世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
グローバリゼーションはどこへ行くのか:コロナ禍での輸出制限問題
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2020.09.07
グローバリゼーションは曲がり角
グローバリゼーションは技術革新を背景に,超長期での大きな方向性としては⊕を維持してきた(8月17日付拙稿ご参照)。輸送,通関,金融等の技術革新により貿易コストが低下,近年は通信技術革新により遠隔地との擦り合わせが容易になり,工程間国際分業が一気に拡がるとともに,資本移動やデータ/情報の移動,さらには事実上の人の移動(ネット会議など)まで可能になりつつあるからだ(注1)。
しかし今,グローバリゼーションは曲がり角を迎えているように見える。足元の停滞・逆流は,⊕という方向性の中での「振れ」に過ぎないのか,あるいは方向性自体が⊖に変わろうとする前兆なのか。ごく最近の要因として,コロナ禍での輸出制限問題について考えてみたい(注2)。
自給力向上,備蓄強化,輸入元分散の3本セット
感染第1波が欧米を襲った際,80か国・関税地域においてコロナ禍関連の輸出禁止等制限が導入された(WTO調べ)。生命にかかわる必須物資の輸出が一番必要な時に制限されたことにより,グローバリゼーションへの不信感が世界中に植え付けられた。懸念されるのは,コロナ禍が終息しない中で,輸出制限が繰り返される恐れがあることだ。
ただしこの問題,実は医療関連品だけの話ではない。過去の例では,2008年には食糧価格が高騰,輸出制限の動きが出て一部途上国では暴動が発生。今回のコロナ禍でも食糧輸出制限の動きがみられた。また1970~80年代には2度の石油危機があったが,エネルギー途絶リスクも国家存亡にかかわる問題である。
しかし,リスクがあるからといって何でも自給出来るわけではない。そもそも日本には十分なエネルギー資源は無く,全国民の豊かな食生活を安価に賄える農地もない。
この点,差はあれども多くの国で同じことが言える。結局,必要物資確保の鍵は,経済効率を考慮した上で,自給力向上,備蓄強化,輸入元分散の3本セットをいかにバランスよく組み合わせるかにあると言える。
言うは易く行うは難し
日本では,石油危機後に備蓄が大幅に強化された。石油備蓄量は,第一次石油危機の起きた1973年10月の67日分から,第二次石油危機や湾岸戦争を経て積み増しが続き90年代後半には160日分程度,現在は200日分を大きく越えている。政府は石油危機以降,法整備を加速して国家備蓄を開始するとともに民間支援も進めた。ただし資源の乏しい日本で自給力強化は困難であり,また輸入元分散についても,生産力のある国が中東に固まっており,コスト優位性も圧倒的であることから,中東からの輸入割合は1973年の77.5%から2018年には88.3%へと高まっている(出所:資源エネルギー庁,石油連盟)。
2008年の食糧危機に関しては,石油危機のような供給制限が原因というよりは,需給バランスの若干の需要過多への傾きが投機資金を呼び込み価格暴騰となった経緯がある。輸出制限した国の影響も限定的で,経済力のある日本では深刻な食糧不足は生じなかった。そもそも日本は,1973年の米国による大豆の一時的禁輸を端緒にして,既に食糧備蓄政策を整備してきていた。他方,自給力は当時と比べて低下している。食生活の変化も影響し,供給熱量ベースの食料自給率は,1973年の55%から2008年の41%,2019年には38%となった(出所:農水省)。また輸入元分散については,穀物輸入元は上位3か国(米,加,豪)の比率が2008年の95%から2019年には73%まで減少したが(出所:財務省),これは主要輸出国の世界輸出シェア変化に応じた部分が大きい。輸出余力のある国が限られることや経済性を考えれば,食糧安保目的での意識的な輸入元分散は容易ではない。
備蓄は政府の管轄領域が比較的大きいが,自給力向上と輸入元分散は市場経済下においてはあくまで民間主体となる。そこで政府が経済性を無視して強行すれば,経済的損失が大きくなり,政治的にも持たなくなる。言うは易く行うは難しである。
ハードルは上がっている
では,今回問題となった医療関連品について状況はどうか。自給力向上には国内に生産を誘致する必要があるが,競争力がないからこそ輸入依存となったわけで,民間部門にとって政府支援なしでは国内生産強化の合理性は乏しい(安価な輸入品が再流入すれば太刀打ちできなくなる)。しかもグローバル化加速により生産工程の国際分業が進んでおり,個々の工程がグローバル展開していれば,最終製造部分だけ国内誘致しても意味がない。サプライチェーン全体を国内で完結できなければ供給途絶となる恐れが残る。これだけグローバリゼーションが進んでいる中で,そうした巻き戻しのコストは大きく,品目によっては巻き戻し不可能であろう。さらには,輸入競合品を排除しようとすればWTOルール違反を問われることもある。各国が国内生産強化の支援策を進めているが,真の自給力強化のハードルは上がっている。
輸入元分散も難しい。医療用マスクなどは輸入元の中国一極化リスクが顕在化したにもかかわらず,中国のシェアは足元でも低下していない。無理に分散しようとすれば競争力の劣る国から経済性を犠牲にした調達をしなくてはならない。それ以前に,工業製品であっても原油や食糧と同様に十分な輸出余力を持つ国は限られることから,必要な調達量を確保できない恐れもある。ただし中長期的には,各国の比較優位構造の変化に沿って生産基地も動いていき,結果として分散が図られることはあるし,そうした動きを支援することもできる。これは過去,日本企業が進めてきたChina+1戦略にほかならず,つまりはコロナ禍が加速の端緒とはなっても,一朝一夕で進むものではない。
他方備蓄は,原油や食糧で見たように,政府が制度として確保・強化することができる。医薬関連必需品の備蓄強化政策を確実に進めることが有効となろう。
供給が追い付き新バランスへ
以上のように,3本セットを進めるにしても,特に自給力向上と輸入元分散は難易度が高く,コストも時間もかかる。これに対し,コロナ禍により医療関連品の需要が急増したが,増加した需要がそこで安定すれば,グローバルに供給は追い付く。輸出国は生産余力が生じれば利益を求めて輸出を促進し始め,輸入国も備蓄が十分確保され,市場に製品が行きわたり価格も低下してくれば,残り2本実現への圧力は弱まる。
結局各国とも,グローバリゼーションの利益は極力保持し経済性にも配慮の上で,ショックに強いwithコロナ版3本セットの新バランスを探るのが落とし所となるのではないか。そうであれば,グローバリゼーションの大きな方向性は⊕のままで,一部製品の国内生産回帰など⊖方向へ若干「振れ」る程度とみるべきであろう。グローバリゼーションはあくまで手段であって目的ではなく,世界でショックへの対応力が上がるのであれば,⊖へ振れても悪いことではない。
なお,ここにさらに米中対立という⊖要因が絡むが,この点については稿を改めたい。[注]
- (注1)リチャード・ボールドウィン(2018)「世界経済 大いなる収斂」日本経済新聞社などを参照した。
- (注2)コロナ禍の影響は広範だが,本稿では輸出制限に絞る。
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