世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
グローバリゼーションはどこへ行くのか:米中対立とミルフィーユ
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2020.10.12
グローバリゼーションのプラスベクトルが終焉?
超長期に亘りプラス(進化・深化)のベクトルを維持してきたグローバリゼーションが,今,曲がり角を迎えているように見える。その大きな要因の一つとして,米中対立が考えられる。米国は通商法301条に基づく追加関税賦課を行い,中国がこれに報復関税で応酬。さらに米国は,安全保障を理由として,ICT分野で輸出規制などの措置を相次ぎ講じ,米中デカップリングを進めようとしている。これは,グローバリゼーション進化・深化の終焉を告げるサイレンとみるべきなのだろうか。米中対立がグローバリゼーションに及ぼす影響を整理してみたい。
グローバリゼーションを進めるのは技術革新と意思
まずは少し過去を振り返ってみよう。
グローバリゼーションを示す指数として世界の輸出額の対名目GDP比をみると,過去2世紀,超長期でのベクトルはプラス(比率上昇)方向を維持してきた。ただしその中で一度だけ,ベクトルがマイナス(下落)方向に変わったと判断することも可能なほどに,比率が深く長く下落・低迷した時期がある。それが,1914~1945年の約30年間,2つの世界大戦期である。
1913年には輸出額の対名目GDP比は14.0%で大戦前のピークを付け,そこから第1次大戦→大恐慌→第2次大戦と下落・低迷を続け,1945年には4.2%まで低下する。さらにそれ以降も,この下落分を取り戻し1913年の水準(14.0%)を上回るのは1979年のことであり,実に30年超(1946~1979年)の時間を要している(出所:Our World in DATA)。
有史以来,特に産業革命以降,技術革新こそがグローバリゼーションの原動力となってきた。しかし,1914~1945年は違った。2つの世界大戦は軍事面から多大な技術革新をもたらしはしたが,しかし,世界規模での戦乱の中ではグローバリゼーションどころでは無かった。これをボールドウィン教授は戦争による実質貿易コストの急上昇として表現した(注1)が,技術革新だけではなく,グローバリゼーションを進めようとする意思もまた不可欠であるといえる。技術革新と意思,この両輪が揃って初めてグローバリゼーションは前に進み始める。
そして,この意思は,安全保障との比較となった場合,しばしば劣位に立たされることになる。上述の2つの世界大戦然り,戦後米ソ冷戦期における輸出制限然り。また安全保障は,国と国との戦争のみならず,疫病の流行にも当てはまる。まさに,コロナ禍での各国の輸出規制に,その一端を見ることができた(9月7日付拙稿ご参照)。
米国はグローバリゼーションの優先順位を下げた
そこで,最近の米中対立激化である。
米国の対中強硬姿勢には,複数の要因が混じっている。以下,重複はあるが大括りに分類すると,第一に,11月の選挙目当ての人気取りとして,両党が対中強硬姿勢を競い合っているという「選挙要因」だ。過去,大統領選挙前には,国民受けを狙っての対中姿勢厳格化という政策の「振れ」がしばしば観察されてきた。今のトランプ政権の対中強硬姿勢にも,選挙対策の面が多分に含まれているものと考えられる。
第二に,台頭する中国を安全保障上の脅威と認識してこれを制御しようとする「安保要因」であり,ICT輸出規制などが該当する。ここ1年余りで対中強硬姿勢が加速してはいるが,実はオバマ政権後期から超党派で安全保障上のリスク懸念増大が滲み出し始めていた。トランプ政権に移った後,2018年初めには,オバマ政権でアジア政策を担ったカート・キャンベル元国務次官補が,これまでの対中政策を見直す必要性を主張している(注2)。
第三に,対中強硬姿勢は,米国の輸出促進や中国市場開放,ビジネス環境改善などグローバリゼーションを自国に有利に進めるための手段であり,また,米国労働者などのトランプ支持者を「保護」するための施策でもある。担い手はトランプ政権で,これは追加関税賦課などに表れている。
上記のうち,第一の要因は循環的な「振れ」の話であり,選挙が終われば「振れ」の部分は剥落する。これに対して第二の要因は,まさに安全保障とグローバリゼーションを比較した上で前者を優先しようという米国の政策判断であり,グローバリゼーションの意思減退である。背景となっている中国の台頭や政治・外交スタンス,米中間の価値観の相違などは,循環的というよりは構造的なところが大きい。つまり対立は,それだけ継続していく可能性が高い。
さらには,まさにこうしたタイミングで新型コロナウイルス感染が拡大し,米国が医療関連品の多くを中国からの輸入に頼っていたこと,そうした物資が不足したことは,医療面からも,米国の対中危機意識を高めることになった。
ミルフィーユを層ごとに分解する困難
では今後,米中対立が継続するとして,グローバリゼーション状況はどれほど悪化するのだろうか。最近メディアや論壇では,同じく安全保障問題であったとして,2つの大戦期ではなく,米ソ冷戦期とのアナロジーが散見される。
米ソ冷戦期には東西はブロック化し,貿易も一部制限を受けていた。それでもなお西側世界では,米国に牽引されてグローバリゼーションは順調に拡大,ロドリック教授が「黄金時代」と称する(注3)ほどに,貿易拡大と好況を謳歌した。まさに上述の,輸出の対GDP比が回復していった時期にあたる。
もし,米ソ冷戦期の状況をそのまま米中対立に適用できるなら,悪影響は限定的となりそうではあるが,しかしそれにはさすがに無理がある。そもそも始まりからして密接とはいえなかった米ソ経済関係と,既に密接な相互依存が構築されている米中経済関係を一緒にすることはあまりに乱暴でミスリーディングといえる。両者を比較する場合には,その相違点に注目することこそが重要だ。
また国際分業のスタイル一般も,かつての最終財同士の貿易ではなく細かな工程間分業が展開されていることから,もし今,米中サプライチェーンのデカップリングを本格的に強行するなら,喩えれば,洋菓子のミルフィーユを,層ごとに分解して2つに分けようとするような困難さが生じることになる。日本を含めて世界各国は,米ソ冷戦時よりも遥かに厳しい通商上の困難さを覚悟しておく必要があるだろう。
来年のホワイトハウスの主は,選挙を終えて「振れ」が戻り,さらにはこうした経済面での厳しい現実を前にして,対立姿勢を軟化させる可能性がある。しかし,対中危機意識が循環的なものではなく,またワシントン政治サークル内のみならず国民にまで広がってきていることを踏まえると,少なくとも両国が以前の関係に早期に戻ることは難しいだろう。
しかも,これからグローバリゼーションを待ち受ける試練はそれだけではない。
上述した対中強硬姿勢の第三の要因である保護主義もまた,単にトランプ大統領の異質性のせいにすれば済む問題ではなく,実に根深く,グローバリゼーションを進める意思を侵食するリスクを孕んでいる。それはまた別稿としたい。
[注]
- (1)リチャード・ボールドウィン(2018)「世界経済 大いなる収斂」日本経済新聞社
- (2)Kurt M. Campbell and Ely Ratner, “The China Reckoning,” Foreign Affairs March/April 2018
- (3)ダニ・ロドリック(2013)「グローバリゼーション・パラドクス」白水社
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