世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
衰退するグローバル思考:コロナ禍,アフガン問題,米中対立がもたらす困難
(国際貿易投資研究所客員研究員)
2021.09.06
グローバル思考にコロナ禍がダメージ
グローバル思考——すなわち,グローバリゼーションを肯定的に捉え,地球を「宇宙船地球号」のように1つの共同体と考えて世界最適を求めてコミットして行こうとする思考——を衰退させる出来事が相次いでいる。
コロナ禍では,2020年には世界的なマスク争奪戦,2021年はワクチン争奪戦が勃発した。国民の生命を脅かす緊急事態とあって,各国は自国第一主義を打ち出し,必須物資の抱え込みに走った。世界最適と自国優先のバランスについては倫理面からの議論の蓄積がある。世界の体制が国家を基本としたものであり,個々の国家が国民に選ばれ,あるいは国民を代表する存在である以上,過度にならない範囲で自国を優先するのは妥当との考え方があり,WTOルールにおいても,緊急時の一時的な輸出制限は認められている。
実際,マスクにしてもワクチンにしても,供給国側は,自国の需要を満たす目途がつき次第,海外への供給に注力を始めた。そこには倫理的な理由は勿論のこと,外交的地位の向上(いわゆるマスク外交,ワクチン外交),さらには事業上の利益追求といった要因もあろう。
しかしながら変異株流行に伴い,ワクチン先進国では3度目の接種が進められるなど,依然としてワクチン需給は逼迫したままである。また,今後はより効果の高い新たなワクチンも開発されてくるとみられ,開発当初は絶対的な供給不足が予想される。当面,自国第一主義の潮流が続くことになろう。さらには,ワクチン獲得能力差により新たな「南北問題」が発生しており,これも「地球は1つの共同体」という一体感が衰える要因となっている。
コロナ禍でのグローバル思考衰退は身近なところでも感じられる。たとえば五輪開催をめぐる日本国内での議論においても,開催国としては,自国(日本)の感染状況ばかりでなく,世界全体の感染状況について,各地で多くの感染者が亡くなっている時期にスポーツの祭典を開催することの是非や意味がもっと議論されても良かったのではないかと思われる。
アフガン問題,米中対立でも削がれるグローバル思考
足元では,地政学的に大きな動きが相次ぐ。数年前から顕在化し激化している米中対立は世界を大きく二分,つまりは「地球号」を半分に割るリスクを高めており,鎮静化する見通しは立たない。
アフガニスタンからの米軍撤収とそれに続く政権崩壊もまた,支援に関わった多くの国々に衝撃を与えた。そもそも米国ではブッシュ(ジュニア)政権がイラク再建に躓いたあたりから厭戦気分が拡がり出し,オバマ政権では「もはや世界の警官ではない」宣言が出て,トランプ政権の世界に背を向けるようなスタンスへと繋がって行った。バイデン政権ではトランプ政権とは異なり同盟を重視する姿勢をみせているものの,逆にいえば同盟国以外へのコミットは極力控えるスタンスともいえる。実際,アフガニスタンからの撤収は,まさに不退転で驀進するものだった。こうした米国の政策判断の背景には,世界へのコミットに消極的になっている米国世論があるわけだが,今回の撤収と政権崩壊がこうした世論の流れのダメ押しとなれば,米国の内向き志向はさらに強まることとなろう。米国歴代政権の「地球号」へのコミットの仕方に毀誉褒貶はあろうが,唯一の超大国が内向きになってしまっては,世界最適を望むことなど到底不可能となる。
グローバリゼーションのデメリットが招くグローバル思考の衰退
そもそも,世論が内向きになっているのは米国に限ったことではない。BREXITを実行した英国,移民受け入れで摩擦が生じたEUなど,先進国に幅広く見られる現象といえる。そこで共通するのは,グローバリゼーションの弊害への対応失敗であろう。
実際のところ,グローバリゼーション,具体的にいえば地球全体でのヒト・モノ・カネ・情報・文化等々の移動にはメリットとデメリットの双方がある。たとえば貿易投資の自由化が進めば,メリットとしては消費者利益増,生産性向上,経済拡大,さらには,グローバルネットワークにうまく乗ることが出来た途上国では成長加速も可能となる。その半面デメリットとしては,雇用政策や再分配政策を誤れば所得格差の拡大につながり,国際資本移動に関わる政策運営などを誤れば経済・金融危機を招き,その結果として社会・文化すら壊しかねない。したがって,グローバリゼーションを進めるに当たっては,メリットの最大化,デメリットの最小化に十分に留意する必要がある。
冷戦が終了してから中国のWTO加盟を経ての20年ほどは,イデオロギー・体制間対立が消滅したように見えて,グローバリゼーション全開の時代となった。しかし,この時代の慎重さを欠いたグローバリゼーション推進は上述したようなデメリットを顕在化させていき,近年では,その影響でアンチ・グローバル思考の裾野が広がってきている。そうした潮流の中に,先進国の保護主義・自国第一主義化があり,米国ではさらにそこに厭戦心理からの対外コミット批判が重なる。また途上国においても,経済・社会の疲弊や混乱が散発してきていると考えられる。
このように,グローバル思考が危機にあるまさにその時に,体制間対立が米中を軸にして再燃した。さらにそこに去年からはコロナ禍が生じ,自国第一主義という火に油を注いだのである。
衰退しないグローバリゼーション
だが,グローバル思考が衰退する一方で,グローバリゼーション自体は実は必ずしも衰退しているわけではない。
たしかに,米中対立によってサプライチェーンの部分的なデカップリングは生じている。しかし,米中といえども現代では一国内でのフルセット生産など不可能であり,結局は,同盟国あるいは友好国を中心にしたグローバルネットワークの敷き直しを進めるしかない。
また,変異株の出現により,当面は国境をまたいだ人の往来の制限継続が見込まれはするが,コロナ禍が永遠に続くわけではなく,またZOOMなどインターネットを用いた代替手段の実用化が加速している。ICTの一層の革新と普及によって,コミュニケーションのグローバル化は,手軽になった分さらに進むとみるのが自然であろう。グローバリゼーションへの「意思」は衰えても,「技術革新」が原動力となり続ける。
加えて温暖化のような地球環境問題も,米中がデカップリングしようがコロナ禍だろうが,着実に進んでいく。これもまた「衰退しないグローバリゼーション」である。
困難な時代へ
それでは,衰退するグローバル思考と衰退しないグローバリゼーションが組み合わさった時,何が起きるのだろうか。
グローバリゼーションが進み続ければ,デメリットもまた進むことになる。しかしグローバル思考が衰退しているとなれば,デメリットにグローバルに協調して対処していくことは困難となる。たとえば米国が世界へのコミットに興味を失っていけば,他の先進国がその穴を埋めるには限界があり,世界の経済支援,環境,人権,コロナ対策等々の状況が悪化する恐れがある。バイデン政権には,温暖化対応などは分野ごとに是々非々で中国との協調を進めるとの考えもあるが,対立状況が無い方が協調しやすいことは言うまでもない。
さらには個々の国の内部でも問題は生じる。貿易が自由化された状態であれば,基本的に各国は得意とする(比較優位を持つ)分野に特化していく。しかし保護主義やデカップリングの下では,得手不得手にかかわらず特定の分野が保護されるようになる。その一方で,保護されない分野,特にICTの進化によって技術的に越境取引の可能性が広がり,かつ貿易制限をかけにくいサービス分野などでは,貿易が加速して進むことが予想される。これは,その国にとっての生産要素の最適な配分を妨げて経済拡大を阻害するのみならず,自国内あるいは他国との新たな摩擦の種にもなりかねない。
残念ながら,グローバル思考衰退をめぐる一連の状況は未だ悪化途中にあると考えられる。今後何年か,あるいは10年単位で,こうした困難かつ憂鬱な時代を覚悟しておく必要があろう。
関連記事
鈴木裕明
-
[No.3624 2024.11.18 ]
-
[No.3526 2024.08.19 ]
-
[No.3426 2024.05.20 ]
最新のコラム
-
New! [No.3647 2024.12.02 ]
-
New! [No.3646 2024.12.02 ]
-
New! [No.3645 2024.12.02 ]
-
New! [No.3644 2024.12.02 ]
-
New! [No.3643 2024.12.02 ]