世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4234
世界経済評論IMPACT No.4234

台湾有事における中国の社会安定へのアプローチ:もし中国が台湾を攻撃したら

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2026.03.02

 本稿は米国のドイツマーシャル財団(GMF)が刊行した『もし中国が台湾を攻撃したら(If China Attacks Taiwan)』の第3章「台湾有事における中国の社会安定へのアプローチ」を援用し,その概要を解説するものである。執筆者はシーナ・チェスナット・グレイテンズ(Sheena Chestnut Greitens)およびジェイク・リナルディ(Jake Rinaldi)による共同執筆である。

 グレイテンズは,テキサス大学オースティン校リンドン・B・ジョンソン公共政策大学院の准教授である。彼女は同大学のアジア政策プログラムのディレクターを務め,また『テキサス・ナショナル・セキュリティ・レビュー』の編集長も務めている。また,米陸軍戦略大学の中国陸上戦力研究センターにおけるインド太平洋安全保障分野の客員研究准教授,カーネギー国際平和基金のアジア・プログラムの非常勤研究員も兼職している。彼女の研究は,国内および国際安全保障,権威主義政治と外交政策,ならびに東アジアに焦点を当てている。

 リナルディはランド研究所(RAND Corporation)の政治学者(准教授)であり,中国の軍事戦略および中国人民解放軍の近代化に焦点を当てている。中国外交政策および国内安全保障問題に関する追加的な専門知識を有している。ランド研究所に加わる以前,リナルディは米陸軍戦略大学の中国陸上戦力研究センターで国防アナリストを務めていた。彼は国防大学の中国軍事問題研究センターにも在籍した経験がある。彼も米中経済安全保障調査委員会で証言を行っており,その研究はさまざまなメディアおよび編集論文集に掲載されている。リナルディはケンブリッジ大学で修士号および博士号を取得している。

台湾有事における中国の社会安定へのアプローチ

 台湾海峡における紛争は,中国人民解放軍(PLA)の能力を試すだけでなく,中国内部において中国共産党(CCP)の政治秩序および社会統制を維持する能力にも重大な負荷を与える可能性がある。外部の観察者は,台湾有事における中国の軍事態勢,想定戦略,潜在的能力に最も注意を向けがちである。しかし一部の研究者は,台湾をめぐる紛争は中国共産党指導部にとって「政治的に危険」であり,特に作戦が失敗した場合には,党の権力維持に「深刻な結果」をもたらし得ると指摘してきた。

 台湾紛争と体制不安定化を結びつける要因としては,ナショナリズム的世論から見た党の正統性の喪失,戦死者と「一人っ子政策」の長期的影響として「一人っ子」である兵士の死が,数万人規模で発生した場合,その家族に与える影響が政治的な抗議行動へと転換されるリスク,政治的不満を生み得る経済的影響,あるいは中国の領土的一体性に深刻な圧力を加え得る民族分離主義運動の活発化などが挙げられている。中国共産党自身も,こうしたリスクを孕みながら紛争を遂行できるか否かは,国外での作戦成功と,国内社会の安定に依拠すると認識しているように見える。

 人民解放軍国防大学が編纂した軍事戦略の基本書『戦略学』は,戦時の戦略的配置は「対外的攻勢作戦の必要性のみに焦点を当てるのではなく,国内安定維持作戦の必要性も考慮すべきである」と明確に述べている。中国の軍事戦略方針は台湾を含む南東沿岸部を「主要戦略方向」と位置づけているが,中国の戦略家たちは,台湾有事の際に敵対勢力が他地域の国境安全に問題を生じさせたり,国内の分離主義者や扇動者と連携したりすることで,対外紛争と国内治安問題が連動する「2つの正面作戦」あるいは「連鎖反応」が生じる可能性について,かねてから懸念を示してきた。

 米国および同盟国の政策立案者にとって,国内安定が中国共産党指導部の意思決定にどのように組み込まれているかを理解することは,人民解放軍のリスク計算やエスカレーション経路を評価する上で重要である。国内の反対運動抑圧に追われる指導部は,気晴らし的な紛争拡大に傾き,誤算を犯す可能性がある一方,労働混乱や物流障害といった国内秩序の混乱は,たとえ人民解放軍の作戦が計画通り進行していても,紛争管理能力そのものを損なう可能性がある。国内安定への継続的懸念は,リスクが党や国家に跳ね返ると判断された場合,軍事作戦への意欲を低下させ得る。他方,中国共産党指導部が過去にそうしてきたように,不利な条件下でも作戦を強行する可能性も否定できないが,その場合,戦闘結果や国内安定に影響し,権力の弱体化を伴う可能性がある。

 これらの重要かつ複雑な問題が存在するにもかかわらず,台湾をめぐる対外・両岸紛争時における国内安定および政治安全を維持するための人民解放軍の思考や準備については,体系的分析がほとんどなされていない。本章では,台湾有事やその他の対外危機に際して国内不安に備える人民解放軍の準備は仮説的なものではないと主張する。

 これまで見て来たように,中国共産党は,戦争遂行能力と国内秩序維持能力とを不可分のものとして捉えており,社会安定が体系的に崩壊すれば,国外と国内の二重危機に直面し得ると認識している。

 しかし,これは国内不安が不可避である,あるいは軍事的困難を上回ると主張するものではない。利用可能な証拠は,人民解放軍が内部安定を決定的変数と見なしており,後方を混乱させ得る事態に備えた計画に多大な資源を投入してきたことを示している。本分析は,党・軍関係やエリート内部対立といった体制不安の他要因ではなく,社会安定に焦点を当てる。ただし,これらの要因が大衆動員と相互作用し,中国指導部や体制維持に対する脅威を増幅させる可能性はある。

 2025年版国家突発事件総合応急預案(NECRP)や,地方レベルで策定された一連の緊急計画などの公式文書が増加していることは,中国共産党指導部が台湾有事に伴って生じ得る国内不安要因を体系的に管理し,人民解放軍が後方の混乱に煩わされず戦闘に集中できるほど強靭な非軍事的内部安全システムを構築しようとしていることを示している。これらの公式文書は台湾有事に特化したものではないが,有事における社会安定への対応構想を理解する枠組みを提供する。

 第3章では,最初に利用可能な資料を検討し,台湾危機時の社会安定に関する人民解放軍の計画や姿勢を推定する。次に,習近平政権下で強調されてきた脅威の予防・統制を中心とする国内安定政策を分析する。その上で,台湾危機に起因し得る「社会安全緊急事態」を管理するために,用いられる非常管理・応急対応体制を検討する。ここでは,不安の発生源と,紛争の強度および中国本土への影響という2つの変数に焦点を当てる。

 この枠組みにより,物資不足,人口移動,情報統制といった圧力点に対して,党・国家がどのように内部安全体制を適応させ得るか,また複数の不安要因が同時発生した場合に構造的・運用上の限界がどこに生じ得るかを考察している。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4234.html)

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