世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4267
世界経済評論IMPACT No.4267

タイにおけるオンライン詐欺:資産の差し押さえと逮捕状の発行

鈴木亨尚

(元亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2026.03.16

 近年,タイではオンライン詐欺の被害が多発している。詐欺集団の多くはカンボジアのタイ国境沿いを拠点としており,これが対カンボジア国境紛争勃発の要因の1つとなった。一方,昨年以降,タイでは,このような詐欺集団の首謀者に対し,資産の差し押さえや逮捕状の発行がなされている。

リー・ヨンパット

 昨年10月22日,AMLO(マネーロンダリング防止局)は,CCIB(サイバー犯罪捜査局)と連携して,カンボジアのリー・ヨンパット上院議員(以下,「リー」と表記,中国名は李永法)のタイ資産から,9月以降7,000万バーツ(1バーツ=約4.9円)以上を差し押さえたと発表した。24日,アヌティン首相はリーのタイ国籍剥奪命令に署名した。また,11月9日,CCIBとAMLOはリーに関連するバンコクとトラート県の36か所を連携して捜索,関係資料を押収,トラート県で,約500万バーツ相当の土地と8,820万バーツ以上の銀行口座を差し押えた。この時点で,差し押さえられた資産の合計は6億5,000万バーツを超える。同日,タイ警察は,マネーロンダリングなどの容疑で,リーら5人に対する逮捕状を取得した。しかし,リーはタイ国内にはおらず,カンボジアに潜伏している模様である(注1)。

 リーはカンボジアのコッコン州出身,1999年に設立したLYPグループを率い,コッコンSEZ(2010年開業)を運営,2006年から現在まで上院議員(カンボジア人民党),2023年に人民党中央委員及び常任委員,党財務委員長に就任した。リーは,カンボジア内戦時,トラート県に避難,ファット・スパパというタイ名を持ち,タイに不動産など多くの資産を持つ(注2)。2024年9月にはアメリカ財務省外国資産管理局(OFAC)から制裁を課されている。

コック・アーンやチェン・ジーなどに対する資産差し押さえ

 昨年12月2日,AMLOは,カンボジア国籍で,BICグループ会長のイム・リーク(「イム・リアク」とも呼ばれている)とそのタイ人の妻ウィリニャ・イム(通称タンタイ,以下,タンタイ,土地,マンション,証券,銀行口座など66点の資産,約92億7,900万バーツ),コック・アーン(土地や銀行口座など90点の資産,約4億6700万バーツ),チェン・ジー(土地,現金,ブランド品,宝飾品など102点の資産,約3億7300万バーツ),ウア・アンクーン(ないし,ウエア・アンクーン,現金や銀行口座の資金など31点の資産,約4600万バーツ)の資産,5人の合計で,289点,約101億6,500万バーツを差し押さえたと発表した(注3)。

(1)コック・アーン

 2025年7月8日,タイ警察は,カンボジアの上院議員で,ポイペトに複数のカジノを所有するコック・アーンが,オンライン詐欺やマネーロンダリングに関与したとして,逮捕状を取得。同日,19カ所で家宅捜索を実施した。また,14日には国際犯罪に関与した容疑で,コック・アーンの子供3人の逮捕状を取った。3人はタイの身分証明書を持ち,タイに7件の不動産を所有している。警察は11億バーツ以上の資産を押収,国際手配に向けた手続きを進めている。タイ政府報道官は「カンボジアには大規模な『詐欺産業』がある。各国と連携して撲滅をめざす」と強調した。コック・アーンは1954年生まれ,コッコン州出身,アンコー・グループのオーナー,人民党所属の上院議員(2006年~現在)で,華人,カンボジアの名誉称号「Oknha(オクニャ)」を有する。タイ・ベトナム両国との国境地域(ポイペト,バベット,パイリン,チュレイトム)を拠点にカジノ・リゾート事業を展開しており,「ポイペトのゴッドファーザー」と呼ばれている(注4)。

(2)チェン・ジー

 チェン・ジーは1987年中国福建省生まれの37歳,その後,カンボジア国籍を取得した。事業は不動産開発,金融サービス,消費者サービスを中心とする。不動産開発ではプノンペンの大型ショッピングモール「プリンスプラザ」を,金融サービスではプリンス銀行を運営している。チェン・ジーは国王から最高位の名誉称号「Neak Oknha (ネアク・オクニャ) 」を授与され,フン・センとフン・マナエトという2代のカンボジア首相のアドバイザーを務めた。チェン・ジーは,経済制裁発動後,行方をくらませていた(注5)。

 2025年5月,アメリカ財務省の金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)は,カンボジアに拠点を置くフイオン・グループを「主要なマネーロンダリング懸念対象団体」に指定,厳しい監視対象とした。同グループの取締役の1人にフン・センの甥で,フン・マナエトの従兄にあたるフン・トーがいる。また,10月14日,OFACは,イギリス外務・英連邦・開発省(FCDO)との緊密な協調の下,プリンスグループを「越境犯罪組織(Transnational Criminal Organization, TCO)」に指定,チェン・ジーを含む128社,18人に経済制裁を発動するなど,東南アジアのサイバー犯罪ネットワークを標的とした過去最大の措置を講じた。同グループは豚屠殺詐欺,マネーロンダリング(数十億ドルの違法資金洗浄),人身売買,強制労働,拷問,性的脅迫,腐敗,違法オンライン賭博,恐喝などを行い,被害者は主にアメリカ市民である。チェン・ジーは,経済制裁発動後,行方をくらませていたが,本年1月,カンボジア内務省は,中国政府に要請に基づき,チェン・ジーを逮捕し,中国に送還したこと,及び,昨年12月,国籍を剥奪したことを発表した(注6)。

AMLOが差し押さえ案件の検察送付を決定

 2月11日,AMLOは以下の4案件で差し押さえた資産の没収と被害者への補償を命ずる裁判所命令を求めて,これらの案件を検察に送付することを決定した。これら4案件で差し押さえられた資産は,上述のものからさらに積み増され合計で約130億7,400万バーツに上る。

  • (1)イム・リークとその妻タンタイ,ベンジャミン・マウアーバーガー(通称ベン・スミス,以下,ベン・スミス),カリツァほか:土地,マンション,車両,ヨット,銀行預金口座を含む68の資産(約121億2300万バーツ)。タンタイは,イム・リークの資金だけでなく,ベン・スミスの資金もマネーロンダリング
  • (2)チェン・ジー:土地,現金,ブランド品,宝石を含む96の資産(約3億4500万バーツ)
  • (3)コック・アーンとその関係者:土地および銀行預金を含む89の資産(約5億6,000万バーツ)
  • (4)ウア・アンクーンおよび関係者:現金および銀行預金を含む31の資産(約4600万バーツ)(注7)。

ベン・スミスに逮捕状

 3月2日,CIB(タイ中央捜査局)は,南アフリカ国籍で,カンボジアを拠点としているベン・スミスとそのタイ人の妻カトリーヤ・ビーバーに対し,被害額10億バーツ以上の国際的投資詐欺とマネーロンダリングの容疑で逮捕状を取得したと発表した。カトリーヤはバンチャク・コーポレーションPlc(BCP)を含む複数のタイ上場企業の主要株主である。両者は,外国投資家に株式,不動産,プライベートジェット,エネルギー事業など多くのプロジェクトを紹介し,投資のために資金を預かったが,実際には投資しなかった(注8)。

政治家の関与疑惑

 オンライン詐欺に関する政治家の代表的な関与疑惑は2例である。第1に,「カンボジアの国際詐欺団に関与したタイ政治家の1人」とメディアで報道されたウォラパック・タンヤーウォン財務副大臣は,アヌティン首相から書面で疑惑について説明するよう指示された。ウォラパックは,カンボジアのフン・セン上院議長の側近で,BICグループ会長のイム・リークと面会したことは認めたが,BIGバンク・カンボジアの取締役や顧問を務めたことはなく,金銭や報酬も受け取っていないと釈明した。しかし,個人的な問題が政府の負担にならないように,昨年10月22日付で財務副大臣を辞任を発表した(注9)。

 第2の事例はアヌティンに関するものである。昨年12月4日,アヌティンは大規模な詐欺やマネーロンダリングに関与した疑いが持たれているベン・スミスとの関係について,メディアに対して釈明した。アヌティンは,ベン・スミスと面識があったことは認めたものの,「個人的に親しい間柄ではない」と強調し,犯罪組織の撲滅に向けて断固とした姿勢を示した。今回の騒動は,アヌティンとベン・スミスが一緒に写っている写真が流出したことに端を発している。記者団から「この写真が原因で,政府は同容疑者のネットワークに対する取り締まりを躊躇しているのではないか」との質問がとぶと,アヌティン首相は強い不快感を示した。アヌティンは,潔白を証明する根拠として,「もし僕と彼が本当に親密な関係であれば,彼はとっくにタイ国籍を取得できていただろう」と述べました。実際には,アヌティンが前政権で内務大臣を務めていた際,ベン・スミスの国籍変更申請は却下されている(注10)。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4267.html)

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