世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1972
世界経済評論IMPACT No.1972

米中の体制間競争と日本の道

藪内正樹

(敬愛大学経済学部経営学科 教授)

2020.12.07

 米国の対中政策が転換したきっかけは,2015年に出版されたマイケル・ピルズベリー著“The Hundred-year Marathon”(邦訳「China2049」)だった。ピルズベリーは,米ソ冷戦中の1972年,ニクソン訪中の頃にコロンビア大学で歴史学PhDを取得。ランド研究所で書いた「米国は中国と軍事協力すべき」という論文が注目され,国務省,国防総省で一貫して対中政策に関わってきた。クリントン政権の90年代後半から,国防総省とCIAの指示により,中国の対米活動の隠れた面に関する調査を開始。諜報機関その他の未公開資料,中国の反体制派や学者への聴き取り,中国語文献などを20年かけて調査した。その報告書からCIAが一部の内容を削除したものが同書である。

 ニクソン政権以来,中国は経済発展すれば開かれた自由な国になるという仮説に基づき,共和党,民主党を問わず歴代政権は,中国の経済発展を支援する関与政策を行ってきた。ピルズベリーは同政策の中心にいたが,詳細な調査の結果,関与政策は間違っていたと自己批判するに至った。中国は日本や欧米諸国から経済的,軍事的支援を取り付け,建国100周年の2049年までに米国の覇権を奪取する長期戦略を遂行中だとしている。長期戦略は毛沢東時代に始まり,建国までの100年間に欧米と日本から受けた「屈辱の清算」がゴールだという。

 長期戦略の目標は,政治経済的利益ではなく,屈辱の清算という「負の情念」である。宗族(父系同族集団)内でしか信頼し合わない民族性に対する統治原理は,秦の始皇帝以来,韓非子の「刑罰と恩賞」だが,さらに民族の目的意識を統合するため「負の情念」を使ったのだ。毛沢東は文化大革命で「密告の恐怖」を利用して人々を支配していた。

 100年の長期戦略は,毛沢東が1971〜72年にキッシンジャー,ニクソンと会った理由の良い説明になっている。1969年,中ソは国境で衝突し,米ソは緊張緩和の時代に入った。したがって毛沢東には米国に接近する理由があった。しかし,米中が連衡してソ連を滅した後,当時の国力のままでは,中国は米国に従属するしかない。毛沢東思想あるいは中華思想の歴史哲学では,平和共存や多文化共生は成立しない。毛沢東が,対ソ戦略と同時に覇権奪取の戦略を描くことは必然だった。

 「密告の恐怖」だけでは,世界覇権は獲れない。覇権に必要な経済建設の工程表を作ったのは鄧小平であり,欲望を肯定して人々の意識を統合した。鄧小平が指示した「韜光養晦」(とうこうようかい:才を隠して好機到来まで内に籠る)は,最終目標が覇権奪取であることをよく表している。

 トランプ政権の対中政策は,「China2049」の中国認識に沿っている。2017年末に公表した「国家安全保障戦略」では,米国の最大の脅威をそれまでの「テロ」から「中国・ロシアなど技術・宣伝・強制力で米国の国益や価値観と対極の世界を形成しようとする修正主義勢力」に変えた。2018年と19年のペンス副大統領演説は,市場開放と公正な貿易・為替・知財・産業政策を要求しただけでなく,中国の海洋覇権や借金漬け外交,国内の人権抑圧まで非難する異例な内容だった。2020年5月には「中国に対する米国の戦略的アプローチ」を発表。7月のポンペオ国務長官の講演では,対中政策を「関与」から「戦略的競争」に転換したことを再確認し,「自由主義国が立ち上がり,中国共産党が世界の自由を蝕むことを阻止しなければならない」と訴えた。同時に「米ソ冷戦時代と違い,中国を封じ込めることは不可能」とも述べている。

 米中の「戦略的競争」は,実態を見れば,武力攻撃以外のあらゆる手段による戦争状態と言ってよい。日本では,「価値観を共有する」米国支持の立場と,中国に配慮する立場に分かれている。問題は,いずれの立場も日本人としての根とか背骨がないこと,日本と米国の価値観は本当に同じか,である。

 明治維新後,欧米の植民地主義を跳ね返してアジアの独立と繁栄を実現するという理念と,帝国主義列強の一員になろうとする野心が混在して道を誤った。誤ちについて徹底的に研究すべきだが,理念によって多くのことも達成された。それを無かったことにするは真の反省ではない。孫文が言った「功利強権で人を圧迫する西洋の覇道文化」に踏み込んだことが日本の誤ちだったと思うが,それを中国が行おうとするなら批判すると同時に,米国の表の価値観とは違う裏の覇道文化があるならそれも批判するのが,真の反省と先人への感謝・敬意だと思う。

 米国で2004年に原著が出版され,邦訳は2007年に出版された『エコノミック・ヒットマン』は,途上国を世界銀行やUSAIDからの借金漬けにして米国企業に利益を還元させ,愛国心にかられて逆らう者がいたら暗殺するシステムの暴露であり,1981年まで10年間従事した人の告白である。中国が表でやっている借金漬け外交は,米国が裏でやっていたことだった。

 ペンス副大統領が中国の借金漬け外交を非難したのは,自国の覇道との決別宣言かも知れない。当然,覇道勢力との熾烈な闘争になることは避けられない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1972.html)

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