世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3012
世界経済評論IMPACT No.3012

川崎臨海部が液化水素受入拠点に選定される:GX債の「20兆円」支援獲得競争で一歩リード

橘川武郎

(国際大学副学長・国際経営学研究科 教授)

2023.06.26

 2023年の3月8日,NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術開発機構)および日本水素エネルギー,岩谷産業,ENEOS,川崎重工業の各社は連名で,「液化水素サプライチェーンの商用化実証の出荷と受け入れ地について」と題するニュースリリースを発表し,出荷地をオーストラリア・ビクトリア州のヘイスティングス地区,受け入れ地は日本の神奈川県川崎市の臨海部とすることを発表した。これは,NEDOのグリーンイノベーション基金事業「大規模水素サプライチェーンの構築プロジェクト」を具体化したものであり,同リリースは,「今後,(中略)2030年に水素供給コストでN㎥(ノルマル立米)あたり30円(船上引き渡しコスト)を達成するクリーンな液化水素の海上輸送技術の確立を目指します」,としている。

 これを受けて翌3月9日には川崎市が,「川崎臨海部が液化水素サプライチェーンの商用化実証の受入地に選定されました!」という,感嘆符付きの報道発表を行った。川崎市は,15年に全国に先駆けて「水素社会実現に向けた川崎水素戦略」を策定,22年3月には「川崎カーボンニュートラルコンビナート構想」を公表してきた。そして,同じ22年の5月には「川崎カーボンニュートラルコンビナート形成推進協議会・川崎港カーボンニュートラルポート形成推進協議会」を設立したが,これは,現在,全国約50ヵ所で活動している同種の官民協議会のなかで,最大の規模を誇っている。

 川崎市の場合,このように周到な準備を重ねてきたことが功を奏したわけであるが,それに加えて,液化水素の社会実装に最適の条件が存在することも見逃せない。

 きっかけとなったのは,川崎臨海部の扇島地区に立地するJFEスチール(株)東日本製鉄所(京浜地区)が,23年9月を目途に高炉の運転を休止することを決めたことである。首都圏の中心に位置する広大な跡地には,水素タンクや水素パイプラインなど必要な施設を設置できるだけでなく,水素を原燃料として使う未来型の新産業が展開する可能性もある。そして,東京湾随一の水深22mを誇る埠頭は,高炉の運転休止後に液化水素を陸揚げするうえで,格好の条件を備えている。

 そのうえ,扇島地区とその周辺の扇町地区,東扇島地区では,4箇所の大規模ガス火力発電所が操業している。これらの発電所は,現時点では二酸化炭素を排出しているが,カーボンニュートラルへの流れが強まるなかで,そう遠くない将来,そのいずれもが,カーボンフリーの水素への燃料転換を進めることが見込まれる。

 つまり,扇島地区周辺の火力発電所群は,わが国における水素火力の展開を牽引する蓋然性が高いのである。石炭火力のアンモニア転換については,日本の他地域でも先進事例がみられるが,ガス火力の水素転換に関しては,川崎臨海部がフロンティアになることだろう。

 岸田文雄内閣が23年2月に閣議決定した「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」は,GX経済移行債を発行し,それを財源にして,今後10年間に20兆円規模の先行投資支援を実施する方針を打ち出した。今,全国的に,この政府支援を獲得するための地域間競争が激化している。液化水素の社会実装が始まる川崎臨海部は,この競争において,一歩リードする形になったと言える。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3012.html)

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