世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3382
世界経済評論IMPACT No.3382

ビジネスモデルと雁行形態論

村中 均

(常磐大学 教授)

2024.04.22

 本稿は,利益を生み出す仕組みを意味するビジネスモデルについての2つの旧稿(『世界経済評論IMPACT』No.3343No.3354参照)の内容を踏まえ,ビジネスモデルの視点からアジアの経済発展を説明する雁行形態論を捉え直し,21世紀に入って電子機器産業を中心に,アジア地域に構築された国際的な生産・流通ネットワークすなわちグローバル・バリューチェーンともいわれる国際分業(工程間分業)体制について説明し,さらに日本企業の課題の説明も行う。ここでは,バリューチェーンは開発(設計),生産(部品,組立て),販売(流通)という機能から構成されると考える。

 雁行形態論とは,日本がアジアの経済発展を主導する役割を果たし,日本の産業構造の変化が,貿易と投資によってアジア諸国に伝播するダイナミズムを捉えたものである(小島清『雁行型経済発展論 第1巻』文眞堂,2003年)。産業(あるいは製品)単位で国際的な伝播が起き,国際分業体制(産業間国際分業)を構築していたのが,21世紀に入り,機能単位での国際分業体制(産業内国際分業)が構築されることになり,雁行形態論の枠組みの中で十分に説明できない状況が生まれた(池間誠編『国際経済の新構図』文眞堂,2009年)。グローバル・バリューチェーンのことで,アジア経済を主導した先頭の雁であった日本が必ずしもそうではないことを意味するようになった。

 1990年代後半以降のデジタル化・ICT(情報通信技術)の進展によって,多くの産業が,組み合わせ(モジュール)型の構造に変化し,日本企業や欧米企業が労働集約的な機能,具体的には生産(部品や組立て)機能をアジア諸国に移転したり,アジア企業に生産機能を外部化し,技術移転を行うことにつながった。このことは,日本企業からするとビジネスモデルの同時並行的なアジア地域への拡大,アジア企業からするとその受容を意味していた。

 そして21世紀に入って,アジアを中心に複数の国に立地し,多様な企業が機能単位で分業を行うグローバル・バリューチェーンが構築され,アジア企業が成長し,アジア経済が躍進した。不確実性が高い環境下でイノベーションが競争の焦点となり,企業内外の経営資源を組み合わせるダイナミック・ケイパビリティが重視されるようになった。アジア企業は,特にダイナミック・ケイパビリティによって競争の優位性を獲得していったのだ。アジア企業の成長を,ビジネスモデルを稼働させる経済原理で考えると,アジア企業は,低付加価値な場合が多いがまずはある機能に特化し規模の経済性を高め,そこから範囲を拡げ範囲の経済性を高め,場合によってはさらにネットワーク経済性を高めている。このプロセスで,アジア企業は高付加価値な機能をも担うようになってきている。

 雁行形態論は,日本企業のビジネスモデルそのものがアジア諸国に伝播する,タイムマシン経営(普及のタイムラグと経済発展差を利用し,後発国が近未来の成功した先発国のビジネスモデルを踏襲する)であったといえよう(同様の見解として,村山宏『アジアのビジネスモデル』日経文庫,2021年が挙げられる)。現在の企業は,グローバル・バリューチェーンが意味するように,アジアそして世界を視野に入れたビジネスモデルの構築が前提となっている。そういった中で日本企業は,近過去であるアジア企業の成長の逆方向タイムマシン経営として,ある機能に特化し,その後範囲を拡げていく(さらにネットワーク経済性を高める)というプロセス実施等を見倣うことができるかが課題の一つである。それは結果として経営資源の蓄積,ポジショニングの確立につながっている。また,集合ニッチ戦略(ウリケ・シェーデ『再興THE KAISHA』(渡部典子訳)日本経済新聞出版,2022年)として,21世紀に入って日本企業が様々な産業の世界市場において強力かつ必要で高付加価値な部品等のサプライヤーとなっている状況を現時点の日本企業の生き残る道と論じられていることと関連している。

 アジア諸国は日本の良さを活かしたり取り込んだり,そして日本はアジア諸国の良さを活かしたり取り込んでいくという相互作用性こそが日本そしてアジア経済の発展のダイナミズムとなり,あたかもV字編隊で飛行する雁群の先頭が飛行中に入れ替わっているように協調していくことが,21世紀の雁行形態論といえよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3382.html)

関連記事

村中 均

最新のコラム