるまい。
二人のアフリカ系日本人の厳しい批判
一人はナイジェリア人の父と日本人の母を持つ細川バレンタイン氏。通称バレンさんは,1981年ナイジェリア生まれで6〜14歳まで日本で生活した。最初は日本語が分からず1年遅れで小学校就学。就学後も苦労したが,母方の祖父が「お前は髪がクルクルしていても日本人。私が日本人として育てる」と言ってくれた(その話になるとバレンさんは泣いてしまう)。14〜20歳は父とナイジェリアで暮らし,英国式教育を受け,ケンブリッジ大学医学部に合格。しかし,財政能力証明書が準備できずに断念。日本の通信制大学を卒業し,外資系金融企業の正社員に。24歳からボクサーのプロライセンスを取って2足の草鞋,日本スーパーライト級チャンピオンまでなった。今は不動産事業とボクシング解説や「前向き教室」の動画発信をしている。そのバレンさんが「ナイジェリア人は体が大きく,性格は極めてアグレッシブ。しかし,生きるだけで精一杯の社会だから遵法意識は極めて低い。アフリカ人も“ナイジェリア人は危ない”と言って避けるほど。今ですら技能実習生が年間6〜9千人失踪して対処できていないのに,入国管理局や警察などの体制を強化する議論もないまま,単に受け入れ人数を増やそうとするのは余りに無責任であり,日本を破壊する。外国人材を受け入れるにはハードルを上げるべきなのに,ハードルを下げるなんて理解できないと,アフリカ・ホームタウン構想に強く反対している。
エジプト生まれ名古屋育ちで日本に帰化したタレント,フィフィ氏も動画で述べている。「日本人は,外国も外国人も知らなすぎる。日本に来たい,住みたいという外国人は,日本語も覚えるし法律や習慣も守るだろう。しかし,言葉も文化も遵法意識も異なる人たちを,労働力不足の補填という政策で招いたら,期限が来たから帰ってくださいと言っただけで皆帰るなんてことはない。このまま外国人を増やしたら,日本が壊されてしまう」と強く批判した。また,参院選で「日本が日本人ファーストと言ったら,誰も日本に来なくなる」と言って参政党を批判した野田佳彦立憲民主党代表にも激怒した。「日本に住んでいる外国人は,優遇なくても,日本の良さを知り,好んで住んでいる。そういう外国人に対して失礼だろう。日本は良い国であり,その良さを知れば,特別なことをしなくても人は来る。だから日本に対しても失礼だ。謝れ!」と強い口調で語った。
父がカイロ大学工学部卒業の技術者だったフィフィ氏は,アラブ世界の最名門であるカイロ大学は,アラビア語で論文を書かないと卒業できず,小池都知事のカイロ大学卒業は不可能と指摘。在京エジプト大使館は,カイロ大学総長名で「小池氏の卒業証明」と「報道関係者はこれ以上の取材を控えるよう求める」警告を発表している。そしてTICAD9で東京都とエジプト政府は,教員育成,技術者育成,グリーン水素市場での協力,エジプト人労働者の日本での雇用という4分野の協定・合意書を締結した。国政が利権政治の寄せ集めの感を強めれば,都政も同様,あるいはそれ以上になって不思議ではない。
外国人労働者政策の課題
「外国人労働者政策を考えるポイント−『欧米の失敗』から何を学ぶか」(2024.11.24.日本総研)は,外国人労働者はマクロ経済面ではプラスとする見方が多い一方,外国人労働者と同じ仕事をする人には不利益があるなど様々な弊害が指摘されているとし,世界銀行は「外国人労働者が,その国にうまく適応できる適合性と,その国に貢献したいという動機のマトリックスで考えることを提案していると紹介している。欧米先進国では,移民の人口比率が1960年の7%前後から10%以上に増え,治安悪化や社会の変容をもたらした。ドイツのメルケル首相は,2004年と2010年に,「多文化主義は完全に失敗した」と述べている。その後,移民の人口比率は,ドイツで19.8%,英国17.1%,フランス13.8%,イタリア11.0%で,いずれの国でも,移民に反対する政党が急速に支持を増やしている。
日本の政治は常に後手に回り,利権の寄せ集めの感も深まっている。そして行政は縦割りである。これで,西欧の失敗を繰り返さないと誰が言えるのか。先に紹介したJICAと国連IOMの共催シンポジウムの背景説明では,現在230万人の外国人労働者は,2040年には3倍の688万人が必要としている。現在の外国人の人口比率が3%だから,外国人労働力の家族も含めると,2040年の外国人比率は10%を超える可能性が高いと考えられる。「欧米の失敗」に学んで研究し,政策を提案して国民的合意を形成するのは,今しかない。上記の「外国人労働力を考えるポイント」では,「人手不足が深刻化するなか,受け入れ態勢が未整備なまま,なし崩し的に外国人労働者が増加している。これは,日本人にとっても,外国人にとっても不幸」とし,「両者が安心して生活するためには,まずは体制整備が必要であり,それを怠っては,欧米のように国家分断を招くリスクがある」と提起している。
少なくとも,外国人の在留許可や帰化の条件に,日本の法令だけでなく,日本の文化,習慣,居住地域のルールを尊重し,協力すると誓約を求めることが必要だと思う。これには必ず反対があるだろう。反対する理由は,日本の文化,習慣を壊そうとすること以外には考えられない。しかし,強制するのではない。ただ尊重し,否定せずに互いに協力することを求めるのである。それでも反対する人は,対立や敵意と混乱を煽ることが目的としか言いようがない。
日本は,エネルギーと食料の安全保障の観点が欠如し,欧米が採用している農家戸別所得保証を議論もしない。そして,土地は外国人や外国企業がほぼ自由に買い,人口による国家崩壊も始まりつつあると考えるべきだろう。そして,それら全ては既存政党と財界,官界,学会の大勢が,向きを揃えて動いているのである。正気を保っているのは,既存メディアを信用せず,SNSで情報交換し,集会やデモに参加している一般大衆だけである。すると政府,既存メディアは,SNSの「偽・誤情報」を取り締まることに躍起である。今,世界各地で,人類史的転換が始まっていると言って間違いないと思う。一人一人が,行動を起こすべき時である。
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