世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2850
世界経済評論IMPACT No.2850

グローバリゼーションのグレーゾーン対応が重要に:保護主義・米中対立・ウクライナ侵略

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 米国研究会 委員)

2023.02.13

2022年の3つの事案

 グローバリゼーションが近年,停滞・逆流しつつあることは,2020年に本欄において,主に安全保障と雇用の観点から概観した(2020年8月17日付No.1847,9月7日付No.1867,10月12日付No.1911,12月28日付No.1990の各拙稿ご参照)。それから2年以上が経ったが,残念ながらこの流れはむしろ強まってきているようだ。2022年は,米中デカップリングは先端半導体関連を中心に厳格化し,ロシアのウクライナ侵略によって先進諸国とロシア間の一部貿易・投資の分断・撤退も進行,さらにはバイデン政権は,一部にあった期待を裏切り,トランプ前政権の保護主義スタンスを基本的に踏襲して,看板政策であるグリーン・ニューディールにも多くの保護主義的規定を潜り込ませた。統計値を一見すると,コロナ禍明け以降の経済の回復・反動増とインフレによる名目値の膨張で状況が改善しているようにもみえるが,底流はむしろ逆であろう。

WTO自由貿易理念からの逸脱拡大?

 上記事案の3つめ,グリーン・ニューディールの保護主義的規定とは,具体的には昨年8月にインフレ削減法(IRA)において導入された各種条項である。中でも,電気自動車の税控除に北米での最終組立てなどが条件とされたことは,米国市場で自動車関連事業を展開する企業を擁する各国から強い反発を呼んだ。

 WTO違反との声もあり,EUなどと個別協議が行われている。しかし現在,WTOの紛争解決処理は,上級委員会委員任命を米国がストップしていることにより機能不全に陥っており,自由貿易体制逸脱を戒める重しに従来ほどはならなくなってきている。加えて補助金満載のIRAは,個別規定のWTOルール抵触云々以前に,全体のトーンとして国家による産業への介入色が極めて強い。

 こうした状況を背景として,EUサイドでは,EU版IRA(グリーン・ディール産業計画,国家補助規制緩和)を作って対抗しようとする動きに出ている。加盟国の声は一様ではないものの,補助金政策強化に加えて,EUの政策は自国優先的な条件・運用など,米国に似て保護主義的色彩が強まっていく可能性がある。

 保護主義の応酬となればまず思い出されるのが,戦間期,米国スムート・ホーリー法,英国オタワ協定によるスターリング・ブロック,フランスのフラン・ブロックといったブロック経済化と,その先にある第2次世界大戦である。その教訓もあり,そこまで雪崩を打っていくことは考えにくいが,このまま進めば,程度の差はあれ,WTOの自由貿易理念からの逸脱が広がっていくことになろう。

速すぎたグローバリゼーションと想像も出来なかった世界

 ではこの流れを止めることができるのだろうか。米国が,トランプの保護主義「再発見」,バイデンの継承というように,保護主義色を強めっていった要因としては,第一に,技術革新と巨大な中国のWTO加盟があいまって2000年代にグローバリゼーションが加速しすぎ,米国内の雇用調整がおいつかずに社会問題化したことが挙げられる。バリュー・チェーンのうち製造部分が中国など海外に急激にオフショアリングされたが,そのスピードが速すぎて,職を奪われた製造業労働者は別の産業へと移れず無業者となっていったのである。

 第二には,通信技術革新以前で素朴な国際分業体制しかなかった時代に作られたGATT~WTO体制は,環境変化にしたがって必要となるアップデートが,意思決定が全会一致とされていたためにうまく出来なかったことが挙げられよう。貿易投資が詳細な工程間分業に移行し,その中で米国がバリュー・チェーンの上流部分に比較優位を持つようになり,先端技術にかかわる知的財産権や企業秘密,デジタルデータなどが価値の源泉となることや,中国という国家資本主義国が世界一の貿易大国となり,官民融合体制で世界市場を席捲することなど,WTO設立の頃には想像も出来なかった。アップデートできないWTOは,米国にはますます不利なものになっていった。

EUも米国保護主義に引っ張られる?

 これらの要因が解消されないまでも少なくとも改善に向かわない限り,米国が自由貿易の理念に帰ってくる可能性は低い。まして超大国である米国は,その他のミドル・パワー以下の国に比べて,国際機関によるルールに基づいたリベラルな国際秩序から得られるメリットは相対的に少ない。逆に言えばだからこそ,ミドル・パワーである欧州各国や日本は率先してWTOに参画・擁護・利用してきたし,今後もそうできることが一番望ましいといえる。実際,EU版IRAでもWTO重視を謳っている。

 しかし,現実にWTOでは新たな自由化はもちろん,必要なアップデートも思うように進まず,紛争解決処理の機能は低下し,いわば利用価値が落ちていくその一方で,欧州各国はEUとして纏まってパワーを増し,またEUは,程度の差はあれ上述の米国と類似した要因を抱えてもいる。

 であれば,EUも内心では,米国のような保護主義的産業政策を採っても良いのではと考えるようになっても不思議ではない。EUの動き次第では,アンチ・グローバル化の流れはワンノッチ上がる。

グレーゾーンへの対応が重要に

 冒頭で挙げた2022年の3つの事案のうち,ロシア問題については戦局分析は全くの門外漢であり先行きは分からないが,少なくとも残り2つについては,2023年に解消しそうにはなく,むしろ悪化していく可能性の方が高いように思える。今年のバイデン大統領の一般教書演説も,半ば選挙モードであったとはいえ保護主義的色彩が濃く,対中姿勢も引き続き厳しいものであった。ただし今現れつつあるのは,戦間期のブロック経済化のような剛性の高い全面的分断ではなく,IRA適用の条件交渉,先端技術・製品と汎用技術・製品の区分け,フレンド・ショアリングによる分業先国やそこでの企業の区分け,FTA/EPA,原油等のプライス・キャップ制度といった様々な仕掛けをも含んでいて,グレーゾーンの広いものでもある。グローバリゼーション加速時代にバリュー・チェーンが毛細血管のように世界に張り巡らされたため,そうならざるをえなくなっているともいえる。その一方でデジタル・情報面では,ディス・インフォメーションやサイバー攻撃といったネガティブ面まで含めてグローバリゼーションがさらに深く広く進展している。各国政府がグローバリゼーションの意思を後退させている状況下でも,それを支える技術は進化を続けており,根を伸ばし,芽吹く場所を見出していく。

 2023年はグローバリゼーションの複雑化が進行していくため,日本にとっては,グレーゾーンを適切に見分けるというだけでなく,自らに有利となるようにゾーン定義への参画・交渉・働きかけを行うこともこれまで以上に重要となろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2850.html)

関連記事

鈴木裕明

最新のコラム