世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2957
世界経済評論IMPACT No.2957

中国経済発展のアキレス腱:土地バブルの崩壊か

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.05.22

 中国が克服できない問題点がある。それは人口の高齢化,中進国のジレンマ,資本の過剰流動性,債務のバブル化である。本稿では土地バブルの崩壊を中心に論じる。中国の2022年の国内総生産(GDP)は3.0%の成長で,中国政府がかかげた目標(5.5%前後)の半分の水準にとどまった。李強首相によれば,2023年中国の経済成長率(見込み)は5.2%を維持できるとし,その要因として,民営企業活動の活性化,経済開放の推進を挙げた。政府の報告によると,2023年1~3月の経済成長率は4.5%,輸出額の伸びは0.5%となっている。一方,JPモルガン・チェースは2023年の中国のGDP成長率は5.6%と予測している。

 しかし,このデータには中国から欧米向けの海運量が大幅に減少していることは反映されていないと思われる。その理由の1つに,中国の統計には多くの矛盾が存在し,上層部が決めた経済成長率を,担当部署が辻褄を合わせるように調整していると言われていることがある。英誌『エコノミスト』は,「独裁国家から公表されたGDPの平均値は14.7%とあるが,実際のデータは7.6%である」と伝えた。また,専門家も「公表された経済成長率は,その半分が実際の数値だ」としている。習近平国家主席は対外的に「戦狼外交」の姿勢を維持して,国内の政局を乗り切ろうとしているが,様々な経済データからは5%台の“虚実のGDP成長率”を支えることは困難と言えよう。

 習近平国家主席の就任後,中国国家統計局は数万の統計発表しなくなった。その主な理由は,中国の統計は多くの辻褄合わせの結果,数多の矛盾が生じ,透明度と信頼性が低下しているためと考えられている。英誌『エコノミスト』は2010年から3つの経済指数から作った「李克強指数」を公表している。この指数は,李克強前首相が鉄道貨物輸送量,銀行融資残高,電力消費の推移が,政府発表のGDP統計より実態に近い経済を反映していると述べたことによる。

 不動産・建設業界のバブルは既に崩壊し,中国トップ100の不動産・建設企業トップクラスの恒大地産,万科企業,碧桂園,融創中国など大手デベロッパー6社の不動産・土地市場,在庫解消は深刻化している。恒大地産の債務不履行などを訴える裁判は今年2月末時点で1317件にのぼる。請求金額などを単純合算すると3124億5500万元(約6兆円)に達する。

 地方財政の崩壊も目前に迫っている。地方政府のインフラ建設の支出は財政の赤字を拡大させた。負債が持続的に膨らんだ結果,ある日に負債バブルは破裂する。近年,地方政府は土地をデベロッパーに売却し,地方財政を補填し始めている。この結果,デベロッパーが建てた“爛尾楼”(未完成建物)や“鬼城”(ゴーストタウン)と呼ばれる空き家が増え続けている。鬼城という言葉は,『タイム』誌(2010年4月5日号)が,内モンゴル自治区“顎爾多斯(オルドス)市”の康巴什(カンバシ)新区と呼ばれる高層マンション群などのゴーストタウン化を報じたことで,その名を世界に知られることになった。

 地方政府は「域内総生産(GRP)」を拡大させるため,民間デベロッパーに土地(土地の利用権)を売却した。デベロッパーは大規模マンションの開発を行い,そこに転売目的の投資家が殺到した。この手法により,中央政府に課された経済成長率などの目標は達成した。しかし,100万人が住めると言われた2014年ごろのカンバシ新区の人口は10万人程度だった。需要と供給のバランスは崩れ,中国は34億人分に相当する空き家を抱えるに至った。鬼城が生まれた背景である。

 不動産バブルの崩壊で地方財政は危機に直面する。地方政府は債務を銀行に押しつけた結果「不良債権」が発生する。銀行は「不良債権」を資産管理会社(Asset Management Company:AMC)に渡し,AMCは売却,担保処分,債務再編,償却などの方法でこれを処理する。

 しかし,この時に大きな問題が生じる。地方の財政収入の多くは土地の販売に依存してきたため,多くの地方政府は深刻な財政赤字に直面するようになった。多くの地方政府は公共交通サービスであるバス運行を停止,医療保険による個人口座に振り込まれる補助金を削減するなどで対処を試みた。その結果,高齢者による「白髪運動」の大規模デモが発生するようになった。中国の医療保険は個人口座に振り込まれる補助金と運用に使われる基金の二つに分かれている。地方政府は補助金の支払いを削減する一方で,基金の比率を高めたが,補助金を収入の一部とみなしていた高齢者には負の影響が大きいため,各地で「白髪運動」の大規模のデモが生じるに至った。

 財政問題とは別に地方における食糧不足も深刻化している。環境変化による近年の旱魃と水害の頻発は食糧不足を引き起こし,その結果,「農管(農業総合執行隊)」による農民の私有財産の強奪などが横行するようになった。本来「農管」の任務の一つは,中国当局の「退林還耕(森林をやめて耕作に戻す)」政策の推進で,農民に強制的に作付け転換をされるもの。農管は時に暴力に訴えてでも農民をコントロールし,合法的に農民の財産を没収する。一連の動きは毛沢東時代の大躍進運動を彷彿させる。当時,大躍進運動の強制施行によって大飢饉が中国を席巻した出来事があった。当時,「退林還耕」の過度な森林伐採によって水土保全のバランスが崩れ,洪水,渇水,土砂の流出や斜面の崩壊を防ぐ機能が失われた。それによって,「天下大乱」,農民の「民怨沸騰(百姓の怨怒が頂点に達する)」が高まった。

 米中間の経済摩擦もより深刻化している。米国の金利引き上げによる「金利差益」を求める多くの資金が流出し,中国では債務の悪化が加速している。加えて,中国の富裕層の海外移住と資金の「潤出去」(英語のRun=海外流出の造語)が加速している。中国では格差の是正として「共同富裕」政策が実施され,企業に対し巨額の資金を政府に拠出するように強要している。しかし,これらの資金は貧困層に配分されることはなく,「強軍の夢」の軍備や「一帯一路」の建設資金に使われた。中国では「被脱貧」(貧困層が根拠なしに貧困救済対象から外された)の人間も多い。

 過去の数十年間,中国の経済発展の“奇跡”の真相は,ケインズ経済学で示された財政政策の発動による多額の国債を中国中車股份有限公司(CRRC)の高速鉄道などのインフラ建設に投資したことである。しかし,損益度外視の建設のため,政府の債務やCRRCの赤字は拡大する一方であった。

 現在,公開されている中国の債務額はGDPの約2.5~2.9倍で,アジアインフラ投資銀行(AIIB)によれば更に大きく約3.5倍である。言い換えれば,「持続的発展は困難」な状況であり,如何にして債務を返還できるのかが問題となっている。

 現在,地方財政の多くが「ゼロコロナ(動態清零)政策」の強制実施による膨大なPCR検査(核酸検査)や抗原検査の費用,医療検査人員(大白)の人件費に費やされ,財政赤字の一層の拡大を引き起こした。このため地方政府は破産(貴州省)や破産危機(黒竜江省など)に直面した。

 「ゼロコロナ政策」による外資の撤退,米国の金利引き上げ,米国証券取引所から中国の上場企業の排除などの動作は,いわば米中金融戦争である。中国が米国証券市場から資金を回収できず,半導体サプライチェーンなどの「デカプリング」(分断)や「ディリスキング」(リスクの縮小)が生じていることも米中の経済戦争と言えよう。

 外資の中国からの撤退,中国の民間資金の海外流出,輸出の減少,インフラ建設による巨額の債務は中国経済発展のアキレス腱になっている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2957.html)

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